白月の君といつまでも

-- Winter, about 16 years old
028:初詣







 新たな年を迎え、三日目――。
 某神社にて、花梨は近所の美容室を出たところでばったり会った新一とともに初詣にやって来た。


「神社に着いたということで、改めまして。新ちゃん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「おー、こちらこそよろしくな(さっきも言ったけどな……)」


 参拝客でごった返す鳥居の前で新一に頭を下げる花梨の姿勢は、実にたおやかだ。


「新年早々ばったり会うなんて思わなかったな~」

「……だな。人混みが苦手なオメーが初詣するとは意外だったぜ。しかも鬘外してんじゃねーか」

「……へへっ。ちょっとずつ慣れてこうと思ってね! ……」


 初詣といえば着物である。
 花梨は今、薄紫の生地に控えめな花模様の入った着物を身に着け、輝く白い髪を綺麗にセットし、万全の体制で初詣に挑んでいる。
 鳥居を潜り参道を歩いていると、道行く人々がちらちらと振り返って見ている気がして、少しだけ居心地の悪さを感じた。

 ……振り返る人々は男女ともに見惚れている様子で、呆けているのが殆ど。その視線の意味を、花梨はわかっていない。


「いい心掛けだな。……着物似合うじゃん」


 新一はといえば、冬によく着るスタジャンとパーカー姿で。
 ……今日の花梨は化粧もし、神々しささえ感じる。隣に美人を連れ歩くのは気分が良い。
 にこにこと着物姿の花梨を褒めておいた。

 実は新一がこの神社に来たのは、年が明けて二度目である。
 元旦にも蘭と初詣に来た新一だが、今日も来たのには訳があった。


「そうかな? 有希子さんが贈ってくれたの! 着付けする美容室まで手配してくれたんだよー! ありがたやありがたや」


 花梨は新一に向かって手を合わせる。


「オレを拝まれても」

「有希子さんの息子さまですからね! ふふふっ♪」


 手を合わせ軽く会釈する花梨の所作は上品だ。
 たまに品の良さが垣間見えるから、気になった新一は尋ねたことがある。
 ……親戚の家で叩きこまれたと言っていた。

 簡単にマンションを中学生に買い与えるくらいの家だ。
 優作から、花梨の親戚の家の規模がどれくらいなのかまでは聞いていないが、かなりの資産家であることは間違いない。
 だからなのかは知らないが、作法を教える家庭教師がついていたらしい。
 “要らない子なのにおかしいよね~”なんて、何度も指示棒で叩かれたと花梨は笑っていた。


「今年は蘭たちと再会できるといいな」

「だね~! がんばるねっ」


 新一の言葉に花梨は胸の前で両手拳をぎゅっと握る。
 先月までは「でも……」と渋っていた花梨だったが、年が明けて前向きになったようだ。
 ……その時は新一も同席する予定である。

 花梨と蘭が再会すればようやく、新一はこの二人きりの逢瀬を止めることができる。
 それが嬉しいような淋しいような……ちょっと複雑な気分だ。
 花梨と二人きりで会うというのは、何もないとはいえ、少々蘭に後ろめたさを感じる。

 ……昨日、有希子からの電話を受けていなければ、今日は会わないつもりだった。
 まさか花梨が一人で神社に行くなんて、思いもしなかったのだから。

 基本引きこもりの癖に、彼女が意外と行動派なことは既知の事実。
 突然「花梨ちゃん、明日初詣に行くんですって!」と母から電話がきて驚いた。

 なぜなら花梨は大晦日、学校の友達と年納めパーティーをしていた帰りに不審者に後を付けられ、身に着けていたマフラーを奪われて警察に駆け込んでいる。
 軽い切り傷もあり、強盗傷害事件として捜査中だ。
 犯人はまだ捕まっていない。

 その犯人が「葵花梨」と名前を呼んでいたことから通り魔ではなく、花梨を狙った犯行であると断定。
 数日経った今も近くに潜んでいるかもしれないから、しばらく外出は控えるようにと言われている。

 花梨は秋頃からようやく学校に友達ができたようで、最近じゃ新一と会うことが減っていた。
 連絡は頻繁に取り合っているが、大体メッセージアプリで済ませている。
 既読無視の時もあるし、写真を送ってくれる時もある。
 大晦日くらいは電話してやるかと思いしてみたら、当の花梨は交番にいて、新一はすぐに駆け付けた。

 “トラブルに巻き込まれ過ぎだろ”と新一が言えば、花梨からは“新ちゃんほどじゃないよ”と笑う。

 何かあった時はすぐに連絡しろと言ってあるのに、何もない時は連絡をくれる癖に、何かあると連絡がない。
 まったく困った奴だ。
 何をいまさら遠慮することがあるというのか。

 そんなわけで、花梨の正月は寝正月をするものだと新一は思っていた。
 だから元旦は蘭と園子たちと初詣に行き、二日、三日と家で推理小説でも読んでのんびり過ごす予定だったのだ。


「……花梨」

「ん?」

「オメー、ストーカー野郎が怖くないのか?」

「あ。ん~……、まあ、うん。よくあることだから慣れてるかも」

「は?」

「……なんかね。私昔からよく誰かに後を付けられるんだ~。怪我したのは久しぶりだけど」


 新一が尋ねると、花梨は着物の袖から覗く包帯を巻いた左腕を擦る。
 たまたまナイフの切っ先が掠った軽い切り傷とはいえ、およそ十センチの切創は痛々しい。
 処置が早く、痕は残らないだろうという診断が出たのだけは救いか。


「はあっ!?」


 花梨はこれまでに何度もこんな目に遭っているというのか。
 驚いた新一は大きな声を上げた。


「そういう星の下に生まれたみたいで」

「どういう星だよ……」

「……ふふっ。まあ、大丈夫だから気にしないで?」


 新一が尋ねてみても、これ以上訊いて欲しくないのだろう。
 花梨は困ったように眉を顰めて微笑んだ。


「いや普通に気にするだろ!」

「あっ、おみくじがある~! 参拝終わったら買わなきゃ!」


 ……そこんとこちょっと詳しく訊かせてみろ。

 詰め寄ろうとした新一に花梨の一指し指が人混みの奥、大きな木に括りつけられた“おみくじはあちら”の貼り紙を示す。
 新一からは遠過ぎてよく見えなかったが、花梨は目がいいらしい。
 「行こ行こ」と新一の腕を引くため、二人で参拝のため本殿へと向かった。










「おい、花梨!? オメーさっきの……!」


 ……さて、参拝を済ませ屋台が立ち並ぶ参道に戻って来た。
 新一は何とか花梨から情報を引っ張りたかったが、花梨は手強い。
 参拝中も終わった後も、まったく口を割らずににこにこしているだけで。

 ここのところ餌付けしていなかったから、そのせいなのだろうか……。
 参拝の順番待ち中にお腹が減ったというので、おみくじは後回し。一旦諦め戻って来たというわけだ。
 腹ペコで力が出ないよ~と嘆く花梨に、新一は屋台で焼きそばとりんご飴を買ってやった。


「おいし~♪ やっぱ屋台といえば焼きそばだよね! 新ちゃんありがと~」

「……はあ、いいよ。で、花梨。さっきの話だけどな」


 ――美味そうに食いやがって……。


 「屋台の焼きそばなんて大阪以来だよ~」と、美味しそうに頬張る花梨にりんご飴を持たされている新一は、複雑な笑みを浮かべる。


「ん~? あっ、食べ終わったらわた飴買って来ていい?」

「……オメー、話すつもりねーんだな?」


 甘いものなら、すでにりんご飴があるではないか。
 どうみても自分の話に戻さないための話題転換である。

 新一がじろりと半目を向けると、花梨はにこにこと焼きそばを箸で一口分掬い上げた。


「なにが~? あ、新ちゃんも食べる? はいあーん!」

「あー……」


 自然な動きで花梨の掬い上げた焼きそばが新一の口元にやって来ると、口を開けパクッと食いつく。
 保育園の頃にもよくやっていた行為だが、今も変わらず彼女は自分が食べておいしかったものを人に勧めてくる時がある。
 大抵は飴だとかクッキーだとかお菓子なのだが、今回は焼きそば。
 久しぶりにそれをやられ、最初の頃は照れて嫌がった新一も、彼女が頻繁に何かと口に入れてくるので、いつの間にか普通に受け入れてしまっていた。


「おいしいでしょ?」

「……っ、ま、まあな……」


 ――しまった! つい条件反射で……!


 新一の頬がぽっと赤く染まる。

 慣れとは恐ろしいものだ。
 こちらが餌付けしていたはずが、いつの間にか餌付けされているではないか。
 こんなところを蘭に見られたら誤解されるに決まっている。

 かと言って断れば悲しそうな目をするから、こっちはこっちで罪悪感を感じてしまうのだ。

 身体ばかり大きくなっても精神年齢は昔のまま。距離感がバグっている花梨に言っても伝わらないのだろう。
 もう少し自分が大人になったと自覚し、無闇に異性を翻弄しないようにして欲しいものだ。

 異性を好きになれば、多少はわかるようになるかもしれないが、花梨にはまだ早いような気がする……。
 新一は兄……いや、親のような気持ちで今日も無邪気な花梨の成長を見守る。


 そんな時、ピピピピピ……。
 新一のスマホの着信音が鳴った。


「……あ、わり、電話だ、ちょっと外す。どっか行かずにここに居ろよな」

「はーい。ごゆっくり~!」


 スマホの画面を見ると相手は蘭だ。
 花梨に餌付けされた気恥ずかしさから逃れるため、新一は花梨をその場に残し人混みから距離を取った。


「……もしもし、なんだ?」

『ねえ新一。今お節のお裾分けで新一の家に来たんだけど、どこか出掛けてるの? 大晦日も一緒に紅白見ようって言ってたのに途中で帰っちゃうし、今日だって家に行くって言ってたのに』

「わりぃわりぃ。ちょっと野暮用で」

『ふぅん? ……ずいぶん後ろが賑やかね? 屋台の……音? なに? 縁日でも行ってるの? 一人で?』

「あー……、えっと、ウーン……」


 ――蘭のヤツ、なんか機嫌悪くねーか……?


 蘭の声がいつもより低めで棘がある。
 蘭とは大晦日に会っているし、元旦も初詣に行って機嫌がよかったのになぜ……。
 今朝電話をもらった時も機嫌がよかったはずなのに。

 そういえば昨日、蘭の母親がデパートで買ったお節を持って来たから「後でお節持って行くね」と言っていたっけか。
 蘭の電話の後、有希子からの着信がありすっかり忘れていた。

 ……どう言えば蘭に誤解させないで済むだろうか。
 新一は何か良い言い訳を探すが、ここでまたしても。


「ねえ、新ちゃん♡ あーんして?」


 背後から花梨の声がして、新一は振り返った。


「あー……」

「おいしい?」

「甘ぇ……」


 ――あれ? オレ、今また自然に口開いたな?


 声のした方へ振り向きざま、言われるがままに口を開けると、ふわっとした綿あめが口の中へ。
 感想まで告げてしまった。

 今はまずいのでは……。
 そう思った時には後の祭りである。


『ちょっと新一!? 今の誰!?』

「っ! やっべ。おいっ花梨! オメーなんてこと――」


 スマホから蘭の鋭く刺さるような声がして、慌てた新一は通話終了ボタンをタップした。









 ……ブツッ。
 突然スマホが切れた。
 いや、新一が切ったのだ。


「……かりん? 新一……? 今の声、女の子よね……? なんで新一が女の子といるの……? あーんて……なにか食べさせてもらってた……? どういうことよ……」


 ――まさか新一、彼女がいるの……? 一昨日一緒に初詣に行ったばかりなのに……?


 新一の家の前で、蘭は通話を終えたスマホを握り締める。
 ……その手は震えていた。



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