白月の君といつまでも
-- Winter, about 16 years old
029:おみくじ
◇
蘭が盛大な誤解をしている一方で、花梨と新一はといえば。
「ふふふっ。蘭ちゃんの声聞こえた~♪ 嬉しい~♪」
「お、オメーってヤツは、なんてことしやがるんだよ……! 蘭が誤解すんだろ……! オレが浮気者みてーじゃねーか……!」
にこにこと嬉しそうな花梨が悪魔に見え、新一はわなわなと震えながら訴える。
「まだ付き合ってないのに浮気になるわけないじゃん? ちなみに私と新ちゃんも付き合ってないし、好き合ってもいないよ? 私はたまに新ちゃん好きだけど」
「そういうことじゃねー!(たまにってなんだよ!)」
――そこはいつも好きでいーだろがっ!
花梨は真顔、わた飴にかじりつきながら抑揚のない声でさらっと言ってのける。
いつも好き好きと言ってくる割りに、心は伴っていない口先だけの好意の言葉。
……オメーがいつも好き好き言うから、こっちは動揺して困ってるっつーのに!
蘭に黙ってろと言ったのは花梨だというのに、なぜあんな真似をしたのか。
「だったらなーんであーんしたのかなー?」
「オメーがいっつも、オレの口になんか入れてくっから条件反射だよ!」
――バーロ!
新一は、にこにこと愛らしい笑顔の花梨に問われ、素直に答えてしまう自分が憎い。
「ぷっ! 新ちゃん可愛い~♪ ワンコみたい!」
「かぁーりぃーんんー! 誰が犬だ! 誰が!」
揶揄いが過ぎたか、新一の両手拳がこめかみに添えられ……ぐりぐり。
「痛い痛いっ! 新年早々ぐりぐり止めてよ~。セットした髪が崩れちゃう……!」
花梨が涙目で訴えている最中、またピピピピピ……。新一のスマホが鳴った。
「……あー……くそ。また蘭から着信だ」
スマホの画面を見て、新一は気まずそうな顔をしている。
「小学生の女の子から、“わた飴一口もらった”って、言っとけばいいんじゃない? 多分いけると思うよ?」
「……原因作っといてひでー女だなオメーはよ」
「だよね~。私って新ちゃんから見ると悪い子だもんね~?」
……どうせ私は新一に信用されていない。
花梨はちらっと流し目で新一を見やり、ふんと鼻で笑ってやる。
再会して一年以上経つのに未だ何だかんだとうるさく言ってくるのは、自分を信用していないからだろう。
夜の散歩は止めていないが深夜までは出ていないし、常識の範囲だと思う。
何かあってもなるべく自分で解決しているし、新一が心配するようなことは何一つしていないつもりだ。
それなのに連絡を取る度、「大丈夫か?」「それは駄目だ」などと、いちいち小言が多いから連絡頻度が減った。
花梨が何度「大丈夫」と言っても根拠がないからと、出掛け先について来ることもあるくらい新一は過保護で。
それに「オメーは昔から変わらねー」と、子ども扱いしてくるのが花梨的には尊重されていないと感じている。
……新一はただ心配しているだけなのだが、花梨にはいまひとつ伝わっていないようだ。
「そっ、そんなこたぁーねーよ?」
花梨の冷ややかな視線に新一は苦笑する。
ピピピピピ……。
着信は続いている。きっと新一が出るまで鳴り続けるのだろう。
「焦った新ちゃん見るの、楽しかったよ。私、おみくじ引いて来るから蘭ちゃんの電話でてあげてね」
「一人で大丈夫か? オメーちびだから迷子に……」
「ん。大丈夫! 人いっぱいいるし、目撃者がたくさんいたらストーカーも近付かないでしょ。てかチビゆーな」
「わりぃ。そうか……。じゃあ、オレはここに居るから用事が済んだら戻ってこいよ?」
「わかった。じゃあね~!」
通話ボタンをタップしようとしない新一に手を振り、花梨はその場を後にする。
……花梨が去るまで電話に出ない新一はなんだかんだと優しい。それとも、また同じ手を使われやしないかと警戒中か。
ふと振り返り、スマホに耳を当て苦笑いを浮かべている新一をチラ見して、ふっと笑みを溢した花梨は一人、おみくじができる授与所へと向かった。
授与所はおみくじだけでなく、絵馬や破魔矢、お守りを購入する参拝客で溢れかえっている。
いくつかの列に分かれた、購入者たちのおみくじを買える列の後ろに花梨も並んだ。
「おみくじ引くのなんていつ振りかな。零お兄ちゃんに買ってもらったのが最後だから……」
「三年前かな?」
知っている声がすぐ後ろから聞こえ、花梨は振り返った。
「へ? あっ!?」
「やあ、花梨ちゃん久しぶり」
振り返ると降谷が真後ろに並んでいる。
降谷の姿を捉えた花梨の目が大きく見開かれた。
「零お兄ちゃん!? どうして!?」
「どうしてでしょう? キミがボディーガードの少年と逸れたから来てみたよ」
「……それって(まさか?)」
いやいや、そんなはずはない。
ふと大晦日の出来事に思い当たったが、忙しい降谷が知っているはずはない。
「怪我したんだって?」
「あ……これは……」
――うわー、知ってる~! 零お兄ちゃん、大晦日のこと知ってるわ~!
降谷の視線がナイフで切られた左腕に注がれ、花梨はそれを隠すように右手でスッと押さえる。
「脇腹の次は腕か。今回は軽い傷で良かった……とでも言うと思ったかい?」
にっこり。
降谷の表情は笑顔だというのに、目が笑っていない気がした。
イケメンスマイルというのは怖いのだなと花梨はじっと様子を窺う。
「零お兄ちゃん……。怒ってますか?」
「怒ってはいないよ? キミはいつも誰かに狙われているね。どうしてかな?」
調べたのだろうか。
花梨は昔から何かと禍事に巻き込まれることが多い。
新一のように事件に出くわすわけではないが、自身に不幸が降り掛かったことは小事、大事と両手で数えても足りないくらいにある。
虐めがどうのというのもこれに当たるのだろう。
すべては占い師である母から予め言われていたことだから、そういうものだと理解はしているのだが……。
「どうしてかな……。私あの家に要らない子なのに……」
「……本当にわかっていないのかい?」
降谷に鋭くじっと見下ろされ、その視線は何か探っているような気がした。
「うーん……。ははは……。わからないです、ごめんなさい」
――何を探ってるのかはわからないけど……。
降谷もたまたま休暇で参拝に来たのかもしれない。
そしてたまたまおみくじを引きに来て、たまたま自分を見つけて声を掛けた?
いや、違う。
降谷は花梨が新一と離れたから来たと言っていた。
ということは、昔のように警護してくれているのかな、と花梨が思いながら見上げていると、
「……はあ。その瞳に見られると許したくなるから困るな」
「えへへ」
ふっと降谷の目元が緩み、優しい笑みに変わる。
ぽんと頭に手を置かれて軽く撫でられた。
「……近いうちヒロと遊びに行くよ」
「えっ、ヒロお兄ちゃん退院したの!?」
「ああ。まあ、ちょっと問題は残ってるけどね。改めて連絡する。それよりおみくじを引くといい」
いつの間にかおみくじの列が減ってゆき、最前列までやって来た。
降谷は自身と花梨のおみくじ代を巫女に支払い、御神籤筒を受け取ると花梨に先を譲る。
「ありがとう! 零お兄ちゃん!」
「フフ、どういたしまして。僕も引こうかな」
花梨と降谷、それぞれ御神籤筒を振って引いた御籤棒を巫女に渡し、対応する番号のおみくじを受け取った。
おみくじを引いたらその場からすぐ離れなければならない。
授与所から少し離れた人が少なめの場所で、二人はおみくじを開いた。
「わっ、また凶だ」
「大吉だ……初めて見たな。いつもは吉か小吉なんだけどな……」
花梨の今年の運勢は凶。
三年前に引いた時も凶だった。おみくじ運はないらしい。
その隣で降谷は大吉を引き、首を傾げている。
「すごーい! よかったね! きっといいことあるよ!」
「いいことならもう……。あ、花梨ちゃんのと取り替えてあげるよ」
「え、あっ……!」
パッと花梨の手元から凶のおみくじが引き抜かれ、大吉のおみくじを持たされる。
「こういうのは結んでいけばいいんだ。今年一年、花梨ちゃんにとって良い年となりますように。じゃあボディーガードの彼が来たから僕は行くよ、またね花梨ちゃん」
「あっ、うん。零お兄ちゃんありがと~!」
笑顔で花梨から奪った凶のおみくじをヒラヒラと振って、降谷は人混みの中へと消えてゆく。
ボディーガードが来たから……と言っていた。
新一のことだと思うが、いったいどこにいるのやら。
時間も昼近くになり人の数が増えてきたように思う。人の壁でさっぱり見えない。
困ったな……、とりあえずさっきの場所に戻るかと踵を返すと手首を掴まれた。
「っ!?」
「花梨! オメーすぐ戻ってこいよ! 人混み嫌いなくせに何してんだよ」
「新ちゃん……。ごめん、すっごく混んできちゃったね……」
手首を掴んだのが新一でよかった。
大晦日の日と同じように手首を掴んだ大柄の男が、一瞬ちらつきドキッとした。
「心配しただろーが! ……で、まだなんかしたいことあるか?」
「ううん、もう終わり。神さまもまたおいでってさー」
「神様ぁ?」
「そっ! 呼ばれたから挨拶に来ただけ~。終わったから帰ろ~」
くるっと本殿に目を向けて、花梨は一礼すると参道を戻って行く。
「あっ、おい花梨っ!」
花梨の行動に新一も本殿を見たが、これといって不審な点はなく……日本人的感覚で一礼したのだと理解し花梨の後を追った。
「オメー、よくこんな人混みの中参拝しようと思ったよな?」
出口に向かって参道を歩きながら新一は辺りを見回す。
都内の神社だ、人の数がさっきの倍は増え、ちょっとでも目を離すと、人の波にさらわれて逸れてしまいそうだ。
手を繋いでやった方がいいのかもしれないが、幼い頃と違って照れ臭い。
……とりあえずぴったり隣をキープして歩く。
「だから元日じゃなくて三日目にしたんだけどね。三が日はやっぱ混んでるんだね~。新ちゃんに付き合ってもらって助かっちゃった。忙しいのに来てくれてありがとう」
「べ、別にいーよ。どーせ寝正月するつもりだったし?」
目を真っ直ぐに見てちょこんと可愛く会釈する花梨に新一の頬がぽっと赤く染まった。
「そうなんだ? うふふっ、私と一緒だね。あっ、すみません」
話しながら歩いていると、花梨の左肩に前方から来た男の左肩がすれ違いざまぶつかり、よろめいてしまう。
このままでは転ぶ! といったところで新一が咄嗟に花梨を支えた。
「大丈夫か?」
「ん……ありがと。ちょっと肩痛いけど平気。ははっ、鈍臭いよねぇ私。いや~田舎と違って人多過ぎ~!」
――さっきの男の人、わざとぶつかってきたよね……。
ぶつかる寸前、男が肩に力を込めたのがわかった花梨は痛む肩を擦る。
力の弱い者を狙ってそういうことをする人間が、この世には結構いるらしい。
新一がいなければ転んでいただろう。
……交換前のおみくじで凶を引いてしまったし、しょうがないかと笑っておいた。
「……っ、ぁー……」
――しゃーねー……ここは兄貴としてちゃんと面倒みてやらねーとな。
新一は痛む肩を擦りながら笑顔を見せる花梨の手を取る。
「新ちゃん……!?」
「……人混みを抜けるまで、だからな!」
手を繋いでいないと、花梨は転ぶか人混みにさらわれそうだ。
昔と違って小さくなった彼女の手を握り、何となく照れ臭い新一は前を向いて歩き出した。
「新ちゃんのそういうとこ、かぁーっくいぃ~!」
「ふんっ、ったりめーよ! ほら言っていいぞ?」
「ン~?」
「ほらあれだよ、あれ。いつもの」
――大好きって言ってみろ!
花梨の手がちっさくて柔らかくて、蘭のとも違って。
頭が混乱しているのか……半ばやけくそで新一は花梨に例の言葉を促す。
「あぁ~! うふふっ。言わな~い!」
思い当たった花梨はくすくすと笑みを溢した。
「あぁ?」
「今日の分は売り切れでーす」
「……お、め、え、は、よぉ~~!!」
「ふふふっ。ウソウソ、大好きよ新ちゃん♡」
いたずらっ子のように笑っていた花梨が急に身体を寄せ、上目遣いで好意を伝える。と、新一の顔が真っ赤に染まった。
「っ……」
――その目で見つめられると、どうしていいかわかんなくなるんだよな……。
花梨の告白に、新一の胸はきゅっと締め付けられる。
これが本気で言ってるなら不味い。
……非常に不味い。
新一は蘭のことが好きだというのに、花梨も同時に好きだなんてことはあり得ない。
花梨を放っておけないのは妹だから。
それ以上の感情なんてない。
だが、心の中が掻き乱されてぐちゃぐちゃだ。
事件の謎を解く方が百倍簡単だと思う。
そう、事件はどこだ――?
いまなら迷宮入り事件の謎だって簡単に解けそうだ。
言葉を失くした新一は二の句が継げず、黙り込んでしまった。
「さっきの一瞬だけねー。うふふっ♪」
「……はいはい、そーですか」
――あぁ、オレの悩んだ時間を返せ……。
楽しそうに微笑む花梨は小悪魔のようだった。