白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
151:Sweet Accidents







 それぞれ注文した料理が出揃い、花梨たちはしばし他愛の話をしながら食べ進める。
 席は花梨の隣にコナン、向かい側に光彦、歩美、元太の三人という並びだ。


「……」


(どうやって花梨に話を切り出そう……)


 コナンは、アイスコーヒーをストローで吸いながら、昨日の件をどう切り出すか考えていた。
 ……事件性があるため、歩美たちがいる前では話せない。

 そんな時――。


「はい、コナンくん、あーん」

「……あー……っ!」


 毎度のことながら、花梨がフライドポテトを口に持ってくる。
 コナンの口は自然と開いて、ぱくっと塩辛いポテトが口に入った。


「おいしい?」

「っ……うん」


 ――ああ、もうやけくそだ……!


 昨日もそうだったが、コナンに花梨の給餌行動を避ける術はない。
 こうなったら、ありのままに受け入れた方が楽――。何かを悟ったように、コナンは熱い頬に両手を添え、花梨から目を逸らした。


「ふふっ♡ ポテトおいしいよね~♡ もっと食べる?」

「……うん」

「じゃあ、今度はケチャップ付きねっ♡」


 無邪気な花梨にコナンは大人しく従う。


(花梨のやつ、またオレを鳥のヒナかなにかと思ってやがる……)


 花梨の給餌行動に他意なんてない。
 ただ、人の口に物を運んで楽しんでいるだけだ。


 ――そっちがその気なら、付き合ってやろーじゃん。


 コナンはやけを起こしているらしい。
 ……今は子どもの姿なのだから――甘えてもいいと思ったのだ。

 そんな花梨とコナンのやり取りに、歩美、光彦、元太の三人がぽっと頬を赤くする。


「……コ、コナン君……?」

「ハッ!? あ、花梨姉ちゃん! ボク自分で食べれるよ!?」


 ――そうだ! 歩美ちゃんたちの前だった……!


 はっと我に返り、コナンは慌てて花梨からポテトを奪った。


「あっ」


 すると、ベチャッ。
 ポテトの先についたケチャップが飛び跳ね、花梨の制服に付着する。


「あ、ご、ごめん……!」


 ――ったく、オレは何やってんだよ……!!


 彼女の制服、胸辺りに飛んでしまったケチャップ。
 コナンは慌てておしぼりを手にして拭き取る。


「ちょっ、待っ」


 花梨の制止する声が聞こえたが、挽回しようとするコナンの耳には入らない。


「「コナン君……!」」

「え?」


 歩美と光彦の声で、コナンの動きは止まる。
 それと同時に、ふにっと柔らかい何かが触れる感触がした。

 ……ふとコナンの頭上に影が差す。


「ちょっと新ちゃん?」


 向かいの三人に聞こえない小さな声で、花梨が囁いた。


「あ……」


 ――この感触って……。


 ちょっと押してみると、ふにふにと柔らかく跳ね返ってくる。
 それがいったい何なのか――。

 気づく前に花梨からボソッと……。


「新ちゃんの、えっち……」

「へっ!?!? ち、ちがっ……! オレッ、そ、そんなつもり……」


 ズザザザザッ――!

 瞬時に顔を茹で蛸のように赤くなったコナンは、慌てて花梨から距離を取る。
 白いおしぼりには、赤いケチャップ汚れが付き、また、コナンの鼻からも赤い血がツーッと垂れた。


「ふふっ、コナンくんにはまだ早いかなー」


 花梨は落ち着いた様子で、鞄からポケットティッシュを取り出し、コナンの鼻に当てる。
 そして、無邪気に笑った。









「あーくそ……。なんてことを……」


 あれから逃げるように「おかわりしてくる!」と言ってドリンクバーにやって来たコナン。
 氷をたっぷりグラスに突っ込み、迷いなくボタンを押し込んで、アイスコーヒーを作る。


(柔らかかった……って、そんなこと考えてる場合かっ!!)


 脳裏に焼き付いた感触を、上から下に落ちるコーヒーを眺めながら流していく。
 グラスにたっぷり詰めた氷が、カランと小さく音を立て崩れた。


(……あいつ、無防備すぎるんだよ。……もしオレがガキじゃなかったら、今ごろどうなってたと思ってんだ……。
 ……それとも、あいつにとっては、オレはずっと『守るべきヒナ』のままなのか……? けど、柔らか――って、バーロッ!!)


 ふわふわと先ほどの感触を思い出しつつも、慌ててそれを掻き消す。

 今日は花梨を問い詰めるために来たというのに、いったい何をしているんだ。
 ……自問自答をし、注がれていくコーヒーを見つめる。

 と、そこへ――。


「新ちゃん」


 空になったグラスを手に、花梨がやって来た。


「花梨……。オメー、オレの口に物入れんの、いい加減やめろよ……」

「あはは……ごめんごめん。おいしいもの食べると、ついシェアしたくなっちゃって、無意識なんだよね~」

「無意識って……そんなわけ――(いや、オレも無意識で口開けてるな……?)」


 気まずそうに後れ毛を耳にかける花梨に、コナンは言い掛けて止めた。

 ……人のことを言えたもんじゃない。
 条件反射が身に付くほど、慣らされているのは自分である。

 花梨が口元に何か持って来ると、反射的に受け入れてしまうのは、今に始まったことじゃない。

 ……思えば、昔からだ。

 昔――、男同士だと思って一緒に暮らしていた間、推理小説を読む自分に花梨が、手が汚れるからと、菓子を口に入れてくれたのが始まりだったと思う。

 その頃は本に集中できて、菓子も同時に食べることができ、便利だなと思って、「次」などと口を開けて催促したこともあったくらいだ。
 当時の花梨は、次から次へと口に菓子を運んでくれたり、ジュースを飲ませてくれたりと、楽しそうに給餌行動をとっていた。


(……あの頃、花梨は『誰かに必要とされること』に、病的なまでに飢えてたのかもしれねぇ。……無心に本を読むオレの口に菓子を運んでいる間だけ、あいつは自分が『誰かの役に立っている』って、安心できてたんじゃねーのかな……)


 今さら気づいた彼女の「献身」の正体に、コナンの胸の奥がチリリと痛んだ。

 だが、同時にふと気づく。

 今はそうじゃない……。
 癖になっているとしか思えない――と。


(ってことは、これはつまり……オレのせい……自業自得なんじゃ……)


 ……確かに、弟として接してたけども――。

 思い当たったコナンは半目になる。


「歩美ちゃんたちにもしてあげたら、喜んでたよ?」


 コナンが黙っていると、花梨は、子どもたちにもしてきたことを教えてくれた。
 歩美はともかく、光彦と元太が喜んでいる姿が想像できて、なんとなく、コナンの口がへの字に曲がる。


「……オレだけにしとけよ」


 誰にも聞こえないほど小さな呟き。
 ……その独占欲は、探偵としての冷静さを遥かに凌駕していた。


(……こいつの『優しさ』は、底なしの沼だ。一度浸かったら、子供だろうが大人だろうが、二度と出られなくなる……。……現に、オレがそうだ……)


 ボソッと呟いたが、花梨は氷をグラスに入れていて、聞こえなかったようだ。


「ん? なんか言った?」

「っ、なんでもねー……!」


 コナンはハッと我に返って、出来上がったアイスコーヒーを手にする。


「ふぅん?」

「なあ、花梨。オレ、今日は昨日のこと訊きに来たんだけど」

「あ~……かなと思った。でも、今日は難しいんじゃないかな~?」


 花梨もコーヒーマシンにグラスをセットし、アイスコーヒーを選択。
 コーヒーの抽出が始まった。

 ……花梨の目線がコナンの背後に向けられている。


「え?」

「コナンく~ん! 花梨お姉さ~ん! 歩美も同じの飲みた~い!」


 コナンが振り返ると、歩美がグラスを持ってやって来ていた。


「いいよー。でも歩美ちゃんには苦いから、シロップ入れて甘いのにしようね」

「うんっ♡」


 ……コナンと花梨のアイスコーヒーはブラックだ。
 歩美にはアイスカフェラテのシロップ入りを勧める。


「こっちは苦いの?」

「ちょっと飲んでみる?」

「うんっ! ……うわっ、苦っ!」


 出来上がったばかりの、花梨のアイスコーヒーを一口飲んだ歩美は眉を顰めた。


「ふふふっ。ちょっと大人の味だね?」

「コナン君と花梨お姉さんは飲んでるのに……」


 ……コナン君と同じのがいいのに――と、歩美が頬を膨らませる。
 そんな歩美に花梨は優しく目を細めた。


「私、甘いのもたまには飲むよ~」

「そうなの!?」

「うん、ミルクたっぷりのカフェラテもおいしいよ?」

「そっか、そうなんだ~。花梨お姉さんも甘いの飲むんだ~」


 花梨が甘いコーヒーも飲むことを知り、歩美は笑顔を取り戻す。
 “花梨お姉さんと一緒”ということが嬉しいのか、自分もコーヒーを――とコーヒーマシンにグラスをセットした。


「ふふっ、甘いのもおいしいよね♡」

「うんっ♡ 歩美、甘いの好き! ねえ、花梨お姉さん……ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど……」

「ん? うん、いいよー?」

「ここじゃちょっと……」


 にこにこと優しく応対する花梨に、歩美がもじもじと身体を揺らす。
 そして、コナンを横目でちらり。


「……っ」


(これ――ひょっとして、話す隙が……ない……!?)


 歩美と耳打ちし合う花梨の横顔。
 ……彼女は確信犯なのか、それとも天性の「人誑し」なのか。
 核心に近づこうとするたびに、彼女の周囲に広がる『平穏』という名の壁に跳ね返される。


(花梨……お前、わざとやってんのか? ……それとも、本当に、オレに何も言わせたくねーのかよ……)


 終わらない女子二人の会話に、花梨が言っていることが遅れて理解できたコナンは頭を抱えた。



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