白月の君といつまでも

-- Spring, about 16 years old
025:ノート







「花梨ちゃんおはよー!」


 帝丹高校は振替休日で休みだったが、江古田高校では今日も授業がある。
 半分以上の生徒が集まった教室に花梨が入ると、青子が席から手を振って挨拶をした。


「お、おはよ……」

「ノート持って来た~?」

「う、うん……」


 青子からすっかり「花梨ちゃん」呼びで固定されてしまって、花梨は引き気味に頷き席に着く。
 花梨の受け答えはいつもぎこちないが、青子はそんなこと気にしていないらしい。毎朝こうして声を掛けてくるのだ。


「見て見て、このノート可愛くない?」

「ぁ、えと……うん。とっても」


 今日使うノートだよと青子は、可愛いカエルのキャラクターが描かれたファンシーなノートを見せてくる。
 カエルのアオちゃん……というキャラクターらしい。ニホンアマガエルをモチーフにしたもので、鮮やかな黄緑で描かれたそれは、最近の開運ブームで人気のグッズなのだとか。


「カエル好き?」

「ぁ、ん……どうかな。けど可愛いね」

「でしょ! 最近ハマってるんだ! 花梨ちゃんはどんなノート買って来たの?」

「あ、私のは普通の……」


 花梨は持って来たノートをおずおずと差し出す。
 ……ただの大学ノートである。

 キャラクターもののノートなど買ったことがない花梨の選択肢は、学校からもらった連絡プリントに書かれた“ノート(A4サイズ/大学ノート等※何でもよい)”の“大学ノート”一択。※印の後は目に入っていなかった。


「お~! 機能性ばっちしなやつだ! さっすが花梨ちゃん! 私もそういうのにすればよかった~」

「中森さん……」


 ――中森さんていい人かもしれない……。


 ちょっとばかし褒められた花梨はすぐに絆されかけてしまう。


「お、葵ちゃん、はよっ! 早いじゃん」

「ぁ、黒羽くん……おはよう(葵ちゃん……)」


 隣からゴトッと机に鞄を置く音と、知っている声が聞こえて、花梨はそちらに目を向けた。
 つい先日まで“葵さん”呼びだったのだが、今日は“ちゃん”付けになっている。

 快斗も青子と花梨の話を聞いていたのか、ノートを取り出し見せてくる。


「じゃーん。オレはこれにした!」

「あー、花梨ちゃんとお揃い! ずるーい!」

「へっへーん、いいだろー」


 快斗のノートは花梨と同じ大学ノートだった。
 お揃いだというが、大半がそれを選ぶと思う……と花梨は特にツッコんだりはしない。
 夫婦喧嘩が始まりそうな予感がして、一限目の授業の準備を始めた。


「快斗、青子のと取り換えっこしない?」

「やだね」

「いいじゃん、カエルのアオちゃん。可愛いじゃん」

「オメー自分のこと可愛いとか言ってんじゃねーよ」

「なっ!? アオちゃんは青子のことじゃないわよ!」


 ……ほら、始まった。
 前の席と隣の席の間で言い合いが始まり、そろそろ先生がやって来る頃だ。
 ここ数日、こんな時間の流れが当たり前になっている。


「……ふふふっ」

「「!」」


 花梨はつい笑ってしまった。
 その笑みと同時、快斗と青子が一斉に視線を向けてくる。


「っ? ……あ、あの……?」


 急に注目された花梨は困惑顔だ。


「っ~――ぃ…! 快斗見た?」

「……見た」

「く~っ! もっとこー……!」

「……だな、任せとけ」

「頼んだからね!」


 花梨を見ていたかと思えば、今度は二人してこそこそ。
 いや、一部はっきり聞こえているのだが、本人たちは内緒話をしているつもりらしい。


「……(なんの話をしてるんだろ……?)」


 頭のいい人たちの考えることはさっぱりわからない。
 それ以上は特に話し掛けられなかったため、花梨は教室にやって来た先生に注目した。










「……」


 ――なんだろ……また視線を感じる……?


 四限目の終わりが近付き、今日は午前の授業で学校はおしまい。
 あとはノートを取るだけ……と、花梨は黒板に書かれた文字を書き写していくが、さっきから誰かに見られているような気がする。

 今日は朝からずっと、度々視線を感じていた。
 もう最後の単元だ。何となく視線を感じる隣に目を向けてみる。


「……」


 隣を窺うと机に頬杖をつく快斗と目が合った。
 快斗は無言だったが、目が合うと嬉しそうに目を細め口角を上げる。


「……」


 ――本当に新ちゃんそっくり。


 花梨も無言で軽く頭を下げた。
 何度も感じた視線は、快斗だったと思っていいのだろうか。


『みんなノート取ったかー? そろそろ消すぞー!』

「あっ、やっべ! オレまだだった。先生ちょっと待ってくれ、今写す」


 黒板消しを手にした先生が、書いた文字群を消しにかかる。
 快斗が慌ててノートを写し出したが……。


『時間は充分にやった。消すぞー。ちなみに今日やったところはテストに出すからなー』


 先生はニヤニヤしながら快斗を見る。
 そして文字群は無情にも黒板消しによって拭い去られていった。


「ちょ、マジかよ……! ああ~……!」


 書き写しが間に合わなかった快斗は机に突っ伏した。


「くっふっふ、バ快斗。よそ見ばっかしてるから」

「青子、ノート貸してくんね?」

「やーよっ。青子今日は復習するんだから。花梨ちゃんに借りれば?」

「え」


 いつでも始まる夫婦の会話だったが、青子に言われた快斗はすぐに花梨に視線を注いだ。


「……どうぞ」


 ……花梨は、以前バラを貰った礼のつもりでノートをスッと差し出す。


「マジ? いいの?」

「ん……。今日はもう使わないから……でも私、字、あんまり上手じゃないよ? 読めなかったらごめん」

「いやいや、全然問題ないよ! 葵ちゃんありがとう! 命の恩人だな! 明日返すよ。んでもって今度お礼させてくれ!」


 ――めっちゃ女の子らしい綺麗な字じゃん!


 ノートを受け取った快斗は、花梨の文字を見て感心する。
 正直なところ、今単元の先生の書く文字列は纏まりが悪い。口頭で教える分が多く、黒板を丸々書き写したとしても理解し辛いのだ。
 花梨のノートはどのページも大変見やすく、整理されて書かれており、うまく纏まっていた。

 彼女は前回の小テストで満点を取っていたし、頭がいいのだろうと思う。

 そんな彼女だが、未だなかなかクラスに馴染もうとしないのが気になる。
 花梨以外のクラスメイトはもうすっかり皆打ち解け、ざっくばらんに話をしているというのに。

 一年間同じ空間で過ごす者同士せっかくだ、皆笑って過ごしたいと快斗は思っている。
 そう、自分の手品で花梨を心から驚かせ、笑顔にしたい。

 様子を見ながら話し掛けているが、少しずつ話す機会は増えていると思う。
 恐らく彼女は人見知りなだけで、そのうち心を開いてくれるのではと期待している。

 他のクラスメイトたちも彼女が気になっているようだが、花梨が“近寄らないでオーラ”を出してるから話しかけづらい様子。

 ……声とたまに笑う笑顔が可愛い。
 黒板を見ている時の横顔に、つい見入ってしまう。

 目が隠れてしまう長く野暮ったい前髪と、眼鏡で誤魔化しているようだが、肌が透き通るように白くて、それだけでも目を惹く。
 たぶん彼女はかなりの美人なんじゃないかと予想。

 青子も同意見のようで、彼女は推しらしい。
 隙あらば“花梨ちゃん”なんて馴れ馴れしく呼んで接している。


 “オレだって「花梨ちゃん」と呼びてー!”


 ……花梨が気になる快斗は、この機会を逃したくない。


「お礼なんて別にいいよ」

「いやっ、お礼しないとオレの気が済まねえ」


 安定の断りの文言に、快斗は食い下がる。
 誰かの厚意をいつも断る花梨は、人から何かされることを忌避しているように見える。

 ちょっとくらい受け入れてくれればいいのに……そう思った快斗だったが。


「んー……じゃ、じゃあまたバラをくれる?」

「え? バラ?」

「うん、前に白いバラをくれたでしょ?」

「あ、ああ」

「ぽんって出してもらえたら……うれしい……かも」


 俯き加減で瞳はよく見えず、小さな唇が動いて透き通るような声がし、最後ににこりと口角が上がる。
 いつもより長い会話のキャッチボールに快斗は呆然とした。


「っ、わかった! 準備しとく!」


 ――なに? オレ、今めちゃくちゃ喜んでるんだが……!? ここは、一輪と言わず花束用意しなきゃだな……!


 快斗の目がぱちくりと瞬き、返事がワンテンポ遅れたが、大きな声で了承。
 こっそり花梨からは見えない位置で、小さくガッツポーズをした。


「っ」


 急に大きな声を出された花梨は目を丸くしていた。



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