白月の君といつまでも
-- Winter, about 16 years old
030:親切なあの子
◇
花梨と新一が参道を行き、神社の出口に向かっている最中のこと……。
「……ちょっと、快斗ー?」
「ん……? お、おお……」
人混みの中で突然立ち止まった快斗に青子が声をかける。
「なにぼーっと突っ立ってんのよ。お父さん先行っちゃったわよ」
その日快斗は昼まで寝る予定でいたが、隣に住む青子に叩き起こされ、中森親子とともに初詣にやって来ていた。
快斗が一人暮らしだからか、気を使い誘ってくれたのだ。
だが、昨日はマジックの練習で夜更かしをした。
顔だけ洗った状態で連れて来られ、まだ眠い頭は起きてこずぼーっとしていたのだが、すれ違った白い髪の女性に一瞬で目を奪われ立ち尽くす。
……その
「あ、いや……今すげー美人がいたなーって……びっくりして。目が覚めた……」
違う意味でぼぅっとしてしまった快斗は、顔を両手でごしごし。
強制的に頭がすっきりし、目が覚めた。
「えー、どこに!?」
「ほら、あの白い髪の……」
快斗が指を差すとそこには白髪の女性と、隣には若い男の姿。二人は手を繋ぎ、楽しそうに会話している。
綺麗なものに目がない青子は、興味津々でそちらに目を向けた。
「どれどれ……? あら残念ね~! 彼氏持ちみたいよー?」
「そりゃそーだろ。あんだけ綺麗なら彼氏くらいいんだろ。ほら、結構な人が振り返って見てる」
青子もすぐに気付いたのだろう。
茶色や金髪に染める人間は多いが、あれ程に輝く白い髪は人目を惹く。
「そんなに綺麗な人だったの? 青子も見たかったな~」
「……オレももうちょっと見ていたかった」
あまりに一瞬過ぎて時間にしたら恐らく一秒、二秒。
手品じゃそれだけあれば種を仕込めるが。
……もっと彼女を見ていたかった。
快斗は青子が「ほら行くよー」と誘っても、小さくなる白い髪の女性をしばらく見送っていた。
「ねえ快斗。花梨ちゃんも誘えばよかったね」
「なんで誘わなかったんだよ。誘ってくれりゃ、新年早々新しいネタを見せてやれたのに」
……ぱんぱんっ。
柏手を打ち、手を合わせ目を閉じる。
賽銭箱を前に青子と快斗はここにいない花梨を想い、「今年こそ仲良くなれますように……」と二人して神様に祈りを捧げた。
青子は花梨と仲良くなりたい。
快斗は花梨を驚かせて喜ばせたい。
二人の目標は少し違うが、今年も協力し合おうと、目を開け互いに腕をかち合わせる。
「だって、お父さんが時間がないからって、すぐ出るから誘う暇もなくて」
「……花梨ちゃん、今頃何してんのかなー……一人で淋しくしてねぇかな……」
一人暮らしで年末年始も一人で、淋しくはないのだろうか。
快斗には隣に青子も住んでいるし、母親もたまに帰ってくる。
マジックの練習で日々は埋まり、淋しさは皆無だ。
花梨の家庭事情は詳しく知らないが、黒瀬に訊いた話じゃお嬢様(?)らしいのに、青子の情報じゃ一人暮らし。
青子が花梨に実家に帰るかと聞いたら、「帰らないよ」とのこと。
一人でいて女の子なら、淋しかったりするんじゃないのかと心配になる。
……大晦日。
カラオケボックスにてクラスメイトたちと歳納めパーティーが開かれた。
青子の誘いで花梨も来てくれて、快斗はマジックを披露した。
花梨の俯き加減は相変わらずだったが、快斗のトランプ捌きに驚いて、小さな口を大きく開けてくれたことに、快斗のテンションは上がり、徐々に花梨に詰め寄りドン引きされる。
花梨は顔を見られるのが恥ずかしいらしく、近付かれるのを極端に嫌がるから、やり過ぎだったと反省している。
その後は距離を取られたものの、青子が説得してくれたのか最後まで見てくれて、口元に弧を描いて拍手していたから、一応成功したかな、と快斗は手応えを感じた。
年納めパーティーまでに、学校の教壇で何度かマジックショーをやってはいたが、花梨が教壇前に集まる観客たちに混ざることは一度もなく、自席から時々快斗のいる教壇に視線を送るだけ。
快斗はマジックに集中しながらも、クラスで一人だけ自席で本を読む花梨が気になって仕方なく、つい視線がそちらへ……。
たまに目が合った気がすると、にっこり微笑んでやるのだが、花梨が慌てて本に集中しだすから、あれは絶対マジックに興味ありだ。
“本当は見たいくせに……。”
言ってやりたいが、花梨が自ら見たいと思わせるようなマジックを披露し、真正面から驚いた顔を見る……というのが、快斗の目下の目標。
……であるならば、冬季休暇中に花梨ともっと会いたいわけで。
「明日遊びに行こうって、誘ってみよっかな~♪」
「オレも行っていい?」
「ダメよ。花梨ちゃん、快斗のことまだ警戒してるんだから」
青子は春から冬にかけて、ずいぶん花梨と仲良くなった。
女の子同士、たまに一緒に寄り道して家に帰っている。
それでも花梨はやっぱり顔を覗かれるのは苦手らしく、自分の半径三十センチ以内に入ろうとすると、手でもってガードしてくるそうな。
これ以上距離が縮まる気がしない――と、青子は嘆いている。
一度花梨の厚ぼったい前髪を除けて顔を覗き込んだことがある青子は、「花梨ちゃんの目ってすっごい綺麗なんだよ!」と萌えており、今も花梨に萌えキュンなのだとか。
「えー……ちょっとは慣れてくれたと思ってたのにー」
「青子は仲良くなったけどね~! 新学期始まったら恵子と三人で遊びに行くんだから♪」
「オレも行きたいー」
「だーめ! 女子会は男子禁制よ!」
「いーじゃんかよー! オレも連れてってくれよー!」
――花梨ちゃん、まだオレのこと怖いのかよ……。
青子に、女子会の参加は不可と言われた快斗は眉を顰める。
……春から冬にかけて同じ教室で過ごし、快斗が感じたことは――。
花梨は男が苦手だということ。
黒瀬を始めとする男性教師とは普通に話すから、年上は平気そうなのだが、花梨がクラスの男子と話している姿はほぼ見ない。
女子に関しては、青子経由でたまに誰かと話している姿を見掛ける。
青子の親友【桃井恵子】とも最近仲良くなったようだ。
つまり花梨は同年代の男子が苦手なのだろうと思う。
苦手というより、怖がっている節もたまに見受けられるから、過去に何かあったのかもしれない。
花梨が話す男子といえば快斗、自分くらいだ。
いつも一言二言くらいしか交わさないが、それでも頻度は少しずつ増えてる。
かなり慣れてきてくれたと思っていたのだが、まだ警戒されているとは……。
参拝を済ませ、青子は初売りセールに行くらしい。神社を出たところで青子とは別れ、快斗は一人で家路につく。
「はあ……。まずは警戒心を解いてもらってからかなあ……。近付いて来ないんじゃ懐柔のしようもねえ。いや~道のりはなげーな」
そういえばいつだったか、黒瀬が「花梨は猫みたいで難しい」とか何とか言っていたっけ……と思い出す。
本当、猫みたいな娘だと快斗もそう思う。
口数は少ないが、気まぐれに話し掛けてくれるとテンションが上がるからこちらも返事をするのに、それ以上は相手にしてくれないつれない態度がまた妙にツボに嵌る。
他の男子にはオドオドしているくせに、快斗にはそこまででもなく……。
クラスの男子に「快斗もよくやるよな。葵って何考えてんのかわかんねえ。不気味じゃね?」なんて陰口をたまに聞くが、本人が聞こえている場所で言っても、にこっと口角を上げるだけで、動揺も見せずまったく気にしていない様子。
本当に何考えてるかわかんないところが、快斗的にはやっぱりツボで。
――なんだかんだ言って彼女は親切でいい子なんだよ。
「花梨ちゃんは憶えてないよなー……」
はあ……。
吐き出した息が白く煙って宙に溶ける。
空を見上げればはらはらと雪が舞っていた。
……あの日もこれくらい寒い日だった。
快斗は入試の日を思い出す。
入試の日、快斗は花梨の後ろの席で試験を受けていた。
大事な日だというのにあろうことか消しゴムをうっかり忘れたのだ。
青子は隣の教室で試験を受けており、消しゴムを借りに行こうとしたその時、無情にも試験官がやって来てチャイムが鳴った。
「……やっべ消しゴム……(どっかに落としてきたか……?)」
快斗がペンケースを見下ろし小さく声を漏らすと試験官が睨みつけてくる。
消しゴムを忘れましたと言い出せばいいだけだが、試験官が「私語は慎め、これから喋った者は問答無用で落とす」なんて無茶を言い出した。
そんな試験官は強面の大男で、大事な試験に忘れ物をするなどあり得ないという考えらしい。
試験問題を解くのにあまり支障はないが、消しゴムを一度も使わないでというのはさすがの快斗も難しい。
しょうがねーかとそのまま受けようとし、問題用紙が配られ始めた。
すると前の席から問題用紙とともにウサギの形をした消しゴムが渡される。
「使わないからあげる」
試験官が遠くにいる間に花梨にこそっと告げられ快斗はそれを受け取った。
始めは消しゴムを二つ持ってるのかと思っていたが、そうではなかった。
花梨は特に考える素振りもなくスイスイ問題を解き、開始十分で回答し終えて眠っていた。
一限目の試験が終わり、休憩時間にお礼を告げたら軽く会釈だけしてそれ以降は無視された。
二限目、三限目と花梨の様子を見ていたらどの科目も開始十分程度で終えてやっぱり寝ていた。
相当頭がいい子なのかもしれないと思っていたが、入学後に間違いだらけだったことを聞いて驚く。
「葵お前、入試の時なんで応用問題は全問正解で、基礎問題は間違えたんだ?」
「……たまたま合ってただけです。わー、ラッキー」
「いや、わざとだろ? 棒読みだぞ。他の生徒たち全員が正解なのにお前だけ間違ってるんだぞ? 逆にお前、殆どの生徒が間違えてる問題は正解だ。あれれ~? おかしいなぁ~?」
「……何もおかしくないですよ? ではもう用はないようなので失礼します」
「あっ、おい、葵! まだ話は……!」
……入学二日目。
快斗が職員室に呼び出された際、たまたま聞いてしまったのだ。
「……」
「……あ、わりぃ(わざと問題を間違えた……?)」
花梨も黒瀬に呼び出されていたのだろう、彼女は黒瀬が止めるのも聞かずに職員室の扉までやって来る。
職員室から出てきた花梨を通せんぼする形でばったり居合わせ、快斗は場所を譲った。
彼女は会釈して去って行く。
「黒ちゃん、今の聞いちゃったんだけど、どういうことっすか?」
「ん? 葵のことか?」
「オレたまたま試験の時、葵さんの後ろの席で。彼女問題解くのすげー早かったなーって。どの教科も十分くらいで終わってた気がする。だから頭いいのかなって思ってた」
もしかして自分が消しゴムを貰ってしまったせいで書き換えられなかったかもしれないと一瞬思ったが、さっきの二人の会話からすると違うのだろう。
「あー……。そうか……やっぱわざとなのかもなあ……」
「どういうこと?」
「……葵は色んな意味で頭いいんだろうが、ちょーっとここが足らないんだよな……」
黒瀬はトントンとこめかみ辺りを人差し指で叩く。
「ん?」
「いや、黒羽はばっちしだったな! えらいぞ!」
「え、あ、はあ……」
個人情報ゆえに、それ以上黒瀬が花梨について話すことはなかったものの、花梨が入試でわざと特定の問題を外しているということがわかり気になった。
彼女はクラスでは常に俯いて過ごし、たまにスマホを開いて笑ったりする。
ちょっと変わった謎の多い子……始めはそう思った。
けど快斗からすれば、入試の時に助けてくれた親切な子に変わりはない。
クラスの輪に入ろうとしない花梨をクラス連中が遠巻きにする中、快斗は彼女に話し掛ける。
他の皆が無視しても、快斗は消しゴムの恩を返すまでは花梨に纏わりつく予定だ。
彼女にとってはもしかしたらお節介なのかもしれないが、三学期が終わるまでに皆と打ち解けるといいなと快斗は思っている。
「……今度はどんな仕掛けにすっかな。」
自宅に着いて自室のベッドで寝転がり、花梨からもらった消しゴムを抓んで見上げる。
入試の日に少し使ったから耳が欠けているが、まだまだ形はウサギを保っている。
そういや青子の消しゴムを返す時にあげたバラ。
嬉しそうにしていたなと思い出し、快斗の口角が上がった。
「ってオレ、あの時ノートのお礼してねーじゃん!」
……ノートを借りた時、花梨にバラが欲しいと言われた気がする。
あの後次の日にノートは返したが、行事や委員会やらなんやらでお礼を渡す暇もなく日々は過ぎ去った。
そのうちバラのこともすっかり忘れてしまって、花梨も特に何も言って来ないから忘れているのだろう。
「……いまさら受け取ってくれるもんかな……」
いつかバラをあげたい。
そう思い続けていたが、快斗が花梨にバラを渡すのは――数か月も先の話になる。