白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
156:灯りの下で泣く君へ(おまけ①)
※快斗視点
今夜は、どうしても花梨の顔が見たかった。
自分でも理由はわかっている――四日間もろくに一緒に帰れていない。
「忙しい」なんて言ってごまかしているが、本当は胸の奥がずっとざわざわしていた。
会いたい。
声を聞きたい。
……触れたい。
そう思いながら、バイトをしていても、怪盗としての仕事の準備をしていても、頭の半分は花梨のことばかりだった。
十時半を回った頃、ようやくキッドとしての段取りを終えた。
ロープを握ったとき、ふと――胸がざわつく。
(なんか……嫌な感じがする、胸が重い)
気のせいならいい。
でも、こういう“なんとなく”ってのは、たまに当たる。
特に花梨のこととなると、余計に敏感になる。
(ちょっとだけ……覗いてみるか)
ロープを伝って花梨の部屋のベランダへ近づく。
窓の明かりはついている。
なのに――彼女の姿は中ではなく、ベランダの手すりのところにあった。
(……外で? なんで――)
もう一歩近づいて、息が止まる。
花梨が……泣いていた。
声を押し殺して、肩を震わせて。
月明かりに濡れた頬がきらきら光って、胸がぎゅっと締めつけられる。
瞬間、全身の血が逆流したような怒りが湧く。
(誰だ。誰が花梨を泣かせた――オレ以外のなにかが、彼女をこんな顔にしたなんて――耐えられねぇ)
オレは動揺して震える声で、搾りだすように言った。
「……どうして、泣いているんですか?」
「っ!? この声……」
花梨の肩がビクリと揺れて、ゆっくり顔を上げた。
その目が真っ赤で、涙の跡が濃くて――胸が痛む。
ロープを一気に揺らし、ベランダに飛び移る。
落ちた衝撃もほとんど感じなかった。
とにかく早く、彼女に触れたかった。
「……オレのお嬢さん――花梨を泣かせたのは誰だ?」
声が低くなるのは止められなかった。
怒りというより、不安のほうが強かった。
「キッドさん……」
オレを呼ぶ花梨の声はか細い。
(泣かさないって、いつも思ってんのに……!)
どんな理由であれ、オレの意思で泣かせる以外で、彼女が泣く姿を見るのは耐え難い。
……ベランダの風が冷たい。
花梨の手が少し震えているのに気づいて、思わず腰を抱いて部屋の中へ引き寄せた。
(風邪なんて引いたらどうすんだよ……)
部屋の明かりの下で、もう一度花梨を見る。
さっきより泣き顔がはっきり見える。
(ああもう、なんで……なんで泣いてんだよ……! いや、理由はあとでいい。今は――)
シルクハットを外し、モノクルを外し、手袋も脱いで。
肩に脱いだジャケットを花梨に掛け、少しでもあったかくしてやる。
「……花梨ちゃん、なにがあったんだ? 言ってみな?」
言った途端、花梨がこちらを見た。
泣き止もうと頑張ってる顔。
泣いちゃだめだと思ってる顔。
そんなの、逆だ。
泣きたいときは泣いてほしい。
だから――
(もういいや)
理性より先に身体が動いた。
花梨をぎゅっと抱きしめる。
(守りたいとか、慰めたいとか……そういうのじゃない。今はただ、離したくない)
その瞬間、彼女の小さな手が、ぎゅっと背中を掴んだ。
(……あ)
それだけで胸が熱くなる。
(頼られたってだけで、こんなにも胸が熱くなるなんて……オレ、やっぱりこの子のこと、どうしようもなく好きだわ……)
まだ花梨は泣いている。
涙がシャツに落ちて、温かい。
(こんくらい、いくらでも濡らしていいんだぞ。泣きたいだけ泣きな。今日は全部受け止めるから)
声には出さない。
でも、抱きしめる腕にちゃんと込めた。
花梨の涙が、ひとつひとつ落ちていくたびに、“好きだ”と心の中で繰り返した。
※次ページは、おまけ②花梨視点。