白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
155:涙の向こうの名探偵


 “花梨……落ち着いて聞いてほしいんだ”


 コナンのいつもより低く重い声音こわねに、花梨は小さく頷く。
 声は出さない。胸の奥で鼓動だけが速く打つ。


(どうしたんだろ……。封筒のことじゃなさそう……?)


 コナンはすぐに続けなかった。
 電話の向こうから、何かを躊躇うような小さな息遣いだけが聞こえる。


「新ちゃん……?」

『……っ、雅美さんが』

「え……雅美さん?」

『――雅美さんが、亡くなった』


 その言葉は、静かに落ちる水のように、胸の奥に沈み込んだ。
 思わず掠れた声で「……うそ……」と漏らし、手で顔を覆う。


(ああ……そうなったのね……)


 涙が頬をぽたり、ぽたり。温かく頬を伝っていく。


『花梨? 大丈夫か……?』

「っ……ぅ……くっ……」


 コナンの気遣う声が膜を隔てたように遠のいて、花梨はすぐに言葉を返せなかった。


『……お前、倒れるかもしれねーから、詳しい死因は言わない。けど、雅美さん、花梨のこと気に入ってたし、お前も彼女のこと知りたいだろうと思って教えた』

「ふっ……ふぅぅううう……――!!」

『泣くなよ花梨……』


 花梨は唇を噛みしめ、息を震わせた。
 泣くなと言われても、涙は簡単には止まらない。


「ぅぅーー……!!」


 ――泣くなよ、と言われても無理だよ、新ちゃん……!


 花梨はぐすぐすと鼻を啜りながら、しばらく泣いた。


(……私も、もうすぐ……)


 ふと頭をよぎるのは、自分の未来。
 金曜の夜には、もうここにはいない――。

 雅美の死と重なり、胸の奥に不安と孤独がグッと押し寄せる。
 涙と嗚咽が止まらず、スマホを握る手も小刻みに震える。


(雅美さんっ……!)


 啜り泣きとともに声を震わせ、花梨はその場に小さく身体を丸めた。
 心の奥で、未来に向けたささやかな希望が、あまりに脆く崩れていくのを感じて――。


『花梨……』


 ……コナンは花梨が落ち着くまで、黙って待ってくれていた。


「っ……っ……ふ……し、新ちゃん……」


 コナンが屋上か、トイレで話しているのなら、あまり長電話をしていては蘭に怪しまれるだろう。
 花梨はまぶたを拭い“すん”と鼻をすすった。


『うん……大丈夫か……?』

「……大、丈夫……じゃない、けど、大丈夫……」


 喉からようやく絞りだした花梨の声はかすれている。


『はは、なんだよそれ……』


 ……ぎこちなくも、少し照れたような苦笑いが聞こえた。

 電話越しでも、花梨を慰めたい気持ちがにじんでいるのがわかる。
 彼の声は温かく、押しつけがましくなく、そっと花梨の心に触れるようだった。


「いっぱい泣いたら、なんか、頭痛くなってきちゃった……ガンガンってする」


 花梨は額を片手で覆い、眉をしかめた。涙で濡れた頬はまだ温かく、嗚咽の余韻が小さく震えている。


『そうか……本当は別件を訊く予定だったけど、それどころじゃなさそうだな。今日はそれだけにしとくよ』


 電話の向こうで、新一の声はいつもより少し落ち着いて、優しさが滲んでいた。


「ん……ごめんね」

『頭痛薬、ちゃんと飲むんだぞ? 息苦しくなったら、ちゃんとゆっくり深呼吸しろな?』


 花梨は小さく頷き、鼻をすすりながら返事をする。


「うん、わかった。ありがと」

『……花梨』

「う、ん?」

『何か困ったことがあるなら、いつでも頼っていいんだからな? 名探偵のこのオレが、絶対に、まるっと解決してやるから。オメーの彼氏なんかよりも、よっぽど役に立てる自信あるからさ。……それにオレ、お前が何か隠してる時の顔、知ってるからな。さっきの声……無理してるだろ』


 コナンの言葉に花梨は思わず笑みをこぼした。涙でぐちゃぐちゃになった顔に、少し赤みが差す。


「……ふ、ふふっ♡ ありがとう、新ちゃん。新ちゃんは頼りになるもんね!」


 ――新ちゃん、快斗と似たようなこと言ってる……! 変なの……!


 彼にきっと他意はないのだろう。
 ただ、幼なじみとして放っておけないから……という一念でしかない。

 たとえそうであっても、花梨は嬉しかった。
 昔からいつでも味方になってくれる、頼もしい人――新一。


『……だろ?』

「うんうん、いつも頼りにしてるよ♪」


 花梨の声はまだ少し震えていたが、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じる。


『オレさ……オメーからの連絡、待ってっから』

「新ちゃん……」

『じゃ、またな』


 ……コナンの声のあと、花梨が返事をしないまま、少し間をおいてスマホが切れた。
 花梨はスマホを耳から離し、通話終了ボタンをタップする。

 そうして静かにスマホを抱きしめ、深呼吸をひとつした。
 また勝手に溢れ出る涙を手でそっと拭う。


「ごめんね、新ちゃん……ありがとう……」


 ――もう、また・・はないけど……ありがとう、新ちゃん。


 胸に抱くスマホに想いを込めて、花梨は、またひと筋、涙をこぼした。



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