白月の君といつまでも

-- Spring, about 16 years old
022:エレベータートラップ


 二階から三階、四階と各階に停まって当然、停まるだろうと思われた五階はなぜか通過した。


「あ。やっぱりいたずらだった?」

「かな?」


 二人で表示灯の階数を見上げ、無事七階へ着くようにと見守る。
 ……その時だった。


 ガタンッ。ガタタタン。


「「え」」


 突如エレベーターは、五階を過ぎて六階に着く前に停止した。


「っ、やっぱ故障か……?」

「……っ、け、警察……!」

「おい花梨、落ち着け。この場合警察じゃねー、故障ならそこの非常用の通話装置でれん――」


 “――連絡を”

 花梨が慌てた様子でスマホを取り出そうとする中、新一がそう言ったと同時、エレベーター内の灯りが落ちる。
 ……花梨の肩がびくりと震えた。


「っ!?」

「っ……停電か……?(落雷……? いや、雷鳴は聞こえなかった……)」


 真っ暗になってしまったエレベーター内の灯りが、少し遅れてセンサーライトへと切り替わる。通常の照明と比べればやや劣るが、それでも充分明るい。
 驚いた花梨は新一に抱きついた。


「と、停まった……?」

「やっぱ故障か? ……って、花梨くっつくなよ」


 新一は、自身に抱きつきながら不安気に天井を見上げる花梨の頭をぽんぽんと撫で、それとなくやんわり押し剥がす。
 ところが花梨は恐怖に呑まれ、新一から離れようとはしなかった。


「新ちゃん、私怖い……!」

「あっ、おいっ。だからくっつくなっつーの! 今連絡入れてやっから!」

「だってだってっ! 暗くなったら死んじゃう! ガスが……!」


 ぎゅうぎゅうと、花梨は新一を締め付ける。


「ガスぅ? 暗くなったくらいで死にゃしねーって……。つーか、センサーライトに変わったから大丈夫だって!」


 ――バーロー、やらけーのが当たってんだよ……こいつ、そこそこでかい……。


 花梨は昔もよくくっついてきたが、こんなに柔らかかっただろうか。
 非常時だというのに密着されては、嫌でも伝わってくる柔らかい肉感。新一の脳裏に邪な感情が湧いて頬が熱くなった。

 ……妹分にこんな感情を持ってはいけない。
 花梨はオレを兄として慕っているし、オレも花梨のことは妹としてしか見ていないのだから、と。


(けどやわらけーし、いい匂いがする……。)


 今緊急事態でなければ、変な気分になっていたかもしれない。
 新一は離れようとしない花梨の頭をぽんぽん。軽く撫で続けて落ち着かせようと試みた。


「新ちゃぁん……」


 花梨が怯えたように涙目で見上げてくる。
 ポロポロと大粒の涙を零しながら宝石の瞳で訴えてくるその様子に、不覚にも新一の胸は締め付けられた。


「っ、だいじょぶだって……って――」


 “ぁ”


 声に出す前に突如センサーライトまでが落ち、再びエレベーター内は暗闇に包まれてしまう。


「ひっ! ぃ……ぃゃ……暗いのダメぇ……っ」

「花梨、大丈夫だ。すぐ助けを呼んで……」


 灯りが落ちた途端、互いの顔は見えないが、花梨の身体が強張ったのがわかった。
 エレベーターが突然止まっても、非常用通話装置で管理会社と連絡を取れば助けを呼べる。
 新一は、未だ離れてくれない花梨をどうにか剥がし、操作パネルまで行きたい。
 怯えている花梨をどうにか宥めて……と、彼女の背を撫でようとした。

 だが、花梨の様子がおかしい……。


「ぇ、ぇれ……ひゅ、く、ふっ、はっ……しんっ……」

「花梨? おい、花梨? どした?」

「はっ、ぁ……っ……ぃき……っ……はっ、はっ……!」


 暗闇の中で小さいが「はっ、はっ……」、短く息を吐く音が聞こえた気がして、新一はその音に耳を澄ませる。……が、空気が触れない。
 暗くて見えにくいが、呼吸が上手くできていないようだ。新一の身体に巻き付いていた手が離れ、花梨の身体が床に崩れていく。


「花梨! 過呼吸か!? っ!」

「っ……っ……!」


 膝から崩れ落ちた花梨の様子を覗き込むように、新一もしゃがみ込む。
 このままでは様子がよくわからない。

 新一はスマホを取り出し、ライトを点け、ぼんやりと花梨を照らした。
 そこには息苦しそうに口をはくはくと動かし、喉に手を添える花梨がいて――彼女は過呼吸を起こしていた。


「っ……袋かなんかあったっけ……!?」


 非常通話をしている場合ではない。
 今すぐ過呼吸をどうにかしてやらないと――。

 新一は自身の荷物を探したが、鞄どころか財布とスマホ以外、何も持ってきていない。
 花梨の荷物も、大きな買い物バッグに財布とスマホ、買ったというノートだけ。
 小さな袋があれば過呼吸対策に使えるが、買い物バッグが無駄にでかすぎる。過呼吸対策に使えそうもない。


「し……っ……」

「……ああ、くそっ、どうすりゃいいんだよっ? 過呼吸、過呼吸……確か血中の二酸化炭素濃度が減少してるんだったよな……? 袋がないんじゃ……」

「……」


 すでに解決方法を思いついていた新一は、躊躇いがあるのか、わざとらしく声に出してちらりと花梨を見下ろす。
 ……花梨から返事はない。


「ああ、っ、くそっ! ノーカンだからな!」

「……?」


 新一はぐったりした花梨の両肩を掴み、引き寄せると顔を近付けた。
 次の瞬間、花梨の唇が新一の唇によって塞がれる。


「……!」


 ふー……。

 新一の吐息が花梨の口内に入り込んでくる。


「……。はぁ……花梨。ゆっくり息しろよ……」

「っ……は……」


 ふー……。

 一度唇が離れ、もう一度新一の吐く息が花梨の口内を満たした。
 合間に「ゆっくり吸って、ゆっくり吐いて」という言葉も添えられ、花梨は言われた通りに呼吸を整えていく。
 ちゅっ、ちゅっ、っと何度かそれは続き、しばらくして花梨の呼吸が落ち着いてきた。


「ん……はぁ……ふっ」

「……っ、も……いいか?」

「ぅぅん……新ちゃん……」


 花梨の呼吸が落ち着いたと感じた新一は離れようとするが、いつの間にか胸元を掴まれていて動けない。
 じっと見上げてくる花梨の濡れた瞳がやけに艶っぽく見えて――。


「……なんだよ」


 ――そんな眼で見んじゃねーよ……。


 縋るような花梨の瞳から逃れるように、新一の視線はどこぞへと流れた。


「キス、しちゃったぁ……」

「ばっ!? ノーカンだっつったろ!!」


 刹那、甘ったるい声が聞こえ、新一は花梨の額に手刀を入れる。


「ぃたっ……、キスって気持ち良いんだねぇ……結構好きかも。もっとしたかったなー」

「はっ!? なに言って……!?」


 花梨が自身の唇に触れながらじっと見つめれば、新一の頬は一気に熱くなった。スマホの灯りしかないからわかりにくいとは思うが、きっと赤くなっていることだろう。


「私、ファーストキスだったの……」

「オレもだよ!」

「あら、私、新ちゃんの初めてもらっちゃったの? 蘭ちゃんに怒られないかな……」

「なんでそこで蘭が出てくんだよ」

「えへへ……。だって、ねえ?」


 ニヤニヤ。
 暗がりの中でも綺麗に見える宝石の瞳シトリン。花梨が見透かすように覗き込んでくるため新一はたじたじだ。

 ……こいつには敵いそうにない。
 蘭同等に敵わない相手だと瞬時に悟った。


「オメーってヤツはよー……!」

「……内緒にしとこうねっ♪ 二人だけの秘密!」

「言えるかよっ!」

「……へへっ、新ちゃん」

「ん?」

「助けてくれてありがとー……、も、限界――」


 つい、今今まで楽し気に語っていた花梨だったが、次の瞬間には意識を手放し、新一に倒れ込んでくる。


「あっ、オイッ、花梨っ!?」



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