白月の君といつまでも

-- Spring, about 16 years old
024:朝の一幕


「ぐあっ!?」

「へっ!?」


 ――なになに? 今感触変じゃなかった!? それに今の声……!


 臀部に伝わったソファとは違う硬い感触に驚き、慌てた花梨は立ち上がってソファを見下ろす。
 よく見ればソファに毛布が掛かっており、中に人の姿が。
 その人物が上体を起こした。


「花梨! オメー! オレの上に乗っかって来るんじゃねーよ、って……はっ!?!?」

「し、新ちゃん!? 帰ったんじゃ……?」

「ばっ、ばっかやろう! なんで素っ裸なんだよ!?」


 ……ソファで寝ていたのは新一だった。
 目を丸くする花梨の全裸を目の当たりにし、新一の顔が瞬時に真っ赤に茹る。


「な、なんでって……ここ私ん家! いやぁっ!!」


 花梨は全裸であることを指摘され、咄嗟に顔を隠した。
 これでは身体が丸見えのままである……。


「私ん家じゃねー! なんで顔隠してんだよ! 隠すとこちげーだろ! 丸見えだぞ!(思ってたよりでけー! ってか綺麗な身体しやがって!)」


 説教をしつつも新一だって健康優良児だ。こんな機会もうないだろうと、しっかり花梨の裸体を目に焼き付けた。

 腕も脚も再会直後からすれば、ずいぶん肉付きが良くなったと思っていたが、これほどとは。
 青白く透き通る肌は変わらないものの、栄養失調気味からは脱し、豊かな胸に滑らかな腰の曲線がやけに扇情的に映る。
 すっかり魅力的な肉体へと変化している。

 ……ごくり。

 新一の喉が音を立てた。
 妹分ったって、女は女。動揺しないわけがないのである。
 だが、まじまじ見ていると不思議と邪な気持ちだけではない、兄心みたいなものが湧いてくるもので。


 ――……ん? 今、何か見えたような……?


 ふと花梨が身体を揺らすと一瞬、脇腹に何か見えた気がしたが、気のせいだろうか。
 とはいえ「もっと見せて」などと言えるはずもない。


「わーん、新ちゃんのエッチ~!」

「バーロー! 不可抗力だわ!」


 バサッ!

 花梨のバスタオルはカウンターテーブルに放り投げてあったため、新一は自身が使っていた毛布で彼女を包んでやった。
 もうこれで目のやり場に困ることはない。


「もうお嫁にいけない~……!」

「いまどき、裸見られたくらいでいけねーわけねーだろ」

「目、逸らしてくれればよかったのに!」

「驚き過ぎて忘れてたぜ……人間て、咄嗟に動けないもんなんだな……恐ろしい……」


 毛布に包まり顔を俯ける花梨の言うことは最もだ。

 ……仕方ないじゃないか。
 透き通るような青白い肌に魅せられつい注視してしまったのだから。

 過ぎてしまったことは仕方ない。
 新一は興味など一切なかったが、見てしまったという体で白々しく頭を左右に振った。


「ウソつき。しっかり見てたくせに冷静に返さないでくれる? 新ちゃん、あなた顔真っ赤なのわかってる? 鼻血も出てるよ?」

「……っ! ティッシュ」

「そこ」

「……わりぃ」


 花梨にツッコまれ、鼻血が出ていることにいまさら気付く。
 ティッシュを鼻に詰め、新一は花梨に頭を下げた。


「別にいいけど」

「いいのか!? じゃあもう一回見せ……」

「悪ノリするなぁ!」


 さすがの花梨も怒ったらしい。新一の額にビシッと手刀が入る。


「オレだって、普通の男子高校生なんだよ……」

「だからなに?」

「……花梨、オメー……素っ裸で過ごすの、止めた方がいいと思うぞ」

「着替えようと思って、ちょっとバスタオル取っただけだよ?」


 花梨の人差し指が持ってきた着替えに向けられ、新一はそちらに目をやる。
 そこには制服一式と靴下、淡いピンク色のフリルとレースのブラとショーツが置かれていた。


「っ、そうかもしれねーけど、目の毒というか……(あんなエロい下着着けてんのかよ……)」


 花梨の下着姿を想像し、顔の赤い新一はしどろもどろに。
 そんな新一に花梨は……。


「ねえ、新ちゃん。一人暮らしで素っ裸って気持ちよくない?」

「は?」

「新ちゃんはしないの? 解放感あって気持ちいいよ?」

「解放感……?」

「想像してみて。全裸でお布団にゴロゴロしてみたり、本読んだり、ごはん食べたりさ。来客がある時は困るけど――誰にも縛られてないって気がして、結構楽しいと思うの」

「……んー……? ……確か、に?」


 怒られるかと思いながら、全裸で過ごすことを想像させてみた花梨だったが、意外にも肯定してもらえて嬉しくなった。


「でしょ! 一人暮らしじゃないとできないことよね♪」

「……ってことは、オメーやっぱり全裸で過ごしてるってことか?」

「あ、たまに?」

「やめた方がいいぞ」


 同意してもらえたことが嬉しかったが、ここはやっぱり真面目な新一。
 結局やめておけとの注意が入ってしまった。


「なんで?」

「あの空き部屋」

「ん?」

「ランニングマシンと、エアロバイク。あれ、どうしたんだ?」

「あ~、あれ? あれは知り合いのおに……おねーさんたちにいただいたの」


 ……全裸で過ごす話は一応終わったらしい。言っても無駄だと悟ったのだろうか。
 急に話題が変わった。

 花梨が眠っている間に見たのだろう。
 一昨日、新一が来た時にはなかったトレーニングマシンが突然あるからおかしいと思ったに違いない。

 別にやましいことはないが、ちょっと過保護な兄貴分に余計な心配をかけたくないため、ここは知り合いのお姉さんたちにいただいたということにした。


「今お兄さんって言いかけなかったか?」

「ンン? 言いかけてないよ?」


 新一は、花梨のちょっとした言い間違いも見逃してはくれない。

 すぐに鋭くツッコんでくるのが本当に困る。
 嘘は苦手なのだから、サラッと流して欲しいものだ。

 ……花梨は精一杯、笑顔を振りまいてみせた。


「花梨、お前さ……オレが言うのは違うのかも知れないけど、男遊びはやめろよ?」

「男遊びなんてしてないよ……」

「オメー、しょっちゅう夜出掛けてるみてーだし、オレ心配なんだよ」

「だから遊んでないってば。ただ、散歩に出てるだけ」

「ホントかよ……。あのマシン、どう考えても女じゃ組み立ては無理だろ?」

「ぅ、鋭いなぁもう……」


 なぜトレーニングマシンが置いてあるだけで、男が設置したって決めつけるのだ。

 いや、正解なのだけれども。
 ……業者が来て――とかあるではないか。

 そんなことより花梨は新一に遊び人扱いされていることが解せない。


 ――私だって、それなりに真面目だったりするんですけど……。


 新一ほど生真面目ではないものの、昨日ノートを買いに行ったのは今日の授業のためで、学校をサボったりしたことはない。
 ……今のところは。

 夜の散歩に行くのは本当のことなので、今は言っても信じてもらえないだろう。
 花梨は「ふぅ」と小さく息を吐いた。


「どんな奴らなんだ?」


 ……新一は追及の手を緩める気はないらしい。
 眉間に皺を寄せ訊ねてくる。

 彼がこうなると、全部吐き出すまで詰問するから、素直に従っておいた方が無難か。
 普段は頼もしくて大好きな新一も、こういうところは少しだけ苦手だ。
 もう少しスルースキルを持ってくれていてもいいのに――と、花梨は思ってしまう。


「新ちゃんが心配するような人たちじゃないから大丈夫だよ。危険というよりむしろ安心安全な人たちだから」

「安心安全?」

「昔知り合った刑事さん。命の恩人さんたちでね。私に体力つけろってくれたの。それと、たまに様子見に来てくれるって言ってた」

「刑事……。あ、そうか。親父さん関係の……」


 花梨の話に突然謎が解けたみたいな顔をする新一。
 ようやく納得してくれたようで、眉間に寄った皺が消えた。


「ん~、まあ、そんなとこかな?」


 降谷たちからは、花梨の父・朔太郎とも面識があると聞いている。
 間違いではないからここは肯定しておくのが吉。


「そっか。なら安心だな」

「でしょ! みんないい人なんだ~。お兄さんたち忙しいから滅多に来れないと思うけど、その内タイミングが合ったら紹介するね」


 最近の新一は、お得意の推理で、警察とも連携して難解な事件を解決しているようだし、降谷たちを紹介してもいいだろう。
 花梨は、口の前に合わせた両手をそっと持ってきて、柔らかく微笑む。


「おう、わかった。そっか……オメーが遊び人じゃなくてよかった……」

「遊び人てひどーい」

「夜な夜なほっつき歩いてて遊び人じゃねーって? オメーには訊きたいことがまだたくさんあるんだが?」


 新一から安堵のため息が漏れ聞こえ、そろそろ追及も終わりかと思っていたというのに、まだあったのか。
 “ふりだしに戻る”とはこのことかと花梨の眉がげんなりと下がった。


「ぅぅ……またお説教モード? 私、今日学校行かなきゃなのに……って新ちゃんは大丈夫なの?」

「今日は振替休日だからゆっくり帰る。オメーも、もう着替えてあれ食って行けよ」


 カウンターテーブルに視線を移す新一に倣って見てみれば、そこには中身の入ったコンビニの袋が置かれていた。
 中にはサンドウィッチやら、菓子パンやらがいくつか入っている。


「あっ、パン買ってきてくれたの!? ありがと助かる~♡ わぁ、このパン新発売のやつ!? ハムサンドもある~♡ ヨーグルトまで! 新ちゃんだいすき~! お婿さんにしてあげる~♪」

「……へいへい、そりゃどーも。早く着替えろよ、風邪ひくぞ~」


 毛布を引き摺りながら袋の中身を確認する花梨の、無邪気な笑顔は今日も可愛いと思う……が。
 花梨の大好き口撃に慣れた新一は、まともに相手などしない。
 ……新一のスルースキルはここではちゃんと機能している。

 軽くあしらわれた花梨は、着替えを手に新一の視界からは見えない場所まで逃れ、身支度を整えた。


「ゆっくりしてってもいいけど、戸締り忘れないでね」

「わーったよ。痴漢が出たら大声出すんだぜ?」

「歩きだもん大丈夫だよ! いってきます」

「おう、行ってこい。じゃ、またな」

「新ちゃん、色々ありがと。またねー!」


 セーラー服に身を包んだ花梨は朝食を摂ると、鞄に昨日買ったノートを詰め、鬘と眼鏡を装備。
 新一に見送られ部屋を出た。

 まだまだ新一には花梨に訊きたいことがあったようだが、後日にということで今朝の尋問は強制終了。


「はあ……新ちゃんてば、昨日キスしたのにいつも通りなんだもん……嫌になっちゃう」


 ――まあ、変に意識されても困るか。


 部屋を出た花梨は昨夜倒れたことも忘れ、エレベーターに乗り込む。
 ……今朝のエレベーターは正常に機能しているようだ。
 途中で数人乗り込んで来たがすぐに一階まで到着した。

 その一方で新一はといえば――。


「あいつ……なんで何事もなかったように振る舞えるんだよ……。ホントっに意識してねんだな……」


 はぁ……。
 花梨の居なくなった部屋で一人、ソファに座り頭を抱え深いため息をついていた。


「……各階のホールボタンも、エレベーターにも異常はなかった。あったとすれば、管理会社のシステムが一時ダウンしてたってことだが……」


 気を取り直し、新一は昨夜調べに行ったエレベーターについて思案する。
 花梨を寝かせた後、各階のホールボタンを見に行ったが、細工された様子はなかった。
 エレベーター内部の操作パネルも特に異常はなく、管理会社に連絡を入れて故障だったのかと問い合わせたが、特に何もなかったとのこと。
 ただ、十分ほど管理システムがダウンしていて、連絡が通じなかった時間があったらしい。


「システムを乗っ取った……? まさかな……」


 何の変哲もない新築マンションのエレベーターシステムを乗っ取って、いったい何をしようというのか……。
 エレベーターに閉じ込められた時間は恐らく十分間。
 管理会社のシステムダウンも十分。

 偶然にしてはしっくりきすぎている。


「考えすぎか……?」


 念のため、部屋に盗聴器がないか調べたが何もなかった。
 花梨を狙ったわけではなく、あれが別の犯罪の予行だったとすれば……?


「……あ、もしもし。目暮警部ですか? 僕です」

『あ~、工藤君か。何か用かね?』

「実は昨夜ちょっと気になることがあって……」


 スマホを操作し、新一は知り合いの警部に連絡を入れる。
 もし今回の不可解な出来事が後に犯罪に繋がるとなれば、その芽は潰しておきたい。
 昨夜の出来事を説明し、管理会社のシステムについて調べておいてもらえないかと頼んだ。

 電話向こうの【目暮警部】は、「気にし過ぎではないかね」なんて言っていたが、都内でビル管理システムの乗っ取りが他にも数件あったらしい。
 通話を聞いていたのか部下の人たちから「調べてみた方がいいですよ」なんて言われて了承してくれた。
 一課の扱う案件ではないため、二課に頼んでおくとのこと。


「ふぁああぁあぁ……ねむ……。もう少し寝てくか……」


 今できることはすべてやった。
 何事もなければそれでいい。

 大きな欠伸をする新一が眠りに就いたのは朝方、四時過ぎ。
 現在時刻は七時五十分。

 もう一眠りしてから家に帰ることにした。



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