白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
147:ふんわり、ひだまりの午後







 昼休みになり、進入禁止の屋上にて――。


「はぐはぐっ! うっめえ~っ! やっぱこの玉子焼き絶品だわ。花梨天才♡」

「ありがとう♡ いっぱい食べてね。私、もうお腹いっぱいだから、よかったらこれも食べてくれる?」

「食べる食べる♡」


 ……快斗が花梨の作った弁当にがっついている。

 今朝、朝早く目覚めた花梨は、快斗に弁当を作っていた。

 前回よりも手の込んだ、今日の弁当は唐揚げ弁当――。
 しっかり味がなじんでいるか心配だったが、唐揚げを口にするたび、快斗の表情が幸せそうに緩むから大丈夫そうだ。

 花梨は食欲がなくてほとんど残してしまったが、彼が消費してくれるようで安心した。


「……ふふっ♡」


 ――可愛いなぁ。


(ふぅ……快斗って無邪気で可愛い……)


 誰も取りやしないのに、慌てたように食べる快斗を彼女は見つめる。


「なに? オレの顔になんかついてる?」

「ン~、目と鼻と口?」


 快斗の問いに、花梨が小首をかしげてから少し間を置いて、可愛く微笑んだ。


「ハハ……なーんだ。オレに見惚れてんのかと思ったわ」


 頬に米粒がついたままの快斗が、ふと、箸を止めて笑った。


(花梨って、オレの顔、好きなんか……?)


 いつもは自分が見つめるばかりで、こんなに見つめられたこと、ないんだが――と、内心はドキドキと胸が高鳴る。


「……うん。実は格好いいな~って、見惚れてたんだ~♡」


 ふわりと花梨は陽だまりのような微笑みを浮かべる。


(……でも、やっぱり新ちゃんに似てるから、ちょっとフクザツかな……? この顔を、もうすぐ見られなくなると思ったら――)


 柔らかく目を細める花梨の、思いも寄らないその一言に、またドキッ。
 快斗の心臓が跳ねた。


(お、おかしい……。なんだ? 今日の花梨、オレのこと好きすぎじゃない? いや、うれしいけどもっ!!)


 喜びが胸を満たす一方で、なぜだろう、喉の奥に小さな棘が刺さったような違和感を覚えた。

 可愛い彼女から褒められれば、嬉しい。
 ……けれど、今まで花梨に顔を褒められたことなど、一度もなかったような――。

 思い返しつつ、快斗は箸を置くと、花梨の額に手を当てた。


「……な、なに?」


 困惑するように、白い睫毛が上下する。


「いや……花梨、熱でもあるんかと……。オメー、今までオレの顔、褒めたことなくない?」


 “これでもイケメンで通ってるんだけどな?”と思いながらも、快斗は花梨から顔を褒められた記憶がない。
 花梨は人の見た目など気にしないタイプで、自分に惚れてくれたのは、中身に惚れてくれたのだと思っていた。


「ふふっ、そうだっけ? うん、快斗の顔ってイケメンだよね。好きだなぁ~♡」

「……そ、そっか。面と向かってんなこと言われっと、て、照れるな……」

「ふふふ……♡」


 ――快斗の顔って、やっぱ新ちゃんに似てるんだよね……新ちゃん……。


 照れる快斗を見ながら新一を思い出し、花梨は微笑む。

 昨日は曖昧に誤魔化したから、新一はきっと怒っているだろう。
 ……今日か明日にでも、電話がくるような気がしてならない。


「なぁ、花梨」

「ん?」

「なにか困ったことがあったら、真っ先にオレに相談するんだぞ?」

「……うん。一番に相談するね」


 快斗の手が花梨の頭を優しく撫でる。
 ……大きくて温かい、いつでも守ってくれるこの手が、花梨は大好きだ。


「おう。なんでも解決してやっから! 松田も、あのガキも頼らなくていいからな! ……あと、あいつも!」

「あいつ……って?」


 いったい誰のことを言っているのだろう……。
 快斗の口元が少し引きつり、目が鋭くなる。


「降谷のおっさん!」

「おっさんって……零お兄ちゃんはおじさんじゃないよ?」


 ――零お兄ちゃん!?


 急に降谷の名が出て、花梨は目を瞬かせる。

 ……そういえば、彼とは身辺警護契約を交わした日以来、会っていない。
 降谷は潜入捜査があって、しばらく連絡が取れないから、身の回りには気をつけるようにと言っていた。


「あいつ、29だろ!? 充分おっさんだわ!! そろそろ加齢臭とかしてくんじゃねーの!?」

「もぅ。悪口はよくないよ~、快斗くん?」

「悪口じゃなくて、事実だろ」

「零お兄ちゃん、まだまだ若いと思うんだけど……」


 何が気に入らないのだろうか。
 快斗はぷぅっと頬を膨らませている。

 降谷は高身長で、人目を惹くかなりの美形。
 確かに一回り年齢が離れてはいるが、まだ皺もないし、快斗が言うような“おっさん”には当てはまらないと、花梨は思うのだが。


 ――零お兄ちゃん、格好いいよね……? いつも、いい匂い……するし。


 これまで何度か家に来てくれた時、いつも彼からいい匂いがした。
 恐らく香水なのだとは思うが、大人の男の人という感じで、花梨は素敵だなと思っている。
 降谷の髪がハニーブロンドなこともあり、プラチナブロンドに近い白髪の花梨は、親近感が湧き、自慢の兄だと思っているのだ。

 ……降谷を思い出した花梨の瞳が優しく細くなった。

 花梨が“いい匂い”と笑ったその瞬間、快斗の笑みが僅かに凍る。
 彼の知らない花梨の世界が、また一つ増えた気がした。


「あ~あ、その目だよ。その目。花梨~……?」

「へ? な、なに?」


 ふと気づくと、快斗が半目で花梨を睨んでいる……。
 何か気に障ることをしてしまったのだろうか――と、花梨は瞳をぱちくり。


「花梨てさ~、オニーサンたちの中で、降谷零に一番懐いてるよな?」

「え、そうかなぁ……? ン~。でも確かに、零お兄ちゃんは、髪色が近いから親近感が湧いて安心できる、かも……?」


 ――降谷零って……なんでフルネーム呼びなの、快斗……。


 快斗が食事を再開しながら花梨をうかがうが、これも焼きもちの一種なのだろうか。不機嫌オーラがにじみ出ていた。
 降谷と快斗は一度しか会っていないはずだというのに、なぜこんなにも敵意むき出しなのだろう……花梨は理解に苦しむ。


「え、それだけ?」


 花梨の言葉に、快斗は箸を止めた。


「え? うん、それだけだよ? お兄ちゃんたち、みんな優しいし。頼りになるし。……陣平さんは、ほんのちょっとだけ――すこしだけ、苦手だったりするけどね」

「プハッ! 花梨も松田が苦手なんか!!」


 快斗が吹き出し、慌てて口元に手を当てる。
 花梨も釣られてくすくすと笑った。


(いい気味~! 松田、花梨になんとも思われてねーじゃん……!!)


 こんな愉快なことがあるか。飯がうまい。
 ……そんな快斗は、弁当の九割を平らげていた。


「ん? ちょっとだけね。陣平さん、すぐからかってくるから」

「それは、あれなんだろうな……」

「あれって?」

「あれだよ、アレ! 花梨は気づかなくていいやつ!」


 最後の唐揚げをぱくりと一口に放り込み、快斗はにこにこと咀嚼する。


(可愛くてつい、構っちゃうってやつ……花梨には教えてやんねーからな、松田!)


 大人のくせに、不器用な松田に同情などするものか。
 快斗の愛し方は直球――花梨をデロデロに甘やかし、褒め尽くして微温湯ぬるまゆに浸らせる。
 一度そこに浸かったら最後、心地好くて出られなくなるはずなのだ。


「ふぅん、アレか~……」

「は~、ごちそうさまでした! うまかった~♡ 花梨ありがとう!」


 花梨は特に詮索せず、話を流す。
 その間に弁当を完食した快斗は、空になった弁当箱を片づけると、自分の荷物と一緒に元の場所に戻した。


「わぁ、いつの間に完食!? すご~い! あ、別に洗わなくてもいいよ?」

「いや、弁当作ってもらったし、洗うくらいさせて。今日、帰りにジイちゃんとこ行くから一緒に帰れねーけど、夜、持ってっから」

「別にいいのに……でも、夜、会えるのはうれしいな♡」

「オレも♡ ……ふあぁああああ……。腹いっぱいになったら、眠くなってきたな……昨日、よく眠れなかったし」


 “オレも♡”という言葉とともに、快斗が花梨の唇にちゅっとキスを落とす。
 唐揚げを食べたあとだからか、互いの唇はテカテカと輝いた。


「そうだったんだ?」

「オメーのことが心配でな?」

「う……そ、そっかごめんね。そうだよね、気になっちゃうよね」


 チラッと快斗に目を向けられ、花梨は眉を下げる。

 ……昨日の写真は、知り合いに頼んだもの――。

 花梨は強引にそうしてしまった。
 快斗は恐らく納得してくれていない。

 だが彼は、それ以上踏み込まないようにしてくれている。


「けど本当、大したことじゃなくてよかったよな?」

「ぁ……うん。本当に……。心配かけてごめんね?」


 ……優しい快斗の声に、昨日見た写真を思い出す。
 彼に心配をかけてしまっていることが、心苦しくて仕方ない。

 様子をうかがうように覗き込まれて、花梨は申し訳なさに頭を下げた。


「……いいよ。オレが勝手に心配してるだけだから」


 俯く花梨の頭に、快斗の手がぽんぽんと置かれる。
 彼の優しいその声に、花梨は胸がぎゅっと締め付けられた。


「快斗……」


 ――ごめんね、快斗……。


 昨日のことは――どうしても言えないの。
 あなたを巻き込みたくないから。

 ……さて、どうやって笑顔を作ろう……?

 花梨は目の奥が痛むのを感じたが、キュッと口角を上げる。
 そんなとき、快斗から声がかかった。


「なあ、花梨」

「はい……?」

「膝枕して♡」


 花梨が顔を上げると、快斗はいつもの明朗な笑みを浮かべて、上体を倒してくる。太ももに頭をのせた。
 そうして快斗は腹の前で手を組み、すぐに目を閉じ安らいだ顔――。


「……お昼寝、するの?」

「うん♡ 10分経ったら起こして」


(は~♡ やわらけ~最高~♡ けど、あんま体重かけないようにしねーとな……)


 目を閉じながら、花梨に重さを感じさせないよう、持ち前の身体能力で少し首を浮かせておく。


「ん、わかった。おやすみなさい……?」

「おやすみ♡」


 花梨は、“全然重くないんだけど……”と不思議に思いながら、眠り始めた快斗の目蓋に陽が当たらないよう、手で影を作った。
 ……その影の形が、まるで彼を守るための翼のようだった。



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