白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
146:眩い笑顔の裏側







 次の日――。


「おはよー、花梨♡」

「おはよう、快斗。いいお天気だね」


 花梨がマンションのエントランスを出ると、快斗がいつものように朝陽に輝く爽やかな笑顔で待っている。
 ……いったい、いつから待っていたのだろうか。

 特に一緒に行こうと誘ったりはしていないが、いつの間にか、快斗は“お仕事”で学校を休まない限り、毎朝こうして迎えに来ていた。


「ん」


 快斗は手を差し出す。


「ううん、大丈夫だよ」

「いいからいいから」


 「鞄貸して」と、荷物まで持ってくれようとするため、花梨は申し訳なくて毎度断りを入れているが、快斗は軽やかに彼女の鞄を奪う。


「……重いのに……いつも、ありがとう」

「どーいたしまして!」


 花梨がお礼を言うと、空いた手が彼女の手を取った。
 手を繋いで登校することが増えたのは、クラスに花梨の真の姿がばれてから。

 教室に入るまで、周囲に見せつけるように堂々と歩くものだから、学校ではすっかり公認カップルになってしまった。

 ……今日は晴天。
 ここのところ、晴れが続いていて気持ちの良い朝だ。


「ん、あれ? どした?」


 学校に向かい始めた二人だが、快斗はふと足を止めた。


「ん?」

「花梨、昨日泣いた? 目、腫れてない?」


 繋いでいた手を放し、快斗の人差し指が花梨の顎を捉えて上向かせると、覗き込む。
 今日の彼女の目は泣いたのかどうか――、少し腫れぼったい。


「えっ!? あ~……夜、ちょっと感動する映画観ちゃって……」


 えへへ……と、微笑んだ花梨は目を擦った。

 ……その声が、いつもよりわずかに掠れている。
 快斗の親指は、彼女の頬に触れる寸前で止まった。


「……へえ、どんな?」

「へっ? ど、どんなって……ンー……。あはっ、タイトル長くて忘れちゃった♡」


 快斗に突っ込まれ、花梨は顎に人差し指を当て視線を彷徨わせる。
 ど忘れしてしまったと笑顔を見せた。

 ……白い睫毛が上下に揺れ、朝陽がその金の瞳をきらめかせる。


(は~。花梨は今日も綺麗だなぁ~♡)


 感動した映画のタイトルを忘れるとは……まあ、花梨ならありうるか――と快斗は妙に納得しつつ、今日も眩い彼女を見下ろした。


「なーんだ。オレも観てみようと思ったのに」

「思い出したら教えるよ」

「ああ、よろしく~。じゃあ、行くか♡」

「ぁ……うん……」


 快斗が改めて差し出した手に、花梨は一瞬躊躇する。けれど、そっと手を取った。


「花梨……?」

「ん?」

「いや……なんでもねえ……」


 花梨の態度が何か引っかかる。
 昨日の写真が気になっているのかもしれない。


(やっぱ、なんかおかしいよな……? 笑い方が、昨日と同じで……無理してる……?)


 快斗の胸に、少しだけ不安がよぎった。

 ……花梨は胸の奥のざらつきをそっと押し込めるように微笑む。


「ね、快斗」

「ン~?」

「……金曜、楽しみだね」


 朝の冷たく澄んだ空気を吸いながら、住宅街を歩く。
 話題は今週金曜の旅行のこと――。


「だなっ♡ まあ、お邪魔虫の青子もいるけど♪」

「青子ちゃんがいるの、うれしいよ?」

「え、そうなのか!?」

「うんうん。青子ちゃん大好き♡」


 ……そもそも、ロイヤル・エクスプレスの切符を頼んでくれたのは青子である。
 快斗の態度は失礼過ぎやしないだろうか――。

 花梨は快斗との列車旅行も楽しみだが、青子と一緒だということが嬉しくて仕方ない。
 青子、彼女は高一の時から花梨によくしてくれる大好きな女友達である。
 彼女が一緒なら、最期に楽しい思い出作りができそうだ。


「……はあ、なんかがっかり。絶対オレと二人きりの方がいいじゃん。けどあれだな、オレずっとそばにいらんねーし、青子がいた方が安心か……」


 嬉しそうに花梨が話すためか、快斗はガクッと肩を落とす。

 だが、今回はキッドの仕事も兼ねているからしょうがない。
 信用の置ける青子がそばにいてくれれば、それはそれで安心というもの。

 きっと権堂もついてくるだろうし――花梨の守りは問題なしだ。

 ……チラッと背後を窺うと、柱の影から権堂がサムズアップでこちらを見ていた。


「ふふふ♡」

「金曜は、あんま相手してあげられないと思うけどごめんな? 大阪着いたら埋め合わせすっから」


 にこにこと微笑んでいる花梨へ、快斗は軽く頭を下げる。

 この埋め合わせは大阪で……。
 せっかく大阪に行くのだから、一泊して帰ってくればいい。

 花梨は大阪に住んでいたこともあると聞いているから、観光――は、あまり興味がないかもしれないが、その土地を離れてから観光客として訪れると、また違った魅力も見えてくるはず。

 当日は夕方出発だから、大阪に着いたらすぐにホテルに向かう予定だ。
 高校生という手前、部屋は別々に取ったが、一泊した翌日は土曜――。

 ……大阪まで、暗殺者が現れるかは定かではない。

 そもそも今回、快斗は花梨と離れたくなくて彼女を連れていく。
 トロピカルランドでは、危険な目に遭わせてしまっているから、警戒は怠らず、彼女が行きたそうな場所に連れていってやりたいと思っている。


「んーん。いいよ~、怪我に気をつけて、お仕事頑張ってね」

「花梨ちゃん……♡ 花梨が応援してくれるから、オレ、がんばっちゃう♡」


 花梨から、ふんわり柔らかい優しい笑顔が返ってきて、快斗の表情はデレデレと――緩みに緩んだ。

 花梨が笑えば、それだけで世界が明るくなる気がする。
 ……その笑顔を疑うことが怖かった。

 だからこそ――その奥に、何が隠れているのかを、快斗は怖くて訊けなかった。



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