白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
037:熱烈な好意シャワー①







「よし、ここなら誰にも邪魔されないな!」


 屋上に辿り着き、「ふー……いい風だぜ」なんて快斗が春風に吹かれながら笑う。

 ……教室から花梨を連れ出した快斗は、屋上に続く階段を上がり鍵のかかった扉を解錠した。
 屋上に出て施錠もしっかり行い、邪魔が入らないようにするのも忘れない。

 連れて来られた花梨は背中越しに快斗が鍵を持っているのかと思っていたが、鍵は持っておらず、ピッキングだったようだ。
 普段は開いていない屋上の扉だが、快斗にかかれば容易く開く。


「……黒羽くん、あのね、私……」

「葵ちゃん、これ取っていい?」

「あっ!」


 一応断りを入れたつもりらしい快斗は、花梨の鬘を取り去った。
 するとはらはらと白い髪が落ちて、昨夜会った少女が姿を現す。真っ白な天使がそこにいた。


「……当たり~……! はあ……眼鏡も外していい?」

「……どうぞ?」

「へへっ♡」


 もうバレてしまったから仕方ない。
 花梨はにっこり微笑み、眼鏡に手を伸ばす快斗を見つめた。
 ……快斗は嬉しそうにはにかんでいる。


「……はー……めっちゃ可愛い……!! 好きだ……!」

「っ……」


 花梨から外した眼鏡を快斗がかける。
 伊達眼鏡だということを知っていたのだろう。
 度が入っていないレンズの向こう、真正面でうっとりした顔で見つめられた花梨の頬はぽっと赤く色付いた。

 好きだなんて……異性に真正面からそんなことを言われたのは初めてだ。


「すき……すげえ好き、大好きだ!」

「っ、黒羽くん……」


 誰かに「好き」と言われるとこんなに照れるものなのか……。
 花梨は急に恥ずかしくなって俯いてしまう。


 ――新ちゃんごめん……。


 思えば、新一に「好き」と告げると気まずそうにしていたっけ。
 自分が新一に伝える「好き」もこんな風に聞こえていたらと思うと、今さら恥ずかしくなった。


「あっ、黒髪の時も可愛いって思ってたぜ!? けどっ、その……あんま目を合わせてもらえなかったし、脈ないなーって思ってて……諦めることにしたんだ」

「……そう、だったんだ……」


 ……諦めることにしたんだ。
 そう話す快斗の瞳が悲し気に揺れた気がして、花梨の首が少しだけ傾く。

 “諦めることにしたのに、どうして?”そんな不思議そうな顔だ。


「そう、その仕草も、ぅっ、可愛いぃ……っら。なんでオレ、気が付かなかったんだろう……バカ野郎だよな……」


 快斗は眼鏡ごと片手で目元を覆って空を仰ぐように顎を上向ける。
 「てえてえ」と小さく聞こえた。


「っ、あ、あんまり可愛い可愛い言わないで……? 恥ずかしいよ……」

「なんで!? 可愛いものを可愛いと言って何が悪い!?」

「っ!」


 上を向いていたと思った快斗の顔が急に下を向き、距離を詰められ鼻先五センチの至近距離で見つめられる。

 ……こんな至近距離、新一とも滅多にないのに。
 花梨はびっくりして息を呑んだ。


「葵ちゃ……いや、花梨ちゃんて呼ばせて。花梨ちゃんはめちゃくちゃ可愛いよ! なんで鬘被って隠してんのかわかんねーくれー可愛い! 鬘なんて取っちまえばいいのに!」


 本気で言っているのだろう。快斗の頬はほんのり赤く、ブルーグレーの瞳が真っ直ぐ熟視してくる。


「ぁっ……えと、これは……」


 熱い視線に花梨は頭を両手で抱えた。

 この髪は様々なストレスからある時急に色素が抜けてしまったみすぼらしいもので、染めたわけじゃない。
 眉毛も睫毛も全身真っ白になってしまった。眉毛と睫毛に関しては化粧で誤魔化している。
 親戚の子に嘲笑され尽くした見た目に、いい感情なんて持っていない。


「青子が花梨ちゃんは可愛いっていっつも言ってたけど、花梨ちゃんの髪がこんなに綺麗だって知ってたのか?」

「え? し、知らないと思うけど、綺麗だなんてそんなはず……」

「綺麗だし、すごく似合ってる。可愛い、すき……」


 真っ直ぐな瞳で「好き」と告げてから、快斗の左手が花束を持っていない花梨の右手を取り、手の甲に唇を落とす。


「っ、っ……黒羽くん……っ」


 ――好きって言って、手の甲にキスって……なに……!?


 手の甲に柔らかく触れた唇の感触に花梨の頬がぼぼぼっと。一気に燃えるように顔が真っ赤に染まった。
 前にも一度手の甲にキスされたことはあるが、今回は刺さる視線が熱くてどうしていいかわからない。


「オレ、花梨ちゃんに訊きたいことがいくつかあるんだ。訊いてもいい? あっ、答えにくいなら今日は答えられるところまででいいから。駄目なら答えられないって言って」

「う、うん……わ、わかった」


 ――え? なに? 質問? あれ? 私いま、答えるって言っちゃった?


 紳士的な振る舞いに花梨は弱いらしい。
 まるでどこかの貴族がするような手の甲へのキスは、花梨の頭の中を混乱させた。
 快斗の言っていることがよくわからないまま、勢いに飲まれて花梨は質問に答えることに。

 ……右手がいつの間にか指を絡め合うように繋がれている。


「……じゃあ、答えられそうなとこから……。何で花梨ちゃんはオレの正体を知ってたんだ……? あの姿で初めて逢った時から気付いてたよな?」

「ぁ……んー……。ごめんなさい、今は答えられない」


 質問の一つ目。
 答えてもいいが、それに答えてしまうと快斗に迷惑が掛かってしまう可能性があるため、花梨は首を横に振った。


「……そっか。じゃあ、次。花梨ちゃんは誰に追われてるんだ? あの男たち、発砲してたよな? 昨日訊いたらそういう運命って言ってたけど、そういう運命ってなに?」

「……ごめん、それも答えられない」


 質問の二つ目。
 それも、迷惑を掛けてしまうから答えることができない。

 花梨の首は左右に振れる。


「……じゃあ、次はー。鬘はなんで被ってるんだ? 見た目が綺麗すぎるからか? 確かにそのビジュアルじゃ男共が寄ってきそうだもんなー(オレも人のこと言えねーけど)」


 ……快斗も花梨の見た目に堕ちたクチだ。
 いや見た目だけではここまで惚れちゃいないのだが。


「綺麗って……っ、これは……っ、えと……」

「言いにくいことがあるんだな?」

「……もう少し仲良くなったら話す……でもいい?」


 質問の三つ目。
 白い髪で虐められていた過去を話すのは、ちょっと勇気がいる。
 快斗はいい人だが、今はまだ……。

 花梨はおずおずと快斗を見上げた。
 すると自然と上目遣いになってしまうもので。


「っ、かわ……わかった! 待つよ。じゃ、次な。正月に一緒にいた男は花梨ちゃんの彼氏?(これが一番訊きたかったことだっつったら、嫉妬深いって思われっかな?)」


 花梨は何も答えられていなくて申し訳ないと思っていたが、快斗はにっこり笑う。
 気分を悪くしたかと思ったが、そうではないらしい。

 ……が、四つ目の質問に移った途端眉を寄せた。


「へ? お正月?(彼氏?)」

「そ、正月。初詣に行かなかった? 三日にさ。オレ、神社で花梨ちゃんを見掛けた気がするんだ」

「三日……行ったけど、幼なじみと一緒だったよ」

「つまりあれは彼氏じゃないってこと!? 手ぇ、繋いでたみたいだけど?」


 ズイッと快斗の身体が前のめりに。また距離を詰められ顔を覗き込まれる。
 距離が近過ぎて、花梨は一歩後ろに下がった。


「あー、それは人混みで逸れないようにっていうのと、着物だったし、草履を履いてたから転ばないように……かな。人混みを抜けたら離したよ?」

「そうだったんか! よかった。まあ彼氏がいても略奪するつもりだったから、今さらいーんだけど」

「りゃ、略奪……?」


 快斗は繋いだ手をぎゅっ、ぎゅっと握り締めながらニッと不敵な笑みを浮かべる。


「へへっ。じゃ、最後の質問。花梨ちゃん、今どれくらいオレのこと好き?」

「す、すきって……」

「オレは花梨ちゃんのことすげー好き。花梨ちゃんがオレのことまだそこまで好きじゃないことはわかってっけど、今どれくらいかなって聞いておこうと思って」

「……そ、そんなこと急に言われてもわかんないよ……」


 友達としてしか見たことのなかった人に、さっき告白されたばかりで訊かれても困るのだが……。
 しかも友達でいいならと断ったはず。

 花梨の認識では、快斗の告白は断ったということになっているらしい。困惑した様子で小首を傾げた。


「じゃあ嫌い?」

「嫌いではないよ? 私、新ちゃん……あ、幼なじみね。彼以外の同年代の男の人で話すのって黒羽くんだけなんだ」

「う、ん?」

「だから、黒羽くんはちょっと特別なの」

「トクベツ……。それって……好きってこと?」

「……んと、よく、わかんない……。でも嫌いじゃないよ」

「……花梨ちゃんの特別か……。ふむ……今はそれでいいか……」


 まだ好きになってもらえていないが、特別だと言われれば気分が良いもので……。
 快斗の頬はぽっと赤く色付き、何かを考え込むように首を何度か縦に振った。



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