白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
136:七変化の給仕と、二人に囲まれた少年







「ふぅ……」


 ――何を話してたのかは知らねーけど、ま……花梨に何もないならいいか……。


 花梨に雅美と会う前と会った後、特に変わった様子はなかった。
 秘密の多い彼女の、内情を知れたかもしれないチャンスだったが、聞けなかったということは、今はその時じゃないのかもしれない。

 いつか、互いに胸の内を話し合える時がくることを願って、快斗は今日も花梨を見守るのみだ。

 ……ところで花梨はどこに行ったかな?

 雅美の部屋を出た快斗は辺りを見回す。
 権堂が見張ってくれているため、そう心配はしていないが、今日は側に付いていると決めている。

 そうして、快斗は脚立を担いだまま廊下を行き、花梨の姿を発見した。

 花梨は蘭たちとエレベーターホールに向かっているようで、エレベーター前では権堂が宿泊客を装い、呼びボタンも押さずに位置表示灯を見上げている。


(権堂さん、ボタン押してないの、不自然っすよ……)


 あの人、めちゃくちゃ強いけど、潜入捜査とか絶対向かない人だな――なんて、ちょっと抜けてる権堂に快斗は呆れつつ、花梨たちを追い越すべく足を速めた。

 ……花梨たちに近づくと、話し声が聞こえてくる。


「このホテル、二階のカフェでケーキバイキングやってるのよ。よかったら食べてかない? 実は、お父さんに“花梨にご馳走してやれ”って、お金もらってるんだ~♪」

「ケーキバイキング? わぁ……♡ 私、初めて! 今度おじさまにお礼しなきゃ」


 蘭の言う“ケーキバイキング”は、花梨にとって初めての経験らしい。
 花梨の瞳がキラキラと輝いた。


(あーあ、カワイイおめめをキラキラさせやがって……オレが連れて行ってやりたかったなぁ……)


 快斗は花梨が無事なことを今一度確認し、不自然にならないよう、三人の横を通り過ぎる。


「……先ほどは失礼致しました」

「あっ、いえ……」


 追い越す際、別人の声でわざとらしく頭を下げ、お辞儀をした。
 ついでに片目を“ぱちんっ”とウインクを送っておく。
 そんな快斗に花梨は目をぱちくりさせ、一瞬驚いた様子だったが、すぐにやわらかく微笑んだ。

 ……快斗はそのままリネン室へと向かった。


(ケッケッケッ、花梨のやつ、驚いた顔しちゃってさ♡)


 誰もいないリネン室で、先ほどの花梨の様子を思い出し、快斗の口は弧を描く。
 やはり花梨の驚いた顔は何度見ても可愛い。


「はー……。驚いたあとに可愛く笑っちゃうのはさ、反則だよなー。何度オレを惚れさせるわけ? さっきの顔、撮っておけばよかったな……」


 ――ああ、もう好きだ、好きが過ぎる……!!


 サッとスマホを取り出し、待ち受けの花梨に向けて“ちゅっ”と唇を鳴らす。
 定期的に変えている待ち受けの花梨は――今日は泣き顔。
 鼻水が少し垂れていて、ちょっと不細工だけど、やっぱり愛おしい。

 ……木曜、泣いて謝る彼女の写真を撮ったのだ。
 嫌がられたが、“写真を撮らせてくれたら許す”という嘘をついて撮影。
 最新の花梨画像を手に入れた快斗は大満足である。

 花梨が怒っていようと、驚いていようと、笑っていようと、泣き顔でさえも、すべてが愛おしい。
 たとえ冷たい顔をされたとしても――、きっとどんな表情も愛おしいと思うのだろう。

 ……病気だなと自分でもそう思う。

 ただ、それは花梨が美少女だからとか、そういうことではない。
 彼女が花梨だから愛しく思えるのだ。


「……さて、今日は七変化でも楽しんでもらうか~?」


 快斗は脚立を片付け、今度はウェイターへと変身。
 花梨たちが行くであろうカフェのケーキバイキング会場へ――。


「いっぱい食べるんだぞ♡ ……あ、いらっしゃいませ。あちらの席へどうぞ~」


 ……ケーキを美味しそうに頬張る可愛い彼女を眺めながら、トレイを手にしたウェイター姿の快斗は、給仕に勤しむのだった。









 ……時は少しだけ遡り、快斗が花梨たちを追い越してすぐのこと。
 花梨は足を止めた。


「……(快斗の変装ってすごい……、声まで違った~♡)」

「花梨姉ちゃん、どうかしたの?」


 通り過ぎた快斗を目で追う花梨に違和感を感じたのか、コナンも足を止め、声を掛けてくる。


「あ、ううん。さっき、雅美さんの部屋のスプリンクラーにね、異常があったみたいで……、今のお兄さんが点検してくれたの。あの様子だと、異常はなかったのかな?」


 ――まあ、あるわけないんだけどね……。


 花梨は“あれはね~、私の彼氏さんなんだ~”なんて、とても言えないので、先ほどあったことをそのまま伝えた。


「へえ、スプリンクラーの異常……? あの部屋だけ?」

「ん? そうみたいだね、何か変なこと言った?」

「いや……、妙だなって思って」


 花梨が瞳をぱちぱち。何か失言してしまっただろうかと尋ねてみれば――。
 コナンは、雅美の部屋だけを調べていったことに納得がいかないようで、首を捻っている。


(通常、ホテルのスプリンクラーは1フロアごとに管理している。各部屋のどこに異常が出ているかなんてわからないはず……。こんなピンポイントな点検、絶対に何かある……)


 ……なぜ、あのタイミングで点検する必要が?

 コナンの眉間には皺が寄せられた。


「も~、コナン君たら、すーぐ何でも気になっちゃうんだから。どこかのアイツみたい」

「っ、そ、そんなことは……(アイツって……)」


 ピンポイントで雅美の部屋に入っていったホテルマン。
 ……確か、ホテルのロビーでも見かけた気がする。

 少々違和感を感じた気はしたが、通り過ぎて行ったし、リネン室に入って行った。
 彼は雑務担当なのだろう……そうコナンが思案していた時――。

 呆れたように笑う蘭が、考え込むコナンの額をトンッと指で押してくる。
 妙な違和感が拭いきれないまま、コナンの口からは「はは……」と愛想笑いがこぼれた。


「ああ、そっか! 花梨ちゃんが心配で気になっちゃったー?」

「……へっ? あっ、い、いやっ……?(だから蘭、なんでオメーはそんなことばっか言うんだよ……)」


 蘭に問われて、コナンの頬がほんのり赤く色づく。

 先週は命が狙われていたし、今もその危険性がある花梨が心配なのは当たり前だ。
 それは、別に彼女が好きだからとかそういうわけではなく――。


 ――いや、そういう意味もあるのは事実なんだけどな……!?


 自覚してしまった自分の想いを、花梨には気づかれたくない。
 花梨はただの幼なじみ――兄貴分としてしか、自分を見ていないのだから。

 こいつが誰を想ってるかなんて、もうわかってんだよ……。
 それに――。
 花梨と同じくらい惹かれている蘭にも、そういうことは言われたくない。

 ……コナンの胸中は複雑で。


「照れ屋さんなんだからもー。せっかく大好きな花梨ちゃんに会えたんだから、今日は探偵ごっこはやめて、楽しくケーキ食べようね?」

「っ、だ、だからそうじゃないって……」


 廊下の真ん中で立ち止まっているのもなんだし……と、“はいっ”。蘭は手を差し出して、コナンと手を繋いだ。


「花梨ちゃんも手、繋いであげてね。コナン君、目を離すとすぐどっか行っちゃうから」

「ふふふ、コナンくん、気になること多過ぎて疲れないかな?」


 蘭に言われた通り、花梨も手を差し出し、コナンの手を取り歩き出す。
 にこっと小首を傾げて微笑む姿は天使そのもの。
 間近で見るその破壊力たるや――コナンの小さな胸が疼いた。


「……べ、別に……、あの女の人がエレベーターのボタンも押さずにボーッと立ってるのが変だなとか、ちょっと気になっただけだよ?」


 ドキドキドキ……!
 コナンは花梨の質問になんとか答えるものの、顔は真っ赤に染まっている。


(くそっ、花梨のやつ、無自覚で笑顔振り撒きやがって……天使か! 手からもいい匂いするし! 女子力たけーなオメー……!)


 花梨の手からはハンドクリームなのだろうか――、ふんわりと甘く艶やかなジャスミンの香りがして、コナンはついスンスンと匂いを嗅いでしまった。


「ふふっ、ハンドクリーム、くさいかな?」

「あ……っ、ううん、いい匂いだよ?(ジャスミンとアプリコットかこれ……オメーにピッタリだぜ。いい選択だな)」


 ……白い花のような彼女には、ジャスミンとアプリコットの香りがよく似合う。
 以前嗅いだ香りとよく似ていたが、今回はジャスミンの香りがより強く感じられた。

 コナンは、心を落ち着かせる鎮静作用と、気分を高揚させる作用の両方を持つジャスミンの香りと、甘くフルーティーなアプリコットの香りが、花梨のイメージにぴったりだ――と、照れながら思った。


「何でも気になっちゃうんだね?」

「う、うん。癖で」

「そっか、ふふっ」


 新ちゃんは相変わらず周りをよく見ているな――と可笑しくて、花梨はコナンの“観察癖”に笑みをこぼす。

 目と鼻の先にあるエレベーターホールでは、権堂が相変わらず位置表示灯を見上げてぼーっとしたままだ。
 コナンも権堂がいることに気づいていたからこそ、花梨が未だ狙われていると警戒していたわけで――。

 ……エレベーターホールに着くまでは僅か数メートル。
 花梨たちが着く頃、権堂が素知らぬふりで呼びボタンを押してくれた。


「……(へえ、権堂さんて、いつもこんな風にさりげなく花梨の側にいるんだな……)」

「「どうしたの?」」


 ふと、権堂を見ていたコナンの頭上から、花梨と蘭の声が重なる。


「へ? あ……」


 好きな女二人から優しく見下ろされ、上を向いたコナンははたと気づく。


 “オレ、今日は好きな女二人に囲まれてら……手まで繋いでるし……”


 ……意識した途端、顔は真っ赤に茹り、恥ずかしくて耐えきれずに俯いてしまった。



139/196ページ
スキ