白月の君といつまでも
-- Spring, about 16 years old
013:教室でもらった白いバラ
◇
「はい、花梨ちゃん。プリント」
「あ、ど、ども……(花梨ちゃん……)」
江古田高校へと入学した花梨は、真新しい制服を身に纏い、授業を受けていた。
前の席の【中森青子】が配られたプリントを花梨に手渡してくる。
……四月が終わり、五月の半ば。
花梨はまだクラスメイトと打ち解けられてはおらず、一人で過ごしていた。
だが五月に入り席替えをしてからというもの、前の席のこの青子という少女は人懐っこい人物らしく、時々気さくに声を掛けてくる。
「あっ、これ可愛い~! 花梨ちゃんセンスいいね! どこで買ったの?」
「……ぁ。ぇと……」
青子は可愛らしい女の子で、幼なじみの蘭に少し似ている。
明るく話し掛けられた花梨は、蘭に声を掛けられている気がして、気まずく苦笑した。
――中森さんは蘭ちゃんじゃないのに……。
彼女が褒めてくれたのは、キャラクターもののシャープペンシル。
新一に付き合ってもらって行った店で買った限定品だ。
現在の花梨は、子どもの頃は「駄目」と言われて買うことが許されなかった女の子向けグッズを集めて、心を癒す毎日。
店を教えること自体は構わないが、親密になることが怖い。
親しくなったあとで裏切られた中学時代を思い出すと、胸が苦しくなる。
……顔を上げることができなかった。
高校生になれば、同級生たちもそれなりに精神的成長をしている。
小中学生時代のように、無闇に非のない人間を突然貶めたりすることはないだろう。
とはいえ、仲の良い子たちはすでにグループができている。
花梨はどのグループにも属していないどころか、まだ誰とも会話すら殆どできていない。
誰かと友達になりたくないわけではないが、一人に慣れてしまって、このままでもいいような気がしているのはもう――末期かもしれない。
こんなことばかりで花梨は自分で自分が情けない。
口からは小さく“はぁ”とため息が漏れた。
「おーい、青子。消しゴム貸してくれよ」
「なによ快斗、また忘れたの?」
「そうなんだよー。青子さまっ、どうぞ憐れな私めに消しゴムをお貸しくださいっ!」
顔を俯けていると、隣の席の男の子が青子に声を掛けているのが聞こえた。
その声の主は【黒羽快斗】。
初めて教室に入ってきた彼を見た時、花梨は驚いた。
彼は花梨の幼なじみ、新一に似ていたのだ。
似ているなんてものじゃなく声までそっくり。
少し癖っ毛な髪型を変えれば新一だと勘違いしてしまうほどで。
他人の空似なんてあるんだな~、などと思いながら、たまに彼が視界に入ると新一を思い出して連絡を取りたくなる。
青子と快斗、二人は幼なじみらしく、入学初日からこうして仲の良いやり取りを繰り返している。
喧嘩も多いが、いつの間にか仲直りするので「夫婦みたい」なんて揶揄されることもしばしば。
「仕方ないわねー。ほら、すぐ返しなさいよ?」
「サンキュー青子! 今日も輝いてるぜ!」
「はっ!? バカなこと言ってんじゃないわよっ!」
今日は喧嘩に至らず、快斗は借りた消しゴムでプリントを修正。
使用後すぐに青子に返そうと消しゴムを差し出した。
青子がそれを受け取ろうとした瞬間――ポンッ。
消しゴムは突然消え、一輪の白いバラに変わった。
「っ!!」
目の前でバラに変わった消しゴムに、花梨は息を呑む。
「……す、ご、ぃ……」
――今どうやってやったの?
花梨が生のマジックを見たのはこれが初めて。
消しゴムが一瞬でバラに変わり、思わず声が漏れた。
「……これはキミに」
「ぇ。ぁ、ど、どうも……?」
花梨の驚きが心地よかったのか、快斗が柔らかく微笑み、白いバラを差し出してくる。
……どうやらバラをプレゼントしてくれたらしい。
流れるように自然でスマートな所作に、花梨は思わず受け取ってしまう。
いつもならよく知らない人から物を受け取ったりしないのに、新一に似ていると思うとどうも調子が狂ってしまう。
「うわっ、キッザ~。花梨ちゃん、よかったね。って、私の消しゴムはー!?」
「はははは! オメーの机に戻ってんだろ!」
「はっ!? いつの間に!?」
青子の消しゴムはすでに机の上に戻っていて、「こらー黒羽、中森うるさいぞー」と先生から注意が飛ぶ。
「あんたのせいだからね」
「へーいへい。前向けば?」
「っるさいわね……!」
……こそこそ言い争う声は、やっぱり今日も健在だった。
その間、花梨はプレゼントされた白いバラをじっと見つめていた。
(白いバラ、きれいね……)
花のプレゼントなんて初めてもらった。
造花かと思いきや、しっかり生花で、花弁がまだ活き活きとしている。
記念にドライフラワーにしようかな……と、花梨はまじまじと手元のバラを見下ろす。
「葵さん、そんなに見つめちゃって……気に入った?」
「……、……へ? ぁ」
青子が前を向いて真剣に授業を聞き始めた頃、快斗が話し掛けてきた。
花梨はぼんやりしていたが、声を掛けられたことに遅れて気付き、僅かに快斗の方へ顔を向け頷く。
目を見て話せないので、俯きがちだ。
「オレ手品得意なんだ。また見せてやろーか?」
「……う……ぃ、ぃぇ……」
「……そっかー、残念」
快斗が片肘をつき、にこっと笑う。
花梨は新一に似ている彼に絆されそうになりながらも、しっかり首を左右に振って断った。
奇術の得意な快斗は明るい性格で、誰にでも気軽に話し掛けるムードメーカー。
休憩時間にはいつも人だかりができ、「おお~!」「すげー!」と歓声が上がっている。
まだ入学して一ヶ月なのに、既にクラスの人気者だ。
しかも頭も良く、クラスメイトの話ではIQが400もあるとか。
……異次元である。
青子も朗らかで愛らしい性格で、男子からの視線が熱い。
自分とは住む世界が違い過ぎて……と、花梨は二人にはあまり近づきたくなかった。
「……ぜってー……――てやるからな」
「……?」
快斗が何か呟いたが、先生の声にかき消されて聞こえず。
花梨が隣を向くと、快斗はもう前を向いてノートを取っていた。
「……ふふっ♪」
……そうだ、今は授業中だった。
ノートを取らなくては。
花梨は白いバラに微笑み掛けてから、机の上にそっと置き、青子の褒めたシャープペンシルでノートを書き始める。
「ぁ……」
バラに微笑み掛けたその横顔を、快斗が窺い見ていたことを、花梨は知らない。
……そんな春から初夏を迎えたある日のこと。