白月の君といつまでも

-- Spring, about 16 years old
018:来訪者は警察官⑤


「おいしくなかったかい?」

「いえっ! 絶品ですよ!? 零お兄ちゃんの作った料理、全部おいしい!」


 降谷に料理の味を尋ねられ、花梨は即座に絶賛した。
 テーブルには、生クリーム入りの濃厚カルボナーラと、ミネストローネスープにトマトのカプレーゼ。
 花梨も少しだけ手伝った。

 そして松田の前にあるのは、リクエストのステーキ。……これはスーパーで買った総菜だ。

 ……家に材料がなかったため、一緒に買い出しに行った。

 近所のスーパーですれ違う人々が、振り返って降谷と松田を見ていた気がして、それを指摘したが、降谷に「花梨ちゃんは目立つね」なんて言われた。

 スーパーが近所であることと、警官二人と出歩く安心感からかつらを被らずに行ったが、目立つと言われるとやはり委縮してしまう。
 みすぼらしい白髪頭を笑われたくないのだ。

 それ以降、黙り込んで俯いていた花梨だったが、松田がステーキを選んでいる間に降谷からこっそり耳打ちされた。


『そういう意味じゃないよ。可愛いからって意味だよ』


 突然の言葉に、ぽっと頬を赤く染める。

 イケメンに褒められると、気分が高揚するものなんだなとしみじみ浸っていると、今度は松田に「お前、顔真っ赤。かぁーいーなっ♪」と揶揄われ、恥ずかしくなった花梨は結局俯いたまま店を後にした。


「そうか、よかった。花梨ちゃんはもう少し食べた方がいいと思う。まだ背が伸びるんじゃないかな」

「だな。出るとこ出てきたみてーだけど、もうちょい肉づきがいい方が俺好……」

「セクハラですよ!」


 降谷は真面目に花梨の成長を心配しているようだが、松田の視線は花梨の胸元……。
 花梨はキッと松田を睨み付ける。


「フンッ。冗談だって! もう言わねーよ!」

「っ、あははははっ!」


 ステーキを頬張りながら不貞腐れる松田に、降谷はまた笑った。


「ふふふっ」


 ……三人での食事はやはり楽しい。

 松田は苦手の花梨も、降谷の笑顔を見て釣られて笑顔になる。

 花梨は五歳で米花町を出てから父と二人暮らしだったが、仕事の忙しい父と食事を共にする機会は少なかった。

 父は母を殺した真犯人を追うのに忙しく、移り住んだ大阪では花梨をきれず、大阪在住の姉に相談し、一時期伯母に預けられていた。
 その頃は一緒に食事をしていたが、伯母には夫がいて、その夫がどうしようもない男であった。

 女、酒、ギャンブル、借金、DV……と見事な役満。
 花梨も何度か暴力を振るわれたことがある。

 伯母は優しく悪い人ではないが、男を見る目がないどうしようもなかった。
 預かってもらっている身ゆえに抵抗できず、伯母の夫がいる時の食事は、二人が食べ終わるまで待ち、冷たい残り物を一人で食べた。

 その後伯母が覚醒して夫から逃げたり、父が亡くなったりと色々あって母の親戚に預けられたわけだが、その預け先では歓迎されず、食事は一人で食べることが多かった。

 だから――。
 新一たちとの食事会や、こうして誰かと和やかに食事するというのは何より楽しい。

 これまで不運なことが多かったが、最近は穏やかで。
 親戚の家から追い出されてよかったと、しみじみ感じる。


 ……だが一つ、やっぱり物申したい。


 食事をしっかり平らげて、降谷とともに食器を片付けつつ、花梨は口を開く(松田はまたゲームを始めている)。


「あの」

「ん? なんだい?」

「プレゼントはありがたかったんですが、なんで全部筋トレグッズなんですかね?」

「鍛えるためだ」


 隣に立つ降谷を見上げたが、答えたのはゲームプレイ中の松田である。


「いや、だからそれはわかってるんですけど。はんちょうが帰る時言ってたじゃないですか」

「ん?」


 カウンタ―越しに松田に視線を送るものの、今度は降谷が顔を花梨に向けた。


「……無料ジムができたな! って……。ストレングスマシンとベンチプレスも入れっかって言ってたような……」

「「あ……」」


 花梨の言葉に、降谷と松田が目を合わせる。


「みなさん、家に集まって筋トレするつもりですよね……?」

「「……」」


 図星らしい。花梨が指摘すると二人は黙り込んだ。


「そんなしょっちゅう来られるおつもりですか? 一人暮らしの女子高生の家に、いい大人のお兄さんたちが……?」

「それは……だな。ゼロ」

「え、うん……」


 松田が降谷に説明するよう顎で指図する。
 急に振られた降谷は了承したが、少し黙った。


「何かあるんですか?」

「……花梨ちゃん」

「はい」

「しょっちゅう来るつもりはないよ。ただ、たまに様子を見に来たいと思っているんだ。来るときには連絡を入れるから、都合が悪ければ断ってくれて構わない」


 “しょっちゅう来るつもりはない、たまに様子を見に”。

 降谷の口振りからするとただの様子伺いのようだが、花梨は昔命を助けてもらっただけで、そこまで親しい関係というわけではない。

 とすれば……。


「それって私が未成年だから心配ってことですよね……?」

「……。……まー、そういうことだな」


 彼らの職業柄、未成年の一人暮らし……しかも女だということが心配なのだろうか。
 たまたま自分の情報を見掛けて世話を焼きたくなった――とか。

 そう思って尋ねると、松田と降谷は顔を見合わせ、こくりと頷いた。


「僕たちは警察官だからね。警察官が出入りしてれば犯罪の抑止力にもなって安全だろう?」

「それって……あの、私まだ狙われてたりするんですか? あの家を出たのに?」


 降谷の説明を聞きながら、花梨は親戚の家での出来事を思い出す。

 命を狙われたのは実は二回。
 一回目のとき――本来狙われたのは自分ではなく親戚の子である。
 親戚の子の身代わりでそんな目に遭ってしまったものの、のちに人違いだったと判明し、その件は解決したはず。

 ……花梨はこの件で降谷たちに命を救ってもらっている。

 新聞にも親戚の子が載っていたから、それ以降、花梨が襲われることはなかった。
 ただ残念なことに、犯人は複数犯だということだけはわかっているのだが、現在も誰一人捕まっていない……。

 昨年親戚の家を追い出されたのは、身代わりになった親戚の子に殺されそうになったからで――それが二回目。
 そっちももう家を出ているのだから、彼女が何か仕掛けてくるとは考えにくい。

 けれど……人の心などわからない。
 彼女にはずいぶん憎まれていた。権力を使って何かされる可能性もなくはない。

 最近、たまに誰かに監視されているような視線を感じるし……と、花梨は考え込む。
 ……基本的に周りは皆警戒対象だ。
 そんな花梨は少々自意識過剰かもしれない。


「そこはなんとも言えないな……。とにかく、たまに立ち寄らせて欲しい。キミが心配だから」

「そしてトレーニングルームを貸して欲しい……と」


 降谷は何か掴んでいるのだろうか。真摯な声色で心配しているのが伝わってくる。
 ……が、トレーニングルーム。


「そういうこと! さっすが花梨ちゃん。察しが早くて助かるぜ」

「おいっ、松田っ!」


 松田がサムズアップし、降谷は慌てた。
 恐らく降谷はトレーニングルーム目当てではなく、花梨のことを真剣に考えている。
 対して松田は……ほぼトレーニング目的だ。。


「……ふぅ……わかりました。来る前は必ず連絡ください。都合がつかないときは遠慮なく断らせていただきますから」


 花梨はため息とともに了承した。

 警察官がしょっちゅう来るなんて監視されているようで、やっと自由になったのに窮屈だ。
 ……だが。

 先ほど降谷が言っていたように、警察官が立ち寄るマンションというだけでも犯罪の抑止力となる(マンション入口に警察官立寄所ステッカーを貼っておくとのこと)。

 これまで生きてきて何となく気付いたことだが、どうも自分は不幸を呼び込む体質らしい。
 だからそれを遠ざけるためにも、ここは彼らの提案を受け入れたほうがいいかもしれない。

 このマンションも親戚から買い与えられたもので、名義は自分。好きにしていいと言われている。

 たまになら遊びに来てもらってもいいし、トレーニングルームも使ってもらって構わない。
 それで安全が買えるのなら安いものだ。


「理解してもらえてよかった」

「……それで、やっぱりまだマシン入れるんですか?」

「やっぱストレングスマシンかな! あとはダンベルくらいにしとこーぜ」

「ははは……松田、欲張り過ぎだぞ」


 降谷も実は楽しみだったりするのだろうか、松田を止めることはしなかった。

 ……後日ストレングスマシンとダンベルが贈られ、配達しに来た松田がしっかり設置。ちゃっかりトレーニングして帰って行く。
 その後、花梨宅のトレーニングルームが警察官のたまり場になるのだが、それはまた別のお話……。


「……はあ……お兄ちゃんたち、何か隠してるのかなぁ……」


 降谷たちが帰り、部屋で一人になった花梨はソファに身体を預ける。

 ……トレーニングマシンの話の後も色々話した。

 皆、今もそれぞれの場所で活躍しているらしい。

 先に帰ってしまった伊達は今年事故に遭い、怪我のせいで警察を辞め、民間警備会社に就職したという。
 そして先週、付き合っていた恋人にプロポーズしたのだとか。
 晴れて婚約者となり、今日の午後は式場巡りをするから食事は一緒にできず先に帰った。

 そんな幸せ真っ最中の彼がなぜ家に来たのか――今度会ったときに聞いてみたいと花梨は思う。

 次に松田。
 二年前、東都で騒がれた観覧車の爆弾事件で、解体を途中で断念。爆弾は爆発してしまったが、ぎりぎりのところで何とか逃げて現在も爆弾魔を追っているそうだ。

 花梨の知らない萩原という松田の友人が六年前に爆弾で亡くなっており、松田は「ハギも花梨と逢ってればな……」とぽろっとこぼしていた。

 降谷は「公安に所属しているんだ」とだけ教えてくれた。
 部署が部署だけにそれ以上詳しくは言えないそう。

 今日は来れなかったが「ヒロもその内連れてくるよ」と笑顔を見せてくれた。

 ヒロ……とは、【諸伏景光】という刑事だ。
 降谷の幼なじみで、現在は入院中らしい。
 彼も三年前、降谷たちと共に花梨を助けてくれた恩人の一人である。

 穏やかな優しい人で、花梨は「ヒロお兄ちゃん」と呼んで慕っていた。

 諸伏のことを話す降谷が少し淋しそうだったので、どうしてなのか理由を尋ねたが、彼は口元に人差し指を当て「まだ内緒」とはにかんで誤魔化されてしまい、それ以上訊くことはできなかった。


「……ヒロお兄ちゃんにも会いたいな……」


 いつか遊びに来てくれたら嬉しい。
 花梨は「ん~~!」と背伸びをしてから脱力する。

 朝から人と会うと疲れるものだ。
 けれど降谷たちが元気そうでよかった。彼らは友人ではないが、花梨にとっては素で話せる相手。

 それなりに楽しく、充実した一日となった。

 久しぶりに新一以外の人間とたくさんお喋りをし、疲れたのだろう。
 花梨はそのままソファで眠ってしまった。




 ……数時間後。



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