白月の君といつまでも
-- Spring, about 16 years old
021:不可解なエレベーター
「うげ」
「……オメー……。今の誰だよ(うげってなんだよ、うげって!)」
マンション前には、不機嫌MAXで腕組みをして、エントランスのガラス壁に背を預ける新一の姿が……。
傍らには雨に濡れた傘がガラス壁に立てかけられ、彼の姿を捉えた花梨は顔を引き攣らせる。
「お、おともだち……?」
「お友達? 成人済みの大人のお友達ってか? 距離があってよく見えなかったけど相手、男だったろ。夜遊びしてたんか?」
眉を寄せた新一がガラス壁から離れ、花梨に詰め寄った。
「ちがう。夜遊びなんてしてないよ。ちょっとそこまでノートを買いにでかけただけ」
ノートを買いに出ただけなのに、四時間経ってしまっているけれど。
……今日は内容の濃い一日だった。
もうこれ以上、色々と詰め込みたくはない。
だから花梨は珍しく言い訳もせず、要約して正直に話したのだ、が――。
「今何時だと思ってんだ? オレは九時に電話したんだぞ。それから何度か掛けたが通じなかった。オレ言ったよな? ……――」
くどくどと、新一のお説教が始まってしまった(工藤だけに)。
……マズイ。
このままこんな寒い場所で小言を聞かされ続けるのだろうか。
近所迷惑だし、風邪を引いてしまうし、こちとらもう眠いのだが……。
花梨は目を擦りながら、目の前の新一を見上げる。
よく見ると、新一の髪と肩が濡れている。
いつからここにいたのかは知らないが、心配で駆けつけてくれたのだろう。
「……ここでお説教もなんだし、部屋に上がってかない? 新ちゃんも雨に当たったみただし。温まってって」
「……」
花梨がマンションのエントランスへと向かうが、新一は立ち止まったままだった。
「新ちゃん……?」
「いいのかよ(夜だぞ?)」
「何が」
よくわからないが、新一の様子が変だ。
いつもなら部屋の中までついて来て、我が物顔で勝手にアイスコーヒーを飲んでいくというのに。
なにか躊躇っているように見えた。
「……はあ……。終電も今からじゃもう間に合わないし、今日は泊めてもらってもいいか?」
「もちろんだよ! 泊ってって~。明日朝早く出れば学校にも間に合うよね!」
なぜか大きくため息を吐かれ、新一が泊めて欲しいと頼んでくる。
米花町なら始発に乗れば学校にも間に合う。
花梨は「行こ行こ」と親指でエントランスに続くガラス扉を指した。
「はあ……」
「どしたの?」
「なんでもない。行くぞ」
「あっ、自分の荷物くらい自分で持つってば!」
新一は額を抱え、またくそデカなため息。
いったいなんだというのか。
結局“なんでもない”ようで、花梨が持っていた荷物を奪って先を行く。
「新ちゃん、鍵持ってるんだから中で待ってればよかったのに」
「ん? 家主がいないのに勝手に上がってるってのもな」
マンションのオートロックは新一が開けた。
このマンションはハンズフリーキーを採用しているため、鍵を携帯していればスムーズにエントランスへ入ることができる。
花梨は万が一に備え、新一にスペアキーを預けている。
新一なら、それを使えばいつでも花梨の部屋へ入ることができるというわけだが、使用したことはないらしい。
「新ちゃんて真面目~」
「不法侵入は犯罪だろ?」
「私なら新ちゃん家、勝手に入っちゃうけどな~」
「別にオメーならいいよ。どうせ冷蔵庫のもん食うか、本読むくらいしかしねーだろ?」
エレベーターのホールボタンを押すと、すぐに開いて二人は乗り込んだ。
深夜に近い時間帯、住人は誰もいない。
「わぁ、優しいのっ! じゃあ今度こっそり行っちゃおうかな~」
「……って、オメー、オレん家の鍵持ってんのかよ!?」
「有希子さんから預かってる」
「おいおい……」
――母さん、なんで花梨に鍵を……。
新一は会話を続けながら、花梨の部屋のある七階のボタンを押し、エレベーターの表示灯を見上げる。
この時間なら誰も乗ってこないだろうし、すぐ着くはず。
隣で花梨が自分を見ている気配がするが、目を合わせるわけにはいかない。
どうにも居心地が悪い新一は、表示灯の数字が変わるのをじっと見ていた。
「最近“おこし”が気に入っててね……」
「渋いな、買っとけって?」
「いや~、そういうわけでは」
ポン・ピン。“二階です”
こんな夜更けに誰も乗る人はいないと思っていたが、エレベーターの到着音とアナウンスが流れ、二階に停まり扉が開く。
新一が開ボタンを押して待つが、誰も乗ってこない。
「あれ? 誰か間違って押したのかな?」
「……かもな」
誰も乗って来ないため扉を閉め、再びエレベーターが動き出す。
「……おこし。憶えてたら買っといてやる」
「わぁ~新ちゃんやっさし~。今日はどうしちゃったの? 怖いんですけど?」
「……怖い、か。はは……」
ポン・ピン。“三階です”
また到着音とアナウンスが流れエレベーターは止まる。
三階にもなぜか停止し、扉が開いた。
少し待ってみたが、やはり誰も乗って来ない。
「またいたずら?」
「……なんかおかしくねーか?」
「んー……そういえば、前にエレベーターの各階ボタンを押して遊んでた小学生たちがいたような……」
「マジかよ……。けど今、夜中だぞ? 不良娘のオメーならともかく、子どもがこんな時間に出歩くか?」
「もうっ! 不良じゃないってば~。けどそっか、子どもたちは寝てる時間だもんね。じゃあ故障かな……?」
「……故障か……?」
「んー、わかんない……」
「……点検か何かかもしんねーな」
新築マンションだけあって、エレベーターも新しく動きもスムーズ。揺れも少ない。
二十四時間監視も付いているため“故障”とは考えにくい。
だからといって、素人判断で内部の異常まではわからない。
念のため降りた方がいいかとも思ったが、各階で停まるだけなら面倒なだけで害はない……と、新一は判断した。
花梨の疲れた顔を見て、このまま乗っていようと思ったのだ。
ポン・ピン。“四階です”
三階から四階へと上がってきたが、ここでもやっぱりエレベーターは停まり、新一は扉から顔を出し外を覗き見る。
……やはり誰もいない。
不意にヒュゥゥゥ。冷たい夜風が入り込んできた。
「やだやだ新ちゃん。もしかしてオバケのしわざ……?」
「んなわけねーだろ。ただのいたずらだよ、いたずら」
エレベーターの奥で花梨が震えている。
寒さで震えているというよりは、得体の知れないこの状況を怖がっている様子。
花梨も蘭と同じで、お化けといった怪奇現象が苦手なのだ。
新一は閉じるボタンを押そうとエレベーター内に戻った。
「……もう……今日はなんて濃い一日なの……」
――さすがに疲れたよ……。
自らを守るように抱きしめながら、今日起きたことを思い出し、花梨は壁に背を預ける。
もう今日はこれ以上何も起きませんように……。
エレベーターは少し苦手な花梨。
明るいならまだいいのだが、暗くなったエレベーターは怖くて仕方ない。
緊急停止で停電になどなったらと思うとゾッとする。
「花梨、オメー怖いのか? 顔が青いぞ」
「っ……怖いよ! こんな夜中に誰かがエレベーターを各階に停まるよう細工してるなんて悪趣味過ぎるっ」
――お化けなんて構ってる暇ないの! 私は早く部屋に帰ってベッドで眠りたいんだから……!
いや、その前に温かいお風呂に浸かりたいし、明日の学校の準備もしなきゃ。
……お化けなんてないさっ!
考えたくないと思えば思うほど、“お化けが各階のボタンを押して回っている光景” が浮かび、花梨の身体はぶるぶる震えた。
「……次の階に停まったら階段行くか? 足、大丈夫か?」
「うん……!」
新一から微苦笑され、花梨はこくりと頷く。
まだ詳しい話は聞いていないものの、靴は真っ黒に汚れ、あちこち走り回ったのだと新一は察していた。
だが、足を気遣われたことに、花梨は気付かない。
……もうすぐ五階だ。