白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
165:ロイヤル・エクスプレス in 二律背反アンビバレンツ







 列車の揺れに身体を預けながら、快斗はゆっくりと通路を進む。
 向かう先はサロン車だ。
 前を歩く青子と花梨は、キャッキャッと楽しそうに会話をしている。

 なぜ、サロン車に向かっているかというと、ことの発端は十数分前――。









「あ~、おっそ~い。二人してトイレに行って戻ってこないんだから~! 何してたのよ~。青子、花梨ちゃんといっぱいお話したかったのに」


 席に戻った快斗と花梨に、青子は頬を膨らませてプリプリしている。
 一人だけ席に座ったままで、つまらなかったらしい。


「わりぃ、わりぃ。ちょーっと便秘してて、難産で! 花梨が心配して待っててくれてさー。な~、花梨?」

「え? あ、う、うん……」


 快斗が腹を撫でながら明るく大きな声で告げると、乗客たちの何人かが彼に注目した。
 事の内容があまりに品性下劣な嘘であること、そして実際の“遅れた理由”は、もっと濃密なものだったことへの罪悪感で、花梨は居ても立ってもいられない心地になり、上気した顔を伏せて小さく頷く。

 そんな花梨を、快斗はさっきの余韻もあってか、嬉しそうに見つめた。


「ちょ、便秘って……下品! そんなこと大きな声で言わないでくれる!? ほら、他の人たちが見てるでしょうが! 花梨ちゃんも、快斗なんて放っておけばよかったのに」

「あははは……」

「でも、花梨ちゃんはそういうことできないタイプだよね~。お腹とか腰とか擦ってあげてそう」

「そ、そうかなぁ……」


 ……快斗の腹や腰を擦ってはいない。
 むしろ、快斗に擦られていたのは自分の方……なんて、口が裂けても言えない花梨は、気まずさで顔を伏せ、苦笑しながら席に着く。


「お腹ナデナデかぁ~、それいいな♪ 今度、腹痛くなったらお願いしよっかな♪」

「っ……」


 快斗も席に着き、片目をぱちんと閉じて、花梨の返事を待たず、背もたれに身を預けた。


「甘えん坊かっ!! ったく、花梨ちゃんにあんまり迷惑かけないのよ!? 迷惑かけて嫌われても、青子知らないからね!」

「へーいへい、わーってるよ! オレの花梨はそれくらいでオレのこと嫌ったりしねーの! な~?」


 花梨を間に挟み、青子と快斗の言葉の応酬が始まる。
 快斗から同意を求められた花梨は、口元に両手を添えてくすくすと笑った。


「ふふっ(また始まっちゃった。幼なじみだと、こうなりやすいよね)」


 自分も新一と、たまにこうなることがあるなと、ふと思い出す。
 どこでも言い合いが始まってしまうのは、幼なじみゆえなのかもしれない。

 二人のやり取りは続き、花梨は聞いているだけだったが、楽しくて止める気になれなかった。


「――だいたい、あんたはねぇ~!」

「青子ストップ! 他のお客さんに迷惑だぜ。オレ、ちょっと寝るから静かにしろよ。……花梨ちゃん、おやすみ♡」


 いつの間にか怒りだし、声が大きくなっていた青子に、快斗は「しー」と口元に人差し指を持ってくる。
 そして花梨にウインクを飛ばして目を閉じた。


「ちょっと、バ快斗ォ! まだ話は終わってな――って、寝たぁーー!?」


 青子は思わず立ち上がり、快斗が腕組みして俯く様子に憤慨する。


「あ、青子ちゃん……」

「ん? ――あっ……す、すみません……」


 花梨はヒートアップした青子の袖を、そっと引く。
 彼女の制止に、青子は自分に周りの視線が集まっていることにやっと気づき、おとなしく席に腰を下ろした。


「ごめんね、花梨ちゃん。うるさかったよね? それもこれも快斗のせいなんだけど……」

「ふふふ、大丈夫だよ。青子ちゃんの声、好きだから。少し音量は控えめで、お話たくさん聞かせて?」

「うんうん! 花梨ちゃん……♡ ね、ね、このカタログにあった小物なんだけどね……」


 優しく微笑む花梨に、青子の頬はぽっと赤く色づく。
 青子は、花梨たち不在時に見つけた小物を教えるべく、車内カタログを広げた。


(……あーあ、花梨にちょーっと褒めてもらったからって、青子のやつ、現金だなぁ……)


 ……寝たと思われた快斗だったが、実は眠ってはいない。

 快斗は花梨たちをちらっと見て、片耳に青子のウキウキと弾む声を捉えつつ、もう片方は装着したイヤホンの音声を聞き取っていた。
 先ほど、女王の個室で仕込んできた盗聴器の調子はばっちりだ。

 快斗は、イヤホンから流れる声に集中した。


『――怪盗キッドという、盗賊の事ですわ!!!』


 偽物のクリスタル・マザーに仕込んだ盗聴器から、セリザベス女王の声が聞こえる。
 その周囲で話す者たちの声も拾い、「お気に召しましたか? 女王陛下……」と、最初は豪華列車ロイヤル・エクスプレスの話をしていたのだが、話題はキッドのことに発展していた。


『ええっ、キッドと会われたのですか!?』

『ほ、本当ですか陛下!!!』

『な、中森君』


 女王の声に混ざり、見知らぬ男の声と、中森警部の声を拾う。
 中森警部が近づいたのだろう、声が大きく聞こえた。
 その直後、何かしらの金属音がカチャカチャと一斉に鳴る。音声のみのため、何が起こっているのかはわからない。


「っ!(青子のオヤジ、声デケー……)」


 中森警部の声に驚き、快斗の肩がわずかに揺れた。
 女王が「下がりなさい!」と言っていたので、SPたちが中森警部に向けて銃を構えたのかもしれない。
 彼女のSPは日本だというのに、外交官特権で許可を得ているようだ。

 そういえば女王の個室から逃げる時、銃を構えていたなと思い出した。


『あ、あのだからキッドはそのぉ……』


 中森警部の声が少し小さくなった。


『ええ……我がイングラム公国の宝を盗みに参られましたの……。ヨーロッパ最大のトパーズである……この“クリスタル・マザー”をね!!!』


 セリザベス女王の話に「なんという事だ! やはり大使館に届いた予告状は本物――」と、嘆く男の声と、「なぜ奴はその宝石を持ち去らなかったんですか?」という中森警部の声が聞こえる。

 女王の声に含まれる緊張、警部の慌てた声、周囲の金属音――情報のひとつひとつが、宝の位置や警備の手順を示す手がかりだ。


『フフフ……一目見てきっと彼にもわかったんですわ……。これが偽物だと……』

「フ(……その通り)」


 快斗は女王の見解にうんうんと深く頷く。

 大使館にあった物は偽物だった。女王の個室の物も偽物。
 二度、悔しい思いをしているのだ。

 ……今夜こそ、本物と対面してみせる。


『に、偽物!?』

『ええ……本物は別のところに隠してありますわ……』

『ど、どこに?』


 快斗は、女王に尋ねる中森警部が、まるで自分の代弁者のように思えた。


「……くくっ(青子のオヤジ、ナイスだぜ♡)」


 これで、女王が本物の在り処を教えてくれれば、それを狙うだけでいい。
 目標の位置さえわかれば、盗むことは容易い。

 そう思ったが、続く女王の言葉でそれが叶わないことがわかった。


『それは警部さんにもお教えできませんわ……この列車のどこかでキッドかれが聞いているかもしれませんからね……』


 当たり前だが、本物の在り処は警察にも知らされていない。
 ……さすがは二度も偽物を掴まそうとした人物である。


(まぁ、そうだよなぁ……)


 快斗は「ふぅ」と小さく息を吐く。
 その間に中森警部が、警官たちに乗客のチェックを指示したが、女王がそれを制した。
 イングラム公国のために、他の乗客たちに迷惑をかけることを良しとしていないようだ。


『これは彼と私の勝負……この列車が大阪に着くまであと二時間半……それまでに――』


 “国の名誉を賭けた一騎打ちですわ!!”


 女王の凛とした声に、快斗は不敵な笑みを深くした。


(受けて立ってやるぜ、女王陛下……!)


 ……大阪到着まで、残り二時間半。
 運命の歯車が、静かに加速を始めていた。



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