白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
033:少女を探して
◇
……あの夜。あのビル屋上で。
『バンッ!!』
『うわぁっ!?』
少女が銃を手に、大きな声で銃声の真似をし、撃たれたと思ったキッドは腰を抜かした。
尻餅をついたキッドに、彼女は愛くるしい笑顔で名前を訊いてきた。
『あなた、もしかして怪盗……キッド……?』
『い、如何に、も……』
瞳に満月を宿す精巧に作られた、
キッドは見上げた彼女に一瞬で魅了された。
そんなキッドは警察から追われている真っ最中――。
彼女もどこかから逃げてきたと言っていたが、警察に追われているわけではないからと、キッドをその場から逃がした。
「……あの子、どっかで逢ったことなかったか……?」
トラブルが相次いだ月のない夜――。
月がない夜だけにツキがなかったかと思われたが、そうでもなかった。
後ろ髪を引かれつつ白い髪の少女と別れたキッドは、ビルの合間をハンググライダーで滑空し、夜は空いている人気のない某駐車場へと降り立つ。
この駐車場には監視カメラがついているが、出入口のみ。
数台だけ置かれた車の影で、怪盗キッドこと快斗はハンググライダーをしまった。
「あ、もしかしてあれか? 正月に見た彼女……? っ、はー……やっぱめちゃくちゃ可愛かった……はあ……。一目惚れってこういうのを言うんだよな……? マジヤバイ……けど」
ゆっくり着替えをしながら独り言を呟く。
白い髪の少女を思い出すだけで顔が熱くなった気がして、頬に手を当てればやっぱり熱い。
鼓動もまだ早いし、思考は彼女のことで埋め尽くされてしまっている。
……知らない間に恋に落ちてしまったらしい。
まったくなんてことだ。
花梨への想いを手放し、初恋が終わったばかりだというのに、また恋をしてしまうなんて。
成し遂げなければならない目標があるというのに。
怪盗が心を盗まれただなんて、とんだお笑いぐさじゃないか。
正月に神社で見かけた白い髪の女性。すれ違ったあの一瞬だけで目を奪われた。
あの女性がもしさっきの少女だったとしたら……。
「うわ……早速失恋とか泣けるー……くっ!」
白い髪の少女と手を繋いだ男がいたことを思い出し、快斗の胸がぎゅっと締め付けられる。
――けど、逃がしてくれた礼はしなきゃなー?
またあのビルに来たりするのだろうか。
一人でいたし、ちょっと通ってみるか……。
次はいつ出逢えるかはわからない。
けれど、淡い恋心が消えて訪れた、熱く燃えるような恋心。
付き合おうとは思わないが、せめてまた逢って声が聞きたい、話をしてみたい。
快斗は白い髪の少女がいたビルに、また行こうと決意した。
翌日……。
江古田高校2-B教室にて。
「……ーい、おーい快斗~」
「……」
次の単元が移動教室のため、青子はまったく動こうとしない快斗に声を掛けた……のだが、返事がない。
快斗は惚けたように頬杖をついたまま、「サインどうすっかな……」なんてぶつぶつ。
「おーい? ってダメだこりゃ……ずっと惚けてる……」
「何があったんだろうね~。花梨ちゃんなんか知ってる?」
「さあ……?」
青子と恵子が顔の前で手を振っても、快斗は相変わらずぼんやり。
花梨は首をかしげた。
「なーんか朝からずっとこんな感じなんだよねー。昨日風邪だって言って休んでたし、まだ治ってないのかしら……いや、熱はないわね」
青子が快斗の額に手を当ててみるが熱はない。
反応もやっぱりなくて、青子は肩を竦め両手でお手上げをした。
いったい何があったというのか……。
「夜更かしして眠いとか?」
「バ快斗! 夜更かしなんてしてないで早く寝なさいよ!?」
花梨の言葉に、青子が微動だにしない快斗を覗き込み一喝。
「……ん? お、おお……、はあ……」
ようやく反応をみせた快斗だったが、すぐにまた同じポーズを取り惚けてしまう。
「……黒羽くん、手品見せてくれる?」
「……え、あ、ごめん……今はちょっと無理……」
「そっか……。残念」
様子のおかしい快斗に花梨も声を掛けてみたものの、一応の反応は見せてくれたが断られてしまった。
この間まで頼めば簡単なカード当てくらいはすぐ見せてくれたのに、今日はその気になれないらしい。
「ちょっ、快斗! 花梨ちゃんがお願いしたのに断るの!?」
「ん……悪い。ちょっと今浸ってるから」
「なにに!?」
快斗の態度に青子は困惑気味だ。
いつも快活な彼が休憩時間にぼんやりしていること自体が異常事態。
「青子、花梨ちゃん。もうすぐチャイム鳴っちゃうから、快斗くん置いて行かない?」
「そうだね。快斗、遅れても知らないわよ!」
「先に行くね」
教室の時計の分針が授業開始時刻に迫っている。
恵子の声掛けで青子と花梨は、「お~」と気のない返事をする快斗をそのままにして皆教室を出た。
◇
……あれから数日間、快斗は白い髪の少女と出会ったビル屋上に通っていた。
ところが彼女と出会った時刻に来てみても、彼女に出逢うことができなかった。
「やっぱそんな偶然に逢えるわきゃねーか」
目下に煌めく灯りを見つめ、快斗は夜風に吹かれる。
時刻は二十一時を過ぎた。
もっと何か、彼女に関することを聞いておけばよかった。
そうすれば、彼女がどこの誰だかわかったかもしれなかったのに。
「……はあ。また失恋かよ……、しゃーねー。下見を再開しますか……!」
二度目の恋も失恋で終わりそうだ。
いや、相手に伝えてもいないのだから、実際に失恋したわけではないのだが。
……今夜の快斗はキッドの装いでビル屋上にやって来ていた。
このビルは丘の頂上付近に位置し、非常に見通しがよく、近隣の状況を把握しやすい。
そして何より良い風が吹く。
そこまで高いビルではないが、ハンググライダーをするのに立地が良いのだ。
「次のターゲットは……――だから」
まだ予告状は出していないが、次のターゲットは決まっている。
このビルから見える先にある一際背の高い高層ビルを見つめ、飛距離を目測する。
あのビルの屋上から飛び立てばここまで安全に来れる計算だが、その後はどうしたものか。
何食わぬ顔で階段を下りて逃げてもいいが、一度逃走経路として使ったから警察は警戒しているかもしれない。
ならば、前回と同じくここから飛び立ちあの駐車場へ着地………というのも考えたが、あの駐車場、閉鎖されマンション建設工事が始まってしまったのだ。
監視カメラが幾つも設置されて、すでに立ち入り禁止になっている。
「……とりあえず飛んでみっか~?」
ここはあくまで逃走経路候補の一つ。ここが無理なら別のルートを探せばいい。
快斗は屋上の端へと向かい、風を読む。
……今日は北から吹く風が強い。
「……ん? なんだ……?」
ふと、見下ろした人気の少ない通りに白い影が走るのが見え、それを追うように後ろに黒い影が二つ。
「……追われてる……?」
なんとなく気に掛かりポケットから双眼鏡を取り出し覗いてみた。
拡大された通りでは白い髪の少女が、身体の大きな男たち二人に追われている。
「っ……! あの子だ……!」
――なんで追われて……って……。
“逃げて来たの”
あの夜少女が言っていた言葉を思い出し、快斗は声を発するや否や屋上の端から飛び立った。
……探し求めていた白い髪の少女との再会まであと少し――。