白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
133:守られる日曜日


(なにを迷ってるの……同性だよ? 問題ないと思うんだけど……)


 快斗からは色よい返事をもらえず、花梨は首をかしげる。


「なら、来月、お小遣いをもらったら誘うねっ♡」

「来月……」


 ――私、来月にはもう……。


 その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
 花梨はそっと視線を落とす。

 ……蘭と買い物。
 とても楽しそうで、行きたいと思う。
 でも、それはもう叶わない願いなのかもしれない。

 目の奥がじんと痛んで、涙がこぼれそうになった。


「ダメって言わないでっ! おねがいっ!」

「蘭ちゃん……」


 下を向いたことで、蘭は断られると思ったのかもしれない。
 ぎゅっと手を持ち上げて、まっすぐに花梨を見て懇願してくる。

 花梨はそっと顔を上げ、蘭の瞳を見つめ返した。


「そのうち、お泊まりもしたいな~って思ってるんだ~♪」

「お泊まり?」

「うん、相談とか乗って欲しくて」

「そっか。何か悩みがあるなら聞くよ?」

「ありがとう♡ 花梨ちゃんになら、なんでも素直に話せちゃうから、話してると気持ちがいいんだ♡」

「ふふっ、そうなんだ?」


 蘭の話題転換で、さっきの“デートの返事”はうやむやに保留となる。
 けれど、こうして話しているとやっぱり――蘭ちゃんは可愛いなあ、と花梨はふわりと微笑んだ。


「はぁっ、はぁっ……ちょっと、蘭姉ちゃん! 急に置いてかないでよ~!」

「あ、コナンくん、やっと来たね」

「なんでボクを置いていくのさ!」

「ごめんごめん」


 ようやく追いついたコナンが不満げに抗議し、蘭は花梨の手を離してぺこりと謝る。


「さ、行こっか♪」


 蘭がエレベーターホールのボタンを押し、扉が開く。
 三人はそのまま乗り込み、雅美が待つという部屋のある10階へと向かった。


「えっと……たしか……あ、ここね!」


 目的の部屋の前に着いた蘭は、インターホンを押す。
 すぐに中から「はーい」という声がして、カチャ……チェーンと鍵が外れる音。
 そのあと、ドアが開いて雅美が顔をのぞかせた。


「雅美さん、花梨ちゃんを連れてきました」

「す、すみません、わがまま言っちゃって……。あ――」


 蘭が事情を伝えると、雅美は深々と頭を下げ、隣に立っていた花梨へ視線を移す。
 その瞬間、ふっと息を呑んだように見えた。


「……」


 目が合った花梨は、軽く会釈する。


「……あの、中には雅美さんだけですよね?」

「え? あ、はい……?」

「確認してもいいですか?」

「えっ、あっ、べ、別に構いませんけど……?」

「ごめんなさい。彼女、大事な友達なので心配で」


 花梨が命を狙われていることを、蘭は知らない。
 知らないはずなのに、なぜか彼女は、ピリッとした警戒心をまといながら部屋の中を確認させてほしいと雅美に頼んだ。


 ――“花梨ちゃんになにかあったら”って、心配でたまらないのよ……!


 雅美が悪い人ではないことは、花梨にも、きっと蘭にもわかっている。
 それでも――蘭にとって花梨は、代わりのいない大切な人なのだ。


(念のため、念のため。大丈夫。きっと、中には雅美さんしかいないわ)


 ドアが大きく開かれ、蘭は花梨に「ちょっと待っててね」と一言残して、ひとりで部屋の中へ入っていった。


「ボクも行く!」


 バタン、と閉まりかけたドアを、コナンが強引に押し返して中へ飛び込んでいく。


 “……蘭のやつ、花梨のことが心配で仕方ねーんだな”


 そんな言葉が、コナンの心の中から聞こえてきそうだ。


「……?」


 ……ぽつん、とその場に取り残された花梨。
 パタン、とドアが閉まる音を聞いて、その前で大人しく待つことにした。


「あの二人、花梨のことすげー大事なんだな」

「へ? この声……えっ、快斗っ!? わっ、変装してる~!」


 ちょうど背後を、カートを押したホテルマンが通り過ぎる。
 イヤホンから聞こえる声と生の声が重なり、花梨がくるりと振り向けば、見慣れないホテルマン姿の快斗が立っていた。


「あれ? オレの変装、見たの初めてだっけ?」

「うん、“彼”以外の変装は初めてかも。ホテルマンも似合ってるね~、かっこいい♡」

「っ、コホンッ……そ、それはどーも!」


 “彼”とはもちろん怪盗キッドのこと。
 サラッと褒めてくる花梨に、快斗の頬がじんわりと赤らんだ。


 ――ったく、オレの彼女は、すーぐそうやって無防備に褒めてきやがる……、参るっての、ほんとに。


 彼女の前だと、ついポーカーフェイスを崩してしまう。
 熱くなった頬と、にやけそうになる口元を手で隠しながら、快斗は咳払いをひとつ。


「……で、一人で行くのか?」

「うん。話を聞くだけだもん、そのつもりだよ?」

「大丈夫か? 広田さん……だっけ? ちらっと見た感じ、悪い人には見えなかったけど、でも……オレ、心配でさ」


 不安げに眉を下げる快斗。
 花梨はくすりと笑って、そっと彼に近づく。


「ふふっ、大丈夫だよ。ちょっとお話するだけだよ~?」


 そう言って、花梨は快斗の袖をちょこんと摘まんだ。
 上目遣いで見上げながら、まるで“お願い”するように微笑んで――。


「……うっ。(く、くぅ……花梨、ズルい……可愛すぎんだろ……!)」


 距離が近づけば、自然と甘い香りがする。
 快斗の顔がぽっと赤く染まり、視線が揺れた。


「ね?」

「っ、……おめーはいつもそうやって可愛い顔して……誤魔化せると思って……。スマホの電源、切るなよ?」


 ――ったくもう、今ここでぎゅーしとこうか?


 快斗はそんな気持ちで、そっと腕を広げる。
 けれど……。


「はいっ、了解いたしましたっ♡」


 花梨はあっさり身を引き、ビシッと敬礼した。
 元警察官の父を持つ花梨の敬礼は、角度も姿勢も完璧である。

 ……快斗の腕は、空を切った。


「……う、うむ。じゃあ、オレ、近くにいるからな? あそこに権堂さんもいるし」

「うん! ありがとうっ♡」


 彼女に釣られて刑事風に返事をしたものの、肩透かしを食らって後に続かない。
 快斗が指差した先、柱の影にはサングラス姿の権堂が控えていた。
 花梨が手を振ると、それに気づいた権堂の口元がふわりとほころぶ。


「……フッ。オレってほんと、報われねーな……」


 ポツリと呟いた快斗の肩が、少しだけ落ちた――。



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