白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
159:金曜日の牽制







 ……金曜日がやってきた。

 快斗は一度家に帰ると言って、朝早くに花梨の部屋を出て行った。
 登校時間にはまたマンションに迎えに来て二人で登校したが、登校中、快斗はきょろきょろと辺りを見回し、何度も首を傾げていた。


「や~、終わった終わった! 黒ちゃん、話げーわ。花梨ちゃん、おまたせ~!」

「あっ、うん。じゃあ、白馬くん」


 つつがなく終えた金曜の放課後。
 快斗が黒瀬の呼び出しに応対する間、教室で待っていた花梨は、白馬に声をかけられ話をしていた。

 白馬にも挨拶をと、花梨がふわりと微笑む。
 すると、白馬はいつもとは違う反応を見せた。


「花梨さん……今日、ちょっと元気がなさそうでしたが、大丈夫ですか?」

「えっ? そ、そうかな……別にいつもと同じだと思うけど……」


 ――白馬くん……鋭い。


 図星を突かれて気まずい花梨は、ぎこちない手つきで後れ毛を耳にかける。

 白馬は探偵だからだろうか。
 新一並みに鋭いと花梨は思った。


「そーだぜ! 昨日、寝るの遅かったから眠いだけだよ。な?」

「っ、う、うん……」


 背後から快斗の腕が花梨の腹に回って、さっと後ろに抱き寄せられる。
 ……白馬と距離を取らされた。


「はっ……相変わらず、すごい独占欲ですね」


 花梨の肩に顎をのせ、威嚇するように、ジッと鋭い視線を浴びせてくる快斗に、白馬は呆れて苦笑する。


「花梨はオレの彼女だからな」

「知っていますよ。今は……ですよね?」


 花梨を間に挟み、白馬と快斗が睨み合ってしまった。
 睨み合いは続かず、すぐに快斗がくるっと身体を反転させる。


「今はじゃねーよ。ずっとだよ! ほら花梨、帰ろう?」


 身体に腕を巻き付けられた花梨は、一緒に反転させられ、白馬の視線から隠された。
 肩越しに白馬に文句を告げる快斗は、花梨に向けて話す言葉だけは優しい。


「っ、うん……」


 ――なんか私……子猫みたいね……。


 軽々と持ち上げられて、花梨は――まるで子猫の気分だ。


「いつも思うのですが、花梨さん。黒羽君に囚われて、窮屈ではありませんか? ボクならあなたの自由を尊重して差し上げられるのですが……」

「あ、あははは……」


 確かに少しだけ……と思った花梨だが、それも今日までである。
 ここは笑って誤魔化しておく。


「白馬っ! オメー、余計なこと言うんじゃねえよ! 花梨はオレのそばが一番安全なんだぞ!?」

「へ~、怪盗キッドのそばが安全だなんて、妙ですねえ?」

「ばっ、オレはキッドじゃねえって、言ってんだろーが……ったく。お前、最近しつこいぞ! ……花梨、帰り支度まだだよな? 待ってるから行っておいで」


 快斗は白馬の相手をしつつ、花梨の背をそっと押した。
 花梨は黙ったまま頷き、自分の席へ戻って帰り支度を始めた。

 ……快斗を待っている間に準備しておこうと思ったのに、呼び止められてできなかったのだ。


「フフフ。いえね、今夜キッドが現れるらしいじゃないですか」

「なんだよ?」

「どこに現れるか知っていらっしゃいますか?」

「知らねーよ。なんでオレが知ってるんだよ……」


 不敵に微笑みながら見下ろしてくる白馬に、快斗は耳を小指でほじほじ。
 知らぬ存ぜぬで躱していく。


「なんと! 今夜出発の大阪行きのロイヤル・エクスプレスなんだそうです。大胆不敵ですよね。警察も乗り込んで警備にあたるというのに……」

「へ~。ま、オレには関係ねーけどな」


(こいつ、どこまで知ってんだよ……)


 白馬はずいぶんと詳細な情報を掴んでいる様子。
 さすがは警視総監の息子――大方そっち方面から情報を得たのだろう。
 だが、警察の情報を私的に利用するなんて、とんでもない奴だ。

 快斗は白馬の挑発には乗らずに、鞄に教科書を詰める花梨を見つめる。
 すると開いた窓から風が吹き込んで、彼女の髪が揺れてキラキラと輝く。

 “ああ、綺麗だな……”と、つい見惚れた。

 そんな快斗に、白馬が距離を詰める。


「黒羽君」

「な、なんだよ……」


 急に近くなった距離に、快斗は警戒心をあらわにして身構えた。


「くれぐれも、花梨さんを巻き込んで、怪我をさせないよう頼みますよ?」

「っ、だからっ! オレはキッドじゃねーってのっ!!」

「フフフ。でも、列車に乗るんでしょう?」

「な、なぜそのことを……!? 花梨から聞いたのか!?」


 ……まさか花梨が話すわけない。
 彼女はいつでも自分の味方なのだから――と、快斗が不敵に笑う白馬を鋭い目つきで見上げれば。


「いえ、青子くんから。『今夜のロイヤル・エクスプレスで、セリザベス女王と会うんだー。花梨ちゃんと快斗も一緒に♪』と、楽しみにしている様子でしたよ」

「青子ーーっ!!!」


 白馬の話に、快斗の怒りの声が教室に響いた。

 なんでも、さっきまで青子も教室にいたのだとか。
 青子はロイヤル・エクスプレスに乗る話を、事細かに白馬に教えたのだそうだ。


「セリザベス女王……?」


 ふと、帰り支度を終えた花梨がやって来る。
 快斗たちの会話が聞こえていたらしい彼女は尋ねた。


「ああ、花梨さんは知りませんか? この女性ですよ。イングラム公国の女王です」


 白馬が何日か前の新聞を花梨に見せる。
 そこにはイングラム公国の女王、セリザベスの写真が一面を飾っていた。


「あ……この人……」

「おや? さすがに知っていらっしゃいましたか」

「……」


 白馬に「どうぞ」と新聞を手渡され、写真を見下ろす。
 イングラム公国の名に聞き覚えがあるような気がしていたが、女王の写真を見て、確信した。

 ……花梨は二年前、親戚の家を飛び出す前に、女王と会ったことがある。


「花梨……?」

「あ、ううん。なんでもない」


 快斗に不思議そうな顔を向けられ、花梨は首を横に振った。


 ――同じ列車に乗るだけだし……大丈夫だよね……?


 一緒の時間を共有したのは僅かの間。
 セリザベス女王も、覚えていないかもしれない。

 ……彼女は親戚の家に招かれたお客様で、花梨はその時、家の手伝いとして使用人の格好で給仕をしていた。
 屋敷内で、迷子になっていた女王の息子を案内しただけで、他にはこれといって特別な交流はなかったはず――。

 不思議な再会もあるものだな……と花梨が考えていると、快斗は視線を白馬に移した。


「白馬も乗るのかよ?」

「いえ……残念ながら、今夜は別件で埋まっていまして」


 “今夜は知人がイギリスからわざわざ来るんですよ”――そう言う白馬は、花梨を心配そうな瞳で見下ろす。
 白馬の視線に、花梨はぱちぱちと目を瞬かせた。


「そ、そっか。それは残念だったな! じゃあ、花梨、帰ろう」

「あっ、快斗……! ちょ……」


 快斗は花梨の手を取って走り出す。
 花梨が連れられながら振り返ると、白馬が優しい瞳で手を振っていた。


「黒羽君! くれぐれも、頼みましたからね!」

「るせー!!」


(言われんでも、花梨を危険な目に遭わせるわけねーだろ!!)


 白馬に手を振り返す花梨だったが、快斗が白馬を振り返ることはない。
 不機嫌な様子で教室を後にした。



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