白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
035:彼女の正体
「……なぜ追われていたのですか?」
「そういう運命なの。あの、それより下ろしていただいてもいいですか?」
百歩譲って質問するのは助けてくれたから構わない。
しかし、キッドは公園に着地してもなお花梨を抱え続けている。
そのため、花梨は自分から下りることができない。
間近で顔を見合わせながらじっと見つめてみれば。
「……。あ、これはこれは……失礼いたしました」
キッドは一瞬黙り込み、慌てたように軽く会釈したが、まだ花梨を下ろさない。
「……あの、下ろしてくださるのでは?」
「……今下ろしますよ」
再度花梨が要求すると、渋々地面に下ろしてくれる。
「今夜逢えるとは思わず、色紙を持って来るのを忘れてしまいました」
「うふふっ! そんなのいいですよ、今日は私が助けてもらっちゃいましたし」
色紙ってなんのことだろう。花梨は目をぱちくりさせる。
なんのことかわからなかったが、前回キッドと逢った時にそんなこと言ったような気がして会話を続けた。
「ですがこの間のお礼がしたい」
……なぜかキッドが食い下がってくる。
「……んー……。では私そろそろ帰りたいのでタクシーを拾って頂いても?」
――スマホの着信履歴を見るのが怖すぎる。
キッドの背後、頭上に位置する公園の時計を見れば二十二時を回っている。早く帰って新一が怒鳴り込んでこないようにしなければ……。
青子たちと一緒だったからマナーモードにしたままにしていた。
定時連絡を既読にしていないため着信があるはずだ。経験からして彼は二十二時半を過ぎて電話に出なければ乗り込んでくる。
そうしたらまた朝までくどくどと……(工藤だけに)。
目の前のキッドよりも花梨は時間が気になって仕方ない。
今は一刻も早く帰宅するのが最善。
「タクシーを? 構いませんがそんなことでお礼になんて……」
「今、切実にタクシーが欲しいです! 早く帰らないと怒られちゃう!」
「……かしこまりました。お嬢さんがそう仰るならお呼びしましょうか」
花梨が手を組みお願いをすると、切実な願いだと感じ取ったキッドは無線を取り出し、なにやら操作をして知らない声で喋り出した。
『あー、こちら配車センター。○○公園前にて女性のお客様一名がお待ちです。近くの空車は直ちに迎車願います。』
「……すご。今の、声真似ですか? 全然声が違った……!」
「フフフ、五分もしない内に来ると思います。入口で待っていましょう。さ」
驚いて口元に手を当て目を瞬かせる花梨。
キッドは微笑みながら、彼女の腰にそっと手を添え、公園の入口まで案内する。
「……キッドさん」
「はい……?」
「あの、なぜ腰に手を……」
「エスコートをと思いまして」
「……セクハラだと思いますけど……」
「おっと……申し訳ありません。そんなつもりではありませんでした。お許しを」
セクハラと言われてしまったキッドは、ポーカーフェイスを気取っているが、気まずそうにスッと手を放す。
「ふふっ、許してあげる」
「……っ」
少し距離を取ったキッドに花梨はじっと彼を見上げて微笑んだ。
上目遣いに見てくるそんな花梨にキッドは息を呑む。
――この子、なんでこんなに可愛いんだ……!?
彼女の前ではポーカーフェイスを上手く保てない。
助けて逃げた時、抱きしめた身体が柔らかくていい匂いがした。
程よい重みにずっと抱き上げたまま、離したくないくらい抱き心地がよかった。
……連れ帰ってずっと愛でていたいくらいだ。
付き合うとか付き合わないとかそんなことどうでもよくて、ただ目の前のこの子とずっと一緒にいたい。
キッドはそんな衝動に駆られる。
「……お嬢さん、やはりお礼を差し上げたい。お名前をお伺いしても?」
……タクシーがやって来たのは五分後。
キッドは花梨をタクシーの後部座席に乗せ、開いた窓枠上部に手を預けて見下ろす。諦めきれずに最後に名前を尋ねた。
タクシーを待つ間、これといった話はできず、キッドはじっと花梨を見つめていた。
いつもならよく回る舌が上手く回らず、何を話せばいいのか言葉が出なかったのだ。
花梨も特に何か話し掛けることはせず、スマホで新一とメッセージのやり取りをしていて。
互いに沈黙していたにも関わらず、心地の良い時間だったとキッドは感じた。
「ん~、秘密です。でも、ヒント」
「え?」
「次に逢った時、バラをくれますか? まだもらってなかったから」
「えっ」
「ぽんって出してもらえたらうれしい。あっ、もう行って下さい!」
花梨は人差し指を口元に当てにこにこと告げる。
そして、すぐにトンッとキッドの手をタクシーの窓枠から押し剥がす。
タクシーはすぐに出発した。
「あっ……!」
……キッドの素っ頓狂な声が僅かに聞こえた。
◇
「……今の……、っ、嘘だろ……?」
……白い髪の少女の悪戯っぽい笑顔が目に焼き付いて離れない。
一人公園に残った快斗は、走り去るタクシーを見えなくなるまで見送り、彼女が何者であるか悟った。
「……まさか」
だって見た目が違い過ぎる。
だが見た目ばかりに気を取られて気付けなかったが、よくよく考えてみれば声が似ていた気がする。
……それに肌の白さと小さな口元はそっくりじゃなかったか……?
「……変装が上手過ぎんだろ……。つーか、なんでオレの正体を……?」
快斗は両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまう。口からは深いため息が漏れた。
「花屋、まだ開いてっかな……」
空を見上げると、少女の瞳を思わせるような、まん丸の月が浮かんでいた。