白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
135:静寂に響くノイズ







「お待たせ♡ 花梨ちゃん、雅美さんの部屋にどうぞ」

「あ、うん」


 部屋のチェックを終えた蘭とコナンが出てきて、入れ替わりに花梨が部屋に入る。

 事前の説明では、面会は三十分もかからない。
 お茶を飲みながら、少し付き合う程度でいいという話だった。


「お邪魔します……」


 パタンとドアが閉まると同時に、イヤホンからザザッと雑音が走る。


「花梨さん……!」

「あ、どうも、雅美……さん?」


 奥へ進むと、コーヒーテーブルでお茶の準備をしていた雅美が破顔して駆け寄ってきた。
 花梨は嬉しそうに近づいてくる彼女に小さく首を傾げ、にこっと微笑む。


「……やっぱり……」

「……へ?」

「花梨さんは――」


 花梨の顔を見つめながら、雅美が目を細める。
 そうして彼女が再び言葉を発しようとしたその時――。


『――、――りん!? 聞こ――!? ――が――くて――――えねえ……! ――か!?』


 快斗の声がイヤホン越しに微かに聞こえたが、電波が悪いのか音が途切れてしまっていた。

 不思議に思いつつも、話し始めた雅美からは敵意も警戒も感じられない。
 花梨は、彼女の話を真摯に聞き続けた。

 ……話は、十分もしないうちに終わりを迎える。


 ドンッ! ドンッ! ドンッドンッ!!


 不意に部屋のドアを激しく叩く音が響いた。


「誰か来たみたいですね」

「心配されてるんでしょうか……。大丈夫だと言ったんですけどね……」


 花梨は、雅美の淹れてくれたお茶を飲みながら、ドアの方に目を向ける。
 雅美も同じように視線をやった。


「ですよね。……ふふっ、過保護な人が多いみたい。ちょっと失礼しますね」


 ――ドアを叩いているのは、たぶん……。


 思い当たる人物がいた花梨は、雅美に一声かけてドアを開く。


「っ、お客様っ! お寛ぎのところ失礼いたします! 先ほど機械室で、この部屋のスプリンクラーに異常が確認されまして、点検させていただきたいのですが!」


(あ、やっぱり快斗!)

(あ……無事?)


 ドアの外には、脚立を肩に担いだホテルマン姿の快斗。
 その顔には、明らかな焦りが浮かんでいた。

 花梨の姿を見た瞬間、その張り詰めた表情がふっと緩み、笑顔になる。


「ふふっ、点検ですか? 私はこの部屋の人じゃないので、聞いてみますね」

「あ、はい……」


 ――無事で、よかったぁああああ……!!


 花梨はくるりと踵を返し、右手をそっと後ろに回して快斗の手を引いた。

 それに気づいた快斗も、そっと彼女の手を握り返す。
 そのぬくもりに、張り詰めていた心がほぐれていくような気がした。
 自然と快斗の口元にも、安堵の笑みがこぼれる。

 だがその瞬間、イヤホン越しに聞こえた『あの声』が頭をよぎり、快斗の思考がざわつき始める――。










 ……それは、花梨が雅美の部屋に入った直後のことだった。


 ザザッ。


「ん……? ノイズ……?」


 それまでクリアに聞こえていたイヤホンから、急にノイズが混じり始めた。
 リネン室で控えていた快斗は、眉をひそめる。

 ……このノイズ音――聞き覚えがある。


「はは……まさか、な……?」


 “ザザッ、ザザッ、ザザッ”と、定期的に繰り返される雑音。
 これは妨害電波ジャミングだ――。
 キッドとして電波傍受をしていた時、同じようなノイズに妨害されたことがあった。

 ツーッと、冷や汗が頬を伝う。

 さっきチラッと見えた女性――広田雅美。
 おとなしく控えめな印象の彼女が、こんな妨害を仕掛けてくるなんて?


 ――ありえない。でも、偶然にしてはタイミングが良すぎる……。


「花梨!? おい、聞こえるか!?」


 花梨の動きでマイクにノイズが走っただけ……。
 そうであってほしいと願いながら、快斗はマイクに呼びかける。

 ……ノイズに混じってかすかに声が聞こえてくる。


『私も詳しいことは知らないのですが……ピッ、ザー――しが、――きる、――家の、――と言われて――い、ではない――か? ザザッ……』


 花梨の声は聞こえない。
 どうやら、黙って雅美の話を聞いているようだ。

 だが――本当に“話をしているだけ”なのか……?

 快斗は不安に駆られ、イヤホンを押さえる。


『――ろみ――ザァァ――ぇっ、――んな……ザザッ……』


 やがて、ノイズは一層強まり――。

 ザザッ、ザザッ、ザザッ、ザァーー……!

 完全に、音声が遮断された。


「花梨っ! おいっ、花梨っ!? 無事か!? 無事なのか!? ……って、こうしちゃいられねえっ!!」


 血の気が一気に引いた快斗は、すぐさま近くの脚立を抱え、リネン室を飛び出す。

 そして、花梨がいる部屋のドアを――勢いよく叩いた。









「スプリンクラーの異常みたいです」

「まあ、そうですか」


 花梨が快斗を伴って戻ると、雅美は少し驚いた様子で目を見開いた。


「……点検してもよろしいでしょうか? お邪魔にはなりませんので、そのままお話を続けてください」


 部屋のコーヒーテーブルには、紅茶の入ったカップが二つ。
 どちらも、少し飲まれた形跡がある。


(出されたものを普通に飲むなんて、軽率だぞ、花梨……)


 そう思いながらも、彼女の様子に異常は見られない。
 落ち着いた様子で話をしていたみたいだ――と、快斗はひとまず安心する。

 快斗はスプリンクラーの真下に脚立を設置し、点検作業のフリを始めた。


「……では、花梨さん。そんな感じで進めます」

「はい、がんばってくださいね」

「はい……」


 雅美の声に、花梨が胸の前で両手を小さく握って応える。
 その顔は真剣で、どこか優しげだった。


(……なんの話をしてたんだ……?)


 快斗には内容こそ分からなかったが、花梨が雅美を励ましていたことだけは伝わってくる。


「では、私はこれで」


 どうやら、話はすでに終わっていたようだった。
 花梨は立ち上がり、席を離れる。


「花梨さん! 今日はありがとうございました。またいつかお会いできたら、その時はきっと――」

「……ふふ、私も……」


 雅美の言葉に、花梨がそっと手を差し出す。
 二人はしっかりと握手を交わし、花梨は静かに部屋を後にした。


「……確認できました。問題ないようです」


 快斗も脚立から降りると、雅美に一礼して部屋を出る。


 ――花梨が無事で、本当によかった。


 だが、雅美の言葉の真意も、電波妨害の目的も、いまだに掴めないままだった。



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