白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
141:名指しの鍵







「ふむ……(杯戸駅のロッカーB32か? 先に見に行くか……)」


 カトラリーの補充をしながら快斗は思考の整理をする。
 花梨がフロントで受け取ったのは、杯戸駅のロッカーの鍵――。

 権堂がすぐ後ろについて行ったから、快斗は何かあってもすぐに飛び降りて駆けつけられるように、カフェからフロントを見下ろしつつ、花梨とコナンの会話をイヤホン越しに聞いていた。


(差出人は不明って……なあ……)


 コナンが「……ボク、これヤバい気がする」と言っていたが、快斗も同意見である。

 ……あの子は幼いながら、勘が鋭く冴えていた。
 頭の回転も速いし、まるで身体だけ小さくなった大人みたいな話し方をする。
 しかも花梨に対する感情は、大人顔負けときた。

 口調も生意気だし――と。

 ……ほんの数メートル先で花梨がコナンを伴い、元の席に着く。
 蘭と楽しそうに話し始めた。

 快斗の声は、彼がスイッチを押さない限り花梨に聞こえないが、彼女の会話はすべて筒抜けだ。
 今の内容は、主にケーキのこと――。


「おかえり~。お届け物、どうだった? あ、そうそう、ねぇ花梨ちゃん、さっき新しいケーキが補充されたよ~♡」

「わぁ~、取りに行かなきゃ! なんていうケーキ?」

「サヴァランだって!」

「サヴァラン? サヴァランってなあに?」

「さ~? でもとってもおいしかったよ~♡ 私、三つも食べちゃった~♡」

「そんなにおいしいの!? 食べる食べる!」

「うんうん、取っておいで~♡ 食べるとふわふわ~ってなって~……」


 そう話す蘭の顔は赤い。
 コナンが「蘭姉ちゃん……酔ってない?」と水を蘭に渡しているが、蘭は「酔ってない酔ってない♡ ぜ~んぜん酔ってないっ♡」なんて渡された水をがぶ飲みしている。

 ……花梨は酔っ払った蘭の介抱に追われるコナンの隙を見て、一人でサヴァランを取りに行った。


(あの子、サヴァラン三つも食ったんか……そりゃ酔うだろ……)


 サヴァランは洋酒を使ったケーキだ。
 主にラム酒かブランデーをたっぷり染み込ませたもの……。
 未成年の蘭が食べれば酔うのは当たり前である。


「……花梨、そのケーキはあんまりおすすめしないな」


 快斗はテーブルの汚れを拭き取るフリをしながら、ポーカーフェイスのまま喉のインカムに声を乗せた。


『え? そうなの?』

「酒がたっぷり入ってるから、酔うぞ。食べてもいいけど、一個までな?」

『そうなんだ? え~、じゃあいっぱい食べようかな~♡』

「ちょっ!? なんでだよっ!? 酔ったらどうすんの!? 説明書きに書いてあるだろっ!」


 天邪鬼な返答がイヤホンから聞こえて、ガクッと快斗の肩が落ちる。


『え? ホントだ~。倒れてて気づかなかった。お酒飲んだことないから、合法的に飲める? かな~って』

「なにそれ……あ~、もう、酔っても知らねーぞ?」


 ――酔ったら酔ったで、連れて帰ってやるからまあいいか……。


 花梨の軽やかな声に快斗から“ふっ”と思わず笑いが漏れる。
 さっきはロッカーの鍵を前に、不安そうな声を出していたというのに、今は楽しそうだ。

 彼女が憂いを感じていないのなら、快斗はそれだけでいい。

 ……注意はした。
 それ以上は自分が責任をもってやる。

 そんなことを考えていると――。


『わかった。快斗の言う通り、一個にしとくね~』

「フッ……いい子だ」


 花梨から色よい返事がして快斗は口角を上げた。


(花梨はホント、いい子だよなあ……♡ と、さて――)


 得体の知れない相手から受け取った鍵……。
 もし、そのロッカーに爆弾でも入っていようものなら――。

 嫌な予感がした快斗は周囲を気にしつつ、静かに口を開いた。


「花梨、黙ったまま聞いてくれ。もしロッカーに爆弾が入っていたらどうする?」

『ばっ、ばくだ……っ』


 ……言いかけて、花梨は口を閉じる。
 少し大きくなったその声に、コナンが蘭を介抱しながらチラッと花梨に目を向けたが、花梨はにこっとはにかみ、軽く手を振って誤魔化す。

 コナンの頬はぽっと赤く色づいて、遠慮がちに手を振り返した。


「だって、おかしいだろ? 花梨は宿泊客じゃないんだぜ? しかも滞在時間は一時間もなかった。なのに名指しで呼び出しって、いったい誰が?」


 広田雅美の線もあるが、彼女とはもう既に会っている。
 花梨に何か渡したいのなら、直接渡しただろう。

 彼女から花梨へは、敵意というより、好意に近いものを感じた。
 だから彼女は違う気がする。

 ……快斗は話を続けつつ、花梨に背を向けながら、客が先ほど退席した近くのテーブルを片づけ始めた。


『……爆弾か……どうしよう?』

「中身が何かはわかんねーけど、オレ、先に見てくるから鍵くれ、鍵」


 ……先に確認が取れたら、安心して花梨に中身を渡してやれる。
 快斗はそう思い花梨をチラ見したのだが――。


『――ダメ』


 花梨は首を横に振っていた。


「なんで!?」


 彼女の答えに快斗の語気が強くなる。
 ……急な大声に近くを通った客が驚き、「きゃっ」とケーキを落としそうになった。


『……私宛に渡されたものだもの、私が確認しなきゃ。ちょっと怖いけど……“私へのメッセージ”だから……』

「けど、お前になにかあったらオレ……。それだけは、絶対に嫌だ」


 ……花梨の言いたいことはわかる。

 だが、今日は日曜――。
 昨日、何も無かったのだから、今日、何か起こる確率は高い。

 もし昨日、諸伏の方で阻止してくれているのであれば、問題ないのだが……生憎そこまで頻繁に連絡を取り合う仲じゃないし、彼は彼で忙しいのか、既読にはなるものの、返信はいつも遅れがちだ。

 危機感がなさ過ぎる彼女に、どう言えば納得してもらえるのだろうか……。

 快斗はテーブルを拭く手を止めて、なんて説得しようか考える。
 しかし、その前に――。


『……じゃあ、一緒に行く? 駅で待ち合わせしようよ。もし心配なら、来てくれるかはわかんないけど……陣平さん呼ぶ?』

「げ。松田……?」


 花梨から出た名前に、快斗は露骨に顔を歪めた。
 あの“大人の余裕”を振りかざして花梨を撫でまわす男の顔が浮かび、胃のあたりがチリリと焼けるような感覚に襲われる。


『ふふふっ、快斗って陣平さん苦手よね』

「あいつ、説教が長くて……」


 快斗の背中側で、ケーキを取る花梨の、くすくすという可愛い笑い声が聞こえた。


『ふふふ♡ 陣平さんなら、もし爆弾だったとしても無効化してくれると思うよ。あ、来てくれたらの話だけどね』

「いや、秒で来るだろ、あの人……」

『まっさか~』


 “まっさか~”なんて花梨は笑っているが、快斗にはわかる。

 ……松田は花梨を猫可愛がりしているのだ。
 それこそ、花梨を“白猫”などと称し、愛情のこもったまなざしで見ている。


(呼べば「はい! 喜んで~!」なんて言って、きっとすぐ来るに決まってるじゃねーか)


「……んー……どうすっかな。けど……そうするしかねーか」


 確かに松田が来てくれれば、対爆弾もそこまで怖くはない。

 快斗は花梨同様、松田が少々苦手だが、爆弾処理において彼ほど頼もしい男はいないことはわかっている。

 ……米花公園での一件で花梨と警察署に行った際、松田が家まで送ってくれたが、彼と駐車場に向かう途中、署内で聞いた話だ――。


『松田さん! この間の爆弾処理、お見事でしたね! すごい複雑な配線だったらしいじゃないですか!』

『爆処の皆さん、戻って来てくれないかーって泣いてましたよ』

『松田さんの手に掛かると、時限式爆弾も秒で解除ですもんね!』


 ……なんて声が聞こえた。

 爆弾における、松田の処理技術はかなりのものらしい。
 本人は「あー、どーも」なんて素っ気ない返事をしていたが、花梨が「陣平さんてすごい人なんだ~」と言えば、「お前のおかげだよ」などと言って、なぜか優しく笑って花梨の頭を撫でていた。


『オレの彼女の頭、気安く“ぽんぽん”す・ん・なっ!』

『ほいほい、黒羽くんも撫でてあげような~~?』


 快斗が松田に突っかかると、松田は快斗の頭を撫でてきて余裕の笑み――。
 花梨にも「快斗ってば、陣平さんに頭撫でて欲しかったの~?」とくすくす笑われて。

 そのあとまた、松田は花梨の頭を撫で過ぎて、結局嫌がられていたわけだが……。


(ああいう“大人の余裕”ってやつ……正直、苦手だ)


 花梨のことを狙っている奴を、呼び出すのは気が進まない。


(もし、あいつが来たら……花梨のやつ、もしかして……)


『わぁ~すごーい♡ 陣平さんて頼りになる~!』

『ハハハ! だろっ? お前の彼氏よりは頼りになるぞ!』

『そうだね~♡』

『黒羽なんてやめて、俺にしねえ?』

『そうだね~♡』


 ロッカーに入っていた爆弾をあっという間に処理し、花梨が喜び、松田が花梨の頭をナデナデ――。
 なんてことを思い浮かべた快斗の胸中はモヤモヤ。


(ちょっと想像しただけでイラつくって、オレどうかしてる……)


 ……それでも、この場は松田が頼りになりそうだ。


「はぁ……呼んでみるかぁ~」

『それで快斗が安心できるなら、呼ぶよ?』

「……う~ん、でも、ふくざつ~!!」


 「あ~~!!」と快斗は頭をかきむしる。
 周りの人々が快斗を奇異な目で見ていた。


『ん? なにがフクザツ? あ、メッセージ送ってみるね。ただのロッカーの確認だし、お仕事中だと思うし――来てくれないかもだけど』


 そんな花梨の言葉を聞き、快斗は「はは……」と鼻を鳴らした。


「いや、あいつはぜってー来るって」


(非番だろうが何だろうが、花梨の頼みならあの爆弾バカ、二つ返事で飛んでくるに決まってんだろ……)


 確信めいた快斗の言葉に花梨は首をかしげ、甘いものに飽きたのか、サンドイッチを皿にのせている。

 ……幸いにも、快斗の複雑な想いはまだ、花梨には気づかれていないようだ。



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