白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
138:甘い時間と秘密の贈り物







 ホテル二階にあるカフェは、多くの人で賑わっていた。
 人気のパティスリー監修によるケーキバイキングは、この時期だけの期間限定。
 花梨たちは十分ほど並んで席に案内され、それぞれ好きなケーキを取りに行く。


「ね、花梨ちゃん、ピスタチオのムースだって! おいしそう!」

「ホントだ~。キレイな色してるね~、すごいなあ……。上にラズベリー乗ってる……宝石みたい!」


 蘭が一番にトングを手に取り、ガラスのショーケースから丁寧にピスタチオのムースを取り出すと、花梨もその隣に並ぶ。

 柔らかなグリーンのドーム型ムースは、表面がつややかで滑らか。上にちょこんとラズベリーと金箔が乗っていて、まるで絵画の中のお菓子のようだった。


「う、わあ……ねえ、蘭ちゃん。どうしてケーキって、こんなに可愛いんだろ……食べるのもったいないね」

「でも食べる! 今日はお父さんの奢りだし、ダイエット忘れて楽しむって決めたんだ~♪」


 そう言いながら、蘭はピスタチオの隣に並んでいた紫芋モンブランにも手を伸ばす。


「これもすごく綺麗……紫芋のクリームがぐるぐるって、お花みたいだね~。蘭ちゃんいいチョイスだよ~」

「でしょ? あっ、でも中に栗とクリーム入ってるんだって。中身はちょっとびっくりするかも」

「ふふっ、食べてからのお楽しみってやつだね♪」


 一方で、花梨は洋梨と紅茶のタルトを選んでいた。タルトの上にきれいに並んだ洋梨のスライスが、ほのかに光を反射していて、中心には小さなエディブルフラワーが添えられている。


「ねえ、蘭ちゃん。これ……アールグレイの香りがする気がする……。嗅いでみて?」

「ほんとだ……おしゃれだね~! お皿まで香水を振ったみたい」


 そんなふたりの様子を、やや距離を置いて眺めていたコナンは、最終的にベリーのジュレ・ヴェリーヌ(ゼリーのグラスデザート)をトレイに乗せた。


「……別に、ボクは甘いのそこまで好きってわけじゃ……ないけど……」

「え~? でもそれ、一番かわいいやつ選んでない?」

「ち、ちがっ……! これは口直しにいいって説明書きがあったからで――」

「ぷっ、素直じゃないんだからぁ~」


 蘭がからかうと、コナンの頬がじわりと赤くなる。


「ほらほら、こっちにもあるよ! シャインマスカットのレアチーズタルト! 花梨ちゃん、見て~!」

「わぁ……透明なジュレの中にマスカットが閉じ込められてる……キラキラしてて、指輪みたい!」


 その宝石みたいなケーキを前に花梨の瞳が輝く。彼女の嬉しそうな顔を見ているだけで、コナンの胸がまたちくんと疼いた。


「……(オレも、なんか……ケーキのひとつくらい、選んでやりたかったな)」


 けれどそんな想いは口には出さず、黙って自分のグラスデザートを見つめるだけ。


「……でさ、これ見て。マロンショコラのプティ・ガトー。ツヤッツヤで、鏡みたい」


 蘭は小さなチョコレートケーキをつまんで見せる。


「ほんとだ……。これ、コーティングどうやってるんだろ。プロの技って感じ……」

「チョコと栗って、組み合わせ的にちょっと重いのかな~と思ったけど、食べてみたらびっくりするくらい上品だったよ?」

「……へぇ。あ、でも見た目で選ぶなら、私はこっちのほうじ茶と黒蜜のロールケーキが気になるかな」


 花梨は落ち着いた色味のロールケーキを指差す。

 ふわふわのほうじ茶生地に黒蜜のマーブル模様。上品な和菓子のような佇まいに、香ばしい香りがふわりと漂ってくる。


「お婆さまにも食べさせてあげたいなあ、って思っちゃった」

「花梨ちゃん、やさしいな~」

「……そ、それ、ボクも思ったよ。和菓子みたいだって」


 コナンが珍しく真面目に同意すると、花梨がぱっと振り向いてふわりと微笑みかけた。


「ふふっ、嬉しい。じゃあ、お揃いだねっ」

「~~っ!」


 花梨の愛らしい笑みにコナンは俯き、黙ってトレイのケーキを見つめる。

 ……目の前のケーキより、お前の笑顔の方が何倍も甘い。
 それを自分だけが知っている気がして、コナンは少しだけ誇らしくなった。









 ……それは、花梨がケーキ台の前でひとりになったタイミングだった。

 蘭とコナンがドリンクバーへと足を運んでいったのを見計らい、快斗は背後から静かに近づく。
 制服のネクタイを軽く整え、給仕用トレイを脇に抱えたまま、彼女の耳元でふっと低く囁いた。


「……オレのおすすめ、チョコアイス♡」

「えっ……?」


 耳に息を吹きかけられて、花梨はびくりと肩を揺らす。
 聞き慣れた声に反応して、とっさに振り向いた。

 けれどそこに立っていたのは――黒のベストに白シャツ、蝶ネクタイを締めたホテルスタッフのウェイター。

 けれどその目、その口元、そのいたずらっぽい笑み。
 誰よりも知っている、彼の顔。


「か、快斗……!?」

「へへっ。今日は花梨の驚く顔、たっくさん見れて嬉しいなぁ~♪ さっきの廊下でもびっくりしてたよな?」


 快斗は得意げに笑うと、給仕用トレイを片手にクルリと一回転した。


「でもさ、甘いもんばっか食ってると飽きるっしょ? あっちの奥にミニサンドイッチとスープもあるからな~。花梨の分、しれっと多めに出しておいたぜ♡」

「……快斗ってば……ほんとに……ふふっ」


 呆れたように笑いながらも、頬を染めて目を細める花梨に、快斗は胸がギュッと熱くなるのを感じて勝手に目尻が緩んだ。

 この笑顔が見たくて、何度でも変装するし、何度でも驚かせたいと思う。
 それが自分の“しあわせ”だって、最近やっとちゃんと気づくことができた。


「チョコアイスも、こっそり花梨の分だけちょっと多めに盛っといたからな。オレの愛情、てんこ盛り♡」

「ちょっ……ダメだよ、ばれたら……!」


 慌てる花梨の様子に、快斗は満足気にふふんと鼻を鳴らす。


「バレる前に逃げまーす♡ ……あとで感想聞かせろよ? じゃっ♪」


 ひらりと片手を挙げ、クルリと身を翻すと、快斗は他の客の元へと給仕に向かっていった。
 ……それは、まるで口笛でも吹くような軽やかさで、浮かれたオーラが全開だった。

 その様子を見て、花梨の頬はますます赤くなる。


(もう……ほんと、自由なんだから……でも、ありがとう、快斗)


 胸の中がじんわりと温かくなって、花梨はそっと、アイスコーナーの冷たいショーケースへと向かっていった。

 そこには、他よりもほんの少しだけ――確かに“てんこ盛り”になっている、チョコアイスの器が待っていた。









 花梨は、ミントの葉が飾られたその“チョコアイスてんこ盛り”を小さなお皿ごとそっと手に取った。
 艶やかなカカオ色の曲線。なめらかに盛りつけられたその姿からも、快斗の“本気”がにじみ出ている。


 ――本当に、チョコレートアイスが好きなんだなぁ。


 そんなことを思いながら、花梨はフォークではなく小さなデザートスプーンを手に取ると、アイスを一口すくい、口元へと運んだ。


「……ん」


 口に入れた瞬間、やさしい甘さがじんわりと広がる。

 ミルクのコクが感じられるなめらかな口当たりと、カカオのほろ苦さが絶妙に溶け合って――甘いだけじゃない、大人っぽい味わい。


「……あ、おいしい……!」


 自然と笑みがこぼれた。


(チョコだけど、後味が重くない……。ふんわりしてて、どこか快斗みたいな味……かな)


 スプーンをもう一度口に運びながら、ふふっと笑う。
 ……その笑顔を、遠くから見ている男が一人いた。

 快斗だ。

 少し離れた給仕カウンターの陰に隠れて、制服の帽子のつばを指で軽くつまみながら、愛おしそうに目を細めて、花梨の表情をじっと見つめていた。


(……っしゃ♡ 今、笑った……! オレのチョコアイスで笑ったぞ……!)


 ――彼女が嬉しそうに食べてくれている、それだけで。


 そのスプーンがもう一口、またもう一口と進んでいくたびに、快斗の心はふわふわと浮かぶように軽くなる。


 ――別に、食レポを求めてたわけじゃない。


 ただ、美味しいと思ってもらえたら。
 ちょっとでも、オレのこと思い出してもらえたら。
 そして、できれば、笑ってくれたら――。

 その全部が叶った今、快斗の口元にはもう、我慢しきれないくらいのにやけ顔が浮かんでいた。


「はぁ~~、もう一生あの顔見てられる……ごちそうさま……♡」


 思わず独りごちる快斗。

 そんな幸せそうな顔をしている快斗の姿を、ケーキ台の奥から見つけた花梨は――ほんの少しだけ、チョコアイスのスプーンを彼に向けて、そっと微笑んでみせた。

 それに気づいた快斗は、一瞬目を丸くし――そして、最高に嬉しそうにウインクひとつ。


「へへっ……マジで好きがすぎる……♡」


 帽子の下で、ぼそっとつぶやいた声は、誰にも聞こえなかった。



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