白月の君といつまでも
-- Spring, about 16 years old
023:カレンダーの×印
新一が声を掛けても花梨は起きず――。
やがて、すぅ……。
小さな寝息が聞こえてきた。
「なんだよ、寝たのかよ……」
どうやら彼女は眠ってしまったらしい。
花梨の口元に耳を近付ければ、“すぅすぅ”と呼吸も安定している様子。このまま放っておいても大丈夫だろう。
……それより管理会社に連絡を入れなければ。
新一は、花梨の背をエレベーターの壁に寄り掛からせ、操作パネルへと向かった。
そして通話装置に手を伸ばしたところで、ガタン。
「っ!?」
急にエレベーター内に灯りが点り、動き出す。
「何なんだよ……」
――妙だな……。
何事もなかったように動き出したエレベーターに違和感を覚え、新一は眉を寄せる。
「花梨、オメー……何かに巻き込まれてねーよな?」
恐らく気のせいだとは思う。
いや、そう思いたかったのかもしれない。
花梨が眠ったタイミングで動き出した……なんてこと、あるはずはない。
「……一応見てみるか……」
ひとまず花梨を部屋に寝かせ、各階エレベーターのボタンを調べてみよう。何か細工の跡があるかもしれない。
ポン・ピン。“七階です”
七階へようやく着き、新一は花梨を抱き上げ部屋へと急ぐ。
部屋のドアを開き、花梨の自室へと向かった。
「……こいつ、警戒心なさすぎるよな……。いやまあ、オレは兄だし?」
こちらは気を遣っているというのに、平気で男に部屋へ泊まっていけなんて言う花梨を思い出す。
さっきのキスもついでに思い出して、彼女を見下ろした。
……横抱きに抱き上げた花梨が寝ながら服を掴んでいる。
すりすりと頬を摺り寄せてくる様子が子猫のようで、新一の胸はぎゅっと締め付けられた。
「っ、無邪気すぎねーか……?(可愛すぎんだろ……)」
これもある種、愛おしさとでも言うのだろうか……。
見た目だけ変わって、五歳の時と仕草が変わらないところが可愛くて仕方ない。
口に出したことはないが、あの頃も可愛い奴とは思っていた。
本当に可愛くなって戻ってきて、しかも男じゃなく女で。
……新一は花梨の扱いをどうするのがベストなのか計りかねている。
「あー……もう、何なんだよ。どうすればいい!?」
とにかく寝室へ運んで、エレベーターを調べに行けばいい。
すべきことはわかっているのに、一人で自問自答を繰り返した。
「はっ……可愛い寝顔しやがって……。ん? そういや明日って……」
ベッドに寝かせ、眠る花梨の鼻尖を抓み、新一は微苦笑する。
ふと部屋を見回し、先週来たときよりぬいぐるみの数が増えているなと思いつつ、目に入ったカレンダーを眺め、明日が振替休日だということに気が付いた。
「そっか、明日は休みだったっけ。花梨の学校は――あるみたいだな……」
カレンダーには明日の予定が書き込まれており、
“学校、ノート必須!”
と赤字で記入されている。
「ふーん、それでノートを買いに出たっつーわけか……。なんで夜に思い出すかな……明日問いただしてやっからな! そういやこれ、三年カレンダーだったっけ……」
花梨の鼻を抓むと「ぅぅ」と眉を寄せたが、起きる気配はない。
毎年カレンダーを買うのが面倒くさいと言い出した花梨に、「これでも買っとけ」と勧めたのが三年カレンダー。
なぜか買い渋っていたが、毎年買わなくて済むだろうと買い物カゴに入れてやった。
これで三年間は買わずに済むから、楽できていいだろう。
新一は何となく、パラパラとカレンダーをめくった。
すると来年の六月以降、すべて×印が描かれて使えなくなっている。
「……なんだ? ×印……? どういうこった……なあ、花梨……?」
カレンダーを手に、新一は眠る花梨を見下ろし首を傾げた。
◇
『はあ、はあ……、花梨。ゆっくり息しろ……、吸って……、吐いて……』
新一の真剣な顔が迫って唇を塞がれる。
暗いエレベーターの中、花梨は過呼吸を起こしてしまったのだ。
……新ちゃんの顔が間近に迫ってびっくりした。
しかもそのまま唇が塞がれ、息を吹き込まれて。
過呼吸で意識が朦朧としている私に、新ちゃんは冷静に対応。呼吸が楽にできるようにしてくれた。
新ちゃん……、ちょっと格好良過ぎない?
*
目覚めた花梨がいたのは、自分の部屋だった。
「……ん~! なんか……夢見たな……」
そろそろ目覚まし時計が鳴る頃だ。
上体を起こし、背伸びをして目を擦る。
花梨は、いつも目覚ましが鳴る前に目が覚める。
今、夢に新一が出てきた気がするが、あれは……。
ピピピピピピ。バンッ!!
丁度目覚ましが鳴り、花梨の手が素早く伸び、即止めた。
……毎朝のことである。
「はあ……昨日は疲れたな~。シャワーでも浴びよ……」
――あれ? どうやって部屋に戻って来たんだっけ……?
そういえば昨日は……と記憶を思い起こしながら、花梨は寝惚けた頭でバスルームへと入って行く。
バスルームへはリビングの前を通るのだが、ソファで眠っている人物には、まったく気がつかなかった。
「ふぅ。さっぱりした! さて、着替えて学校の準備しなきゃ!」
……シャワーハンドルを下げて湯が止まると、湯浴みをしてさっぱりした花梨は、髪をしぼりながら考える。
――新ちゃん、もう帰ったよね、今度お礼しなきゃ。
シャワーを浴びている間に、昨夜のことを思い出した。
……新一は命の恩人だ。
昔も今も、困っているときに助けてくれる頼もしい人。
ファーストキスは好きな人と……そう思っていたが、新一とのキスは悪くなかった。
新一も好きな人ではあるから、まあいいか――。
花梨は何となく、唇に指を添える。
濡れた鏡に映った唇が、昨日とは少し違う気がした。
……新一には好きな人がいる。
否定してても花梨にはわかるのだ。
確かその相手も彼が好きだったと思う。
二人は昔から仲が良かったから。
そんな二人の間に入り込めようものか……。
妹として可愛がってもらえているだけで、花梨は充分なのだ。
新一は確かに好きだが、恋とは違う。
憧れに近いのか、そうでもないのか……自分でもよくわからない感情で。
シャワーを済ませた花梨は、バスタオルを巻いて自室に向かう。
着替えを持ってきて、リビングで今朝のニュースでも見ながら服を着よう――。
「は~、一人暮らしのいいところってこれだよね!」
プシュー……。
冷蔵庫から取り出した炭酸水のペットボトルの蓋を開け、バスタオルを取り払い、ぶん投げた花梨はそれを飲み飲み、ソファにどかっと腰掛けた。