白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
156:灯りの下で泣く君へ(おまけ②)


※花梨視点



 風が少し冷たかった。
 それでも部屋に戻る気になれず、私はベランダの手すりに指をかけ、街の灯りをただ見つめた。


(……明美さん)


 胸の奥にまだ涙の余韻が残っている。
 新ちゃんの声が頭の中で反芻されるたび、胸がきゅっと痛んだ。

 未来が視えても、何もできない。
 見守るしかできなかった。

 その無力感が、涙と一緒に何度もこぼれ落ちていく。


(ごめんなさい……言えばよかったのかな。でも……言ったら、変わってしまう。別の誰かが傷つくかもしれない)


 その考えが、私を縛っていた。
 ずっと、ずっと。

 明美さんの微笑みを思い出し、胸がぎゅっと締め付けられる。
 “見守るだけ”の自分が、急に無性に情けなく思えた。


(……でも。私がいなくなる前に……せめて、少しだけ……何か力になりたかったな……)


 ぽたり、と涙が手の甲に落ちた。

 その時――胸の奥に、別の痛みが生まれる。


(快斗……)


 会いたい。
 声が聞きたい。
 抱きしめてほしい。

 でも――、


(泣いてる顔なんて……見られたくないよ……)


 今夜は、最後の“いつもの夜”になるかもしれないのに。
 笑顔で迎えたいのに――。

 だけど涙が、全然止まらない。

 手のひらで頬を拭き、必死に笑顔を作ろうとする。


「……ん……だめ……」


 唇が震えて、うまく笑えない。
 息を吸っても、胸が苦しい。

 ……背中に冷たい風があたる――。


(こんな顔……見せられないよ……)


 そう思ってベランダに背を向けた瞬間だった。

 上のほうで、空気がずれた気配がした。


「……ん?」


 顔を上げる。
 夜空から、白い影がゆらりと揺れて降りてくる。


「……どうして、泣いているんですか?」

「っ!? この声……」


 その輪郭がはっきりした瞬間、心臓が跳ねた。


(……え……き……キッドさん……?)


 涙で滲んだ視界の向こうで、彼がこちらを見ていた。

 月明かりの下。
 月明かりの下で、まるで――泣いている自分を探し当てたように。

 そして、次の瞬間。


「……オレのお嬢さん――花梨を泣かせたのは誰だ?」


 あまりにも優しくて、あまりにも真剣で、その声を聞いた瞬間――。
 ……少しだけ安心した自分もいて。

 涙が、またひとつ落ちた。



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