白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
032:諦めた恋心







 午後の授業も終わりホームルームの時間となり……。


「怪盗キッドだぁ……?」


 ――昼に女三人で盛り上がってんなと思ってたら……。


 青子から怪盗キッドの話を聞いた快斗は眉を寄せる。
 朝からその話を誰とはなく何度か耳にしていたが、世間じゃ手品を使う泥棒が現れただけでお祭り騒ぎらしい。
 マジシャンを目指す者として、犯罪に手品を用いるなんて快斗は許せない。

 ……だがそんなことより青子だ。


「そっ! 泥棒のクセに快斗よりも手品が上手なんですって!」

「なんだとぉ!?」


 青子が怪盗キッドの手品をなぜか持ち上げるものだから、快斗は食ってかかる。
 何が気に入らなくてそう言ったのかは知らないが、自分の手品よりも怪盗の方が上手いなど聞き捨てならない。

 ここのところ、新しいネタを披露していないことに腹を立てているのだろうか。
 それとも弁当のおかずを盗んだことに腹を……?(花梨には憐れまれたのか玉子焼きをもらっている)

 正解は後者だが、泥棒と比較された快斗が腹を立てないわけがなかった。


「マジック勝負したら負けちゃうかもね~」

「はっ、オレの方が上手いに決まってんだろ。葵ちゃんだって認めてくれたんだぜ! な?」


 恒例の快斗と青子の言い合いが始まってしまい、売り言葉に買い言葉で徐々に声が大きくなる。
 一年の時と席の配置が同じなのは、青子と快斗のくじ引き操作によるものらしい。


「……」


 突として快斗に問われた隣の席の花梨は黙って頷いた。


「っ、へへっ! ほらなっ!」


 花梨がすぐに反応してくれたことに、快斗は気をよくして指をぱちんと鳴らす。
 すると机の上に置いていた花梨の手から飴玉が出てきた。


「わっ、またあめちゃん! ありがとう」

「こちらこそどー致しまして!」


 ぽかんと口を開け驚く花梨に、にこにこと快斗は笑顔を見せる。
 頬がほんのり赤いのだが、本人は気付いていないらしい。


「……でれでれしちゃってまー……」

「快斗君て結構あからさまよね」

「そうよね~?」


 青子が呟けば、プリントを配るためにやって来た恵子がこっそり耳打ち。二人して快斗に生温かい視線を送った。


「あ? なんか言ったか?」

「別に~? てゆーか、花梨ちゃんは相変わらずねぇ……」


 恵子が去り、チラッと花梨に視線を向ければ、快斗に貰った飴を口に入れ、配られたプリントに目を通している。
 集中すると周りが見えない花梨に、快斗と青子の会話は聞こえていないようだ。


「……素直に飴食べてんの可愛いじゃん?」

「……可愛いとか恥ずかし気もなく言ったわね」

「ハハッ。あの子、猫みたいな子だからな。餌付けしときゃ懐いてくれるだろ?」

「餌付けって……アプローチ方法変えたの? マジックは?」

「……」


 青子に問われ、快斗は黙り込む。

 ……マジックはもう認めてもらった。
 花梨はもう、青子と恵子と仲良くなって孤立もしていない。

 これで消しゴムの恩は返したと思う。
 これ以上快斗が花梨に纏わりつく理由はない。

 ないが……どうにもしっくりこない。


「怪盗キッドとマジック勝負でもしてみたら? キッドに勝ったらさすがの花梨ちゃんも惚れ惚れするんじゃないかな? ……って、神出鬼没だもんね、そう簡単には会えないか」


 なんてねーと、青子も前を向いて、配られたプリントを読み始める。


「怪盗と勝負か……おもしれー、そいつと勝負してやろーじゃん!」

「勝負……?」


 拳を握りしめ意気込んだ快斗に、隣の席で花梨が首を傾げた。

 ガタッ。
 突然快斗は立ち上がり、教室の皆が注目する中、花梨の手を取る。


「へへっ、花梨ちゃん楽しみにしてろよ!」

「へっ?(花梨ちゃん……)」


 快斗の唇がちゅっ、と花梨の手の甲に押し付けられると、快斗は担任がいる教壇へと歩いて行く。
 ……二年の担任も黒瀬だ。


「先生! 黒羽快斗、早退しまーす!」

「黒羽、もうすぐ終わるっつーの! 我慢できないのか!?」


 呆れ顔の黒瀬の前に立った快斗は――。


「そんなヤツはオレがとっ捕まえてやるぜっ! ケッ、ケッ、ケッ」


 黒瀬の「黒羽、話聞こうな」という声がする中で、青子と花梨に向かって視線を送ると“ぽんっ”。
 小さな紙吹雪が舞ったと同時、快斗は姿を消した。


「わぁっ、消えた。すごーい……」


 驚いた花梨は小さく拍手を送る。


「なによ、かっこつけちゃって……勝てっこないじゃない。お父さんだって手を焼いてるんだから……。って花梨ちゃんの瞳ゲット~♪ やっぱめっちゃ綺麗~!」

「あっ……」

「パシャさせてパシャ!」


 前を向いていた花梨に青子はスマホを取り出し、カメラを向けた。


「やだ~……!」


 快斗が消えた後、花梨は手の甲にキスをされたことと、彼が姿を消したことに驚き動揺し過ぎて、普段より顔を上げてしまい、青子からのパシャ攻撃に遭ってしまう。


「おーい……中森と葵ー、お前らも話聞こうな……?」


 黒瀬の声は青子の「きゃ~♪」という推しを愛でる声で掻き消された。









 ……その日、テレビにて怪盗キッドの予告状が公開され、次の日にはキッドの予告通り“月の瞳”が盗まれたという報道がなされた。


「快斗ー。なに深刻な顔してんの?」


 朝のホームルームが終わった教室で、浮かない顔をした快斗に青子が不思議そうな顔で話し掛けてくる。


「ん? ああ、青子か……」


 ――青子は知らねーもんな……。


 昨日快斗は自身の部屋で、八年後に開くよう設定された時限式の隠し扉を見つけた。
 その扉は、有名なマジシャンだった亡き父が使っていた秘密の部屋に続いていて……。

 まさか自分の父が八年前、世間を騒がせた怪盗キッドその人だったなんて。
 しかも八年後の昨日、当時の付き人である寺井がキッドに扮していたとは。
 父は事故で死んだものと思っていたが、実は誰かに殺されたということを知り、もう純粋にマジックだけを極めるなんて生活はできなくなってしまった。

 父を殺したのは誰なのか……。

 快斗はこれからすべき目標を見つけたのだ。
 隠し部屋を見つけるまで花梨の驚く顔を想像していたが、もはや彼女がどうのと言っている場合ではない。

 ……手の中に眠る鮮やかな黄色に輝く“月の瞳”を握り締めながら「はー……」深いため息をつく。


「今日、花梨ちゃんがお休みだから元気ないの?」

「え? そういやまだ来てねーな。花梨ちゃん風邪でもひいたのか?」

「うーん、風邪かどうかは知らないけど、今日は休むってメッセージがきてて」

「そっか……」


 ――もう勝負どころじゃなくなっちまった、花梨ちゃんとはもう……。


 今思えば、ちょっと好きになりかけていたと思う。
 いや、淡い恋心くらいは抱いていたかもしれない。

 恋愛なんてしてる場合ではなくなってしまった。
 今日、花梨が休みでよかった。

 ……快斗は主のいない空席を見つめる。

 これから自分は父を殺した犯人捜しに奔走する。
 父がそうだったように、寺井がしていたように、これから快斗も怪盗キッドとして窃盗を繰り返すのだ。

 窃盗=犯罪だ。怪盗キッドは犯罪者。
 意味は違うと思うが、以前黒瀬が言っていたように花梨とは住む世界が違ってしまった。

 花梨のような純粋な子に、犯罪者の恋人は似合わない。
 そこまでの恋愛感情が育ってはいなかったからこれでいい。

 ……そう結論付けた快斗の胸はズキッと痛んだ。




 そうして何度目かの怪盗キッドとしての活動を経て、あの夜……。
 快斗は白い髪の少女と初めて出逢う、月のない夜を迎えた。



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