白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
031:自覚した?







 ……時は冬を過ぎ、再び春がやって来た。


「わぁ~、花梨ちゃん! また一緒のクラスだね! よろしくね!」

「ん、よろしくね?」

「うふふっ♪ うんっ! 今年もいーっぱい遊ぼうね!」


 二年に上がった花梨は、再び青子と同じクラスになった。
 青子が花梨の腕に抱きつく。
 いつの間にか青子になついた花梨は、にこりと返事をした。

 そして――。


「オレもオレもー! オレもいるぜー! 葵ちゃんよろしくな~!」


 快斗がやって来て“はい握手ね”と手を差し出す。


「……よろしく」

「おう! 今年こそ葵ちゃんを“あっ”と驚かせてやっからな!」


 花梨が差し出された手を握って離すと、手のひらには飴玉が一つ。


「わっ……すごぃ。……ふふっ、いつも驚いてるよ? 黒羽くんてすごいね」

「っ、そ、そっかぁ?」


 驚いた花梨がちょっぴり顔を上げて、快斗と視線を合わせる。
 目が合った気がした快斗の頬が、ぽっと赤くなった。


「……っ?(なんだ今の感じ……?)」


 花梨に認められたからだろうか。
 高揚感に胸がドキッとしたものの、何か違うような気がして快斗は胸元を押さえ首を傾げる。


「あめちゃん、ありがと」

「んっ、ンン!(あめちゃん……)」


 ――言い方が可愛いなおい……。


 飴玉の封を解き、花梨が口に含むとにこりと微笑む。
 髪に隠れて瞳はよく見えなかったが、彼女の喜ぶ顔に、快斗の胸はさらにざわついた。


「快斗ー。あんた熱でもあんの? 顔赤いわよー?」

「っ! るっせ……!」


 突然青子がニヤニヤしながら快斗の脇腹を肘で突く。
 快斗は急にはやった鼓動に困惑しながら、胸を押さえたままその場から走り去った。


「やっと自覚したのかしらね~?」

「ん……?」

「こっちはまだ全然ね……。快斗頑張んなさいよ……」


 飴玉を口の中でコロコロ転がし、逃げ出した快斗のことなど気にも留めずに、授業の準備をする花梨を見て青子はため息をつく。
 幼なじみの恋が成就するには、まだまだ時間が掛かりそうだと憂いた。


「??? なんだ……? 顔が熱い……?」


 教室から脱出した快斗は、トイレに駆け込み鏡に映る自分を見つめる。
 顔が耳まで赤かった。


「なんで顔が赤ぇんだよ……!」


 ――花梨ちゃんに対する気持ちは青子と同じ、友達になりたいだけだ。


 一人ぼっちの彼女に安心できる場所を作ってやりたい、皆と一緒に笑い合いたい。

 まったくなびいてこない彼女に、躍起になっていたところは認める。
 そしてその彼女にさっき認められ、嬉しかったのも認める。
 だけど、急に胸が苦しくなった意味がよくわからない。


「……嘘だろ……。顔もはっきり見たことねーのに……?」


 ――いや、さすがにないない。


 快斗は熱くなった顔を両手で覆い否定する。
 花梨はいい子だが、彼女に対する気持ちは恋とかそういうものじゃない。
 どちらかといえば、青子の言う“推し”に近い気がする。

 彼女自身も、自分のことなどなんとも思っていないことは知っている。
 だから今、自分はただ照れているだけ……。


「……だよな?」


 ――ポーカーフェイスを忘れるな。


 ふと父の言葉を思い出し、鏡をじっと見つめれば顔の赤みが消えてゆく。


「そもそもオレの好みじゃないし……」


 顔だけでいえば、花梨は快斗の好みではない。
 仕草や声は可愛いと思うが、真っ直ぐ目を合わせてくれないつれない女に友達としてならまだしも、女として惹かれるなどあるわけがない。
 消しゴムの件がなければ、しつこくしたりなんかしていなかっただろう。


「……花梨ちゃんか……」


 花梨の前では“花梨ちゃん”と呼んだことはないが、青子と一緒だとそう呼んでいる。
 いつか彼女を名前で呼びたい。そう思ってはいるのだが、これが恋なのか――。
 初恋もまだな快斗には、よくわからなかった。


 ……青子の「自覚した~」発言は間違いだったようだ。





 それから数日経ったある日のこと。
 江古田高校2-Bの教室では――。









「怪盗キッド再び現る……だって!」

「怪盗キッド?」


 昼休み、ピンクのポンポン飾りが付いたハイツインテールに眼鏡を掛けた恵子が、今朝の新聞の一面を見せてくる。
 青子経由で仲良くなった彼女は、明るく活発で裏表のない性格。いつも青子と一緒に花梨に構う。

 すっかり二人に絆された花梨は、自作の弁当を食べながら机に広げられた記事を見下ろした。
 新聞の顔とも呼ばれる一面にはでかでかと、【怪盗キッド】の写真が載っている。
 そこには顔だけ――仮面と白いシルクハットとマントだけが映り、身体が消えた怪盗の姿が写されていた。


「手品を使う神出鬼没の怪盗よ。八年前、死んだと噂されてたけど生きてたの!」


 ……恵子は目を輝かせ、楽しそうに話す。


「青子のお父さん、警察官なんだけど、怪盗キッドを追っててね。八年振りに現れたもんだから、はりきっちゃって、もー大変」

「今、世間じゃこの話題でもちきりよ♪」

「へぇ。そうなんだ、知らなかった」


 ウインナーをかじる青子は眉をひそめるが、隣で恵子は目を輝かせ、興奮を隠せない。
 親友ながら、二人の怪盗キッドに対する印象は正反対だ。

 怪盗キッドといえば……と、今まで何も知らなかった花梨は、特に何の感情もなく相槌を打つ。

 それよりも、青子の父親は警察官だったのか……。
 そういえば、青子たちのことを知ろうとしたことがなかった。
 二人はとてもいい人だから、もう少し彼女たちに興味を持った方がいいかもしれない。
 蘭と園子以外でできた女友達と過ごす時間に、最近の花梨は幸福を感じている。

 ……今は怪盗キッドよりも、二人と一緒に食べるお昼が楽しくて仕方ない。


「花梨ちゃんは怪盗キッド好き? なかなかのイケメンって噂なんだけど、もういい歳よねー、残念」

「え? 恵子ちゃんは怪盗キッドが好きなの?」

「割と~♪」


 組んだ手を顔の横に持って来て、キャピキャピ話す恵子に花梨が尋ねてみれば、嬉しそうに頷く。
 やっぱり恵子は怪盗キッドに好意的のようだ。


「青子は嫌~い。泥棒なんて犯罪者だもん」


 一方で青子の怪盗キッドの心証は悪い様子。
 父親が警察官だけに彼女も正義感が強い。


「ねえ、花梨ちゃんは?」

「ん~、会ってみないとわかんないかな……」


 ふと恵子に怪盗キッドの印象を聞かれたが、たった今存在を知ったばかりの人物である。
 判断などできない。
 ただ、この日常が少し特別なものに変わる予感だけが、静かに胸の奥をくすぐっていた。


「会ってみて素敵な人だったら?」

「え? 素敵な人だったら……んー……どうもしないと思うけど……」

「そっかぁ、花梨ちゃんの好みってわかんないぃ~!!」


 ぐいぐい質問を重ねてくる恵子に答える花梨だったが、最終的に恵子は頭を抱えて叫び出した。
 いったいなんだというのだろう……。
 花梨はよくわからず、デザートに持ってきたブドウを口に入れる。


「恵子っ! 花梨ちゃんを泥棒に恋するよう仕向けないのっ!」

「そんなつもりないわよ~。これじゃ私たちの計画が――」

「わ~っ! 違う違う! まだ早いってば!」


 突然青子が恵子の口に手を当て会話を遮った。


「え? 恋? 計画?」


 なんのことだろう……。
 わからない花梨は目をぱちぱち。


「何でもないよ気にしないでね! ねっ、恵子!?」

「……ンフフフ。そう、ね。今はまだその時ではない」


 花梨の前で、青子と恵子がボソボソ耳打ちし始める。
 何やら一計を案じているようなのだが……。


「……? はあ……」


 二人の様子に花梨は小さくため息をつき、首をかしげた。
 ……さっぱりわからない。



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