白月の君といつまでも

-- Spring, about 16 years old
014:来訪者は警察官①







「っ? あ、あの……?」

「向こうの部屋でいいか?」


 自宅マンションの廊下で困惑する花梨の前を、エアロバイクを担いだ、爪楊枝を口に咥えた強面の大男が通り過ぎた。
 男は花梨の部屋ではない空き部屋を、口をすぼめて爪楊枝で差し示す。

 ……今日は日曜日で学校は休み。
 新一とも特に約束していないため、本日の訪問はゼロ――のはずなのだが。


「こ、これはいったいどういう……?」

「ん? エアロバイクだが?」

「それはわかりますけど……いや、あの、さっき陣平さんがランニングマシンを持って来てくれて、ですね……」

「お、あいつもう来てたのか。目聡いなー。やっぱ警察だと情報仕入れんのが早ぇな」


 狼狽える花梨をよそに、男はエアロバイクを担いだままカラカラと笑った。
 時折、薬指にはめた指輪がエアロバイクの金属部分に触れ、カンカンと小さな音を立てる。


「はんちょう! だからそれは!?」


 思わず花梨の口から出た男の名は“はんちょう”ではなく、彼は【伊達航】。
 のちにわかるのだが、元警察官で、現在は民間警備会社勤務のサラリーマン。
 警察官だった頃に花梨と出会い、知り合いから花梨が東都に引っ越してきたと聞き、久しぶりに様子を見に来たという。


「だからエアロバイク。お前、引きこもってんだろ? 身体鍛えねえとな」

「身体鍛えるったって……はんちょうも……?」

「今時女も体力勝負なとこあるだろ? ひ弱なままじゃな。この部屋でいいか?」


 “Karin’s room”と書かれたネームプレートが掲げられている部屋を通り過ぎ、奥の部屋のドアへ向かう。


「あっ、今零お兄ちゃんが……」


 花梨の制止などお構いなしに、伊達はガチャリとドアを開けた。


「あ、班長! お疲れさまです」


 部屋の中から、また別の男の声。
 “零お兄ちゃん”――花梨がそう呼んだ男の名は【降谷零】という。
 褐色の肌に、陽の光で白金にも見えるミルクティー色の髪。顔のパーツが整っており眉目秀麗で女性にモテそうな風貌。
 彼もまた、以前職務中に花梨と出逢った警察官だ。


「ゼロじゃねーか! 直接会うのは久しぶりだな」

「お久しぶりです」

「連絡ありがとよ。ゼロも花梨を鍛えてやろうって?」

「はい、そんなところですかね。あ、花梨ちゃん。もう少しで終わるから向こうで待ってていいよ。あとで呼ぶ」


 大きく開いたドアの反動で、伊達が部屋に入ると勝手に閉まり始める。
 伊達と降谷の会話は続くようで、降谷の「リビングで待っててね」が聞こえたところで、花梨は……。


「あ、はぁい……」


 ――なんで、警官が家に集まってるの……!?


 困惑しながらリビングに戻った。


「おー、花梨。おかわり。お茶くれお茶、のど乾いたわ」

「陣平さん……。あの、いつまでこちらにいらっしゃるおつもりで……」


 リビングに戻ると、休みだというこれまた警察官の男、【松田陣平】がソファにふんぞり返り、花梨の携帯ゲーム機で最新作のゲームをプレイ中。


「チッ、こんなところにバナナ置いたの誰だよ! 抜かされただろうが!」


 カーレースゲームに舌打ちしながら、カーブに差し掛かる度身体を左右に動かし楽しそうである。
 室内だというのにサングラスと咥え煙草……。
 花梨の家のためか、未成年に配慮し火は点けていない。

 松田は降谷とは違う系統のイケメンだ。
 元々花梨は人の見た目にはこだわらない人間。以前は気にしたこともなかったが、高校生になりテレビや雑誌で多少の知識を得た花梨は、ようやく“顔の系統”の違いがわかるようになってきた。

 どうやら昨今の警察は顔面偏差値が高いらしい。
 ……だからと言ってどうというわけでもない。
 イケメンというステータスをもってしても、花梨は松田少し苦手だった。

 携帯ゲーム機のIDには、花梨と新一の名前しかなかったはずだが、すでに“じんぺー”と登録されている。


 ――いつの間に……。


 この人口悪いし、強引だし、すぐ突っかかってくるから苦手なんだよね……。
 まるで自分の家かのように寛ぐ松田の姿に花梨の目は糸目へと変化。

 きっとこの人には何を言っても無駄なのだと悟り、お茶のおかわりを用意するためキッチンへ向かった。


「JKとゼロ、二人きりにできねーだろ。何があるかわかったもんじゃねー」

「零お兄ちゃんは変なことしないと思いますけど」

「わーかんねーよ~? 案外、ああいう真面目くんが一番危なかったりするんだぜー?」


 松田がサングラスを上げ、キッチンの花梨へニヤリと笑う。
 なぜかそのニヤニヤが気に入らない。


「なに言ってるんですか……。私未成年ですよ。それに不細工だし……」

「うわっ、しばらく見ねぇうちに、すっかり性格がひん曲がっちまったな! お前、鏡見たことあんのかよ」

「むぅっ!」


 口と眉を歪ませ、人を小馬鹿にするような物言いの松田は最後に鼻で笑った。
 以前もこんな感じで揶揄われたことがあるのだが、それを思い出した花梨の頬はぷくっと膨らむ。


「ははっ! その顔懐かしいなおい!」


 松田はカラカラ笑っている。


「……私だっていろいろあって、苦労してるんです」

「知ってる。だからランニングマシンをプレゼントしてやったんだろー? 今頃パツキン大先生が組み立て終えたんじゃねーの?」

「そんなのもらっても嬉しくない……」


 ――欲しいなんて一言も言ってないし、アポなし訪問だし!


 楽しそうな松田とは対照的に、花梨はガチャンとお茶のおかわりをローテーブルへ乱暴に置いた。
 大荷物を抱え突然来て「ランニングマシンだ、やる」はないと思う。


「なに言ってんだお嬢ちゃん。もらったもんには礼を言うもんだぞ」

「……零お兄ちゃんはEMSだったもん……」


 ……かなり押し付けでしたよね。

 部屋が余っていたからよかったものの、空き部屋が今頃トレーニングルームと化しているのを想像して頭が痛くなる。
 身体を動かすのは嫌いじゃないが、運動は得意ではない。散歩するくらいが性に合っている。

 以前の疲れやすい貧相な身体からすれば、筋肉をつけた方がいいというのはわかるのだが、自宅にマシンを置く程ではないはず。

 そういえば降谷もアポなし訪問、そして EMS スーツをプレゼントしてきた。
 松田が「組み立て面倒くせ」と言ったら降谷が、「花梨ちゃんが使うのだからしっかり組み立てないと。僕がやるよ」と引き受けてくれたらしい。


 ――誰も彼も、私に体力を付けさせたいってことなのかな。


 現在自宅にいる警察官は三人。
 花梨は彼らに物申したいことが山ほどある。


「楽して筋肉つけようなんざ甘いな。さすが女子高生」

「むぅっ!」

「アッハッハッハ! やっぱお前かわいーな!」


 揶揄うように額を人差し指でトンと突かれ、花梨の頬がまたも膨らむ。


「もうっ、陣平さんきらいっ!」

「ハッ! すきなくせに!」

「零お兄ちゃんの方が好きだもん」


 ――零お兄ちゃんはいつも冷静だし、生真面目な人だし。


 新ちゃんと似てるところがあるんだよね……と、花梨は初めて降谷と出会った日の印象を思い返すのだった。



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