白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
132:蘭のもうひとつの願い







 ……そして迎えた、日曜日。


「花梨ちゃん! ここ、ここ!」

「蘭ちゃん!」


 待ち合わせは米花町ではなく、隣町の杯戸町。杯戸シティホテルのロビーで合流することになった。

 中に入ると、蘭がコナンと並んで椅子に腰かけていた。
 花梨に気づいた蘭は、ぱっと立ち上がって手を振る。


「に、日曜なのに呼び出しちゃって……ごめんね~! 雅美さん、花梨ちゃんにどうしても会いたいって言ってて~……」

「ううん、大丈夫だよ~。別に予定もなかったから……」


 “うそつき。オレと「おうちデート」する予定だったくせに。”


 笑顔で手を振る花梨の耳に、不機嫌そうな快斗の声がイヤホン越しに届いた。

 雅美の希望で、花梨は“ひとりで来た”ことになっている。
 だが実際には、命の危険を考慮して、少し離れた場所で快斗と権堂が控えていた。

 快斗はホテルマンに変装。権堂は……スーツ姿のボディーガード――いつもの格好だ。


(……いやいや、約束はしてなかったはずなんだけどなぁ?)


 そう、花梨は今日、快斗と約束はしていない。
 ただ、快斗が朝から居座っていただけだ。
 本来なら今日はひとりで、家で本を読みながら大人しく過ごすつもりでいたのだから。

 買い出しは昨日近所で済ませたし、自分が家で大人しく過ごしていれば、命を狙われる心配はない。
 たまには一人になりたいし……と思っていたが、呼び出されてそうもいかなくなった。

 恐らく快斗は心配でついて来たのだ。
 快斗の休日を奪ってしまって申し訳ないと花梨は思っていたが、当の本人は、実は“花梨と過ごせて満足”していたりする。


「花梨姉ちゃん、こんにちは!」

「あ、コナンくん、こんにちは~!」


 満面の笑みで挨拶するコナン……。
 花梨に会えてうれしい気持ちが、隠しきれていない。

 けれど、花梨はそんなこと知らない。


 ――新ちゃん、小学一年生が板についてきたね……あざとかわいいよっ!


 花梨も負けじと笑顔で応じる。
 小さな新一は、本当に可愛かった。


「ケガ、大丈夫? って、薬指どうしたの?」

「あ、これ? ちょっとね。ふふふ♡ ケガはすっかりよくなったよ。心配してくれてありがとう♡」

「う、うん……」


 今日の花梨は、ふんわりとしたお嬢様風のガーリーワンピース姿。
 首にはチョーカーをつけていて、その下には木曜にできた傷を隠す絆創膏が貼ってある。
 もうほとんど傷は塞がっているが、念のためだ。

 薬指に絆創膏が貼ってあるのは、快斗に齧られた分――。
 何度か齧られ、輪っかのような痕が付いてしまった。

 齧られる度「痛い」と訴えたが、快斗は指に輪っかを描き終わるまで止めてくれず……。
 指に輪っかが刻まれると満足そうにやっと花梨を解放した。
 痛いし、恥ずかしいから絆創膏を貼ってある。

 ……心配してくれたことが嬉しくて、花梨がしゃがんでお礼を言うと、コナンの頬がほんのりと赤く色づく。


「ふふっ、コナン君てば、赤くなっちゃっても~」

「えっ……ホントだ! 大変っ、熱でもあるの!?」


 茶化すように蘭が笑い、花梨はコナンの赤くなった顔に気づいて、小さな額にそっと手を当てた。


「ちょっ!?(花梨っ!?)」


 間近に迫った花梨から、ふわっと甘い匂いがして、コナンの顔がぼっと一気に火が点いたように真っ赤に染まった。


「えっ、やだ~、花梨ちゃん違うよ~! コナン君は花梨ちゃんのことが――」

「ら、蘭姉ちゃんっ! もう時間だよっ!!」


 蘭に何かを言わせる前に、コナンは花梨の手をそっと払い、“約束の時間”だと話題を変えた。


「……そうだったね~?」


 急にムキになったコナンに、蘭はにこにこしながら同意し、それ以上は言わずにおく。


「時間……あ、そうだ、雅美さんは……?」

「うん、雅美さんね、部屋で花梨ちゃんが来るのを待ってるの。一人で来てほしいって言うんだけど……大丈夫?」


 蘭によれば、雅美はホテルの一室を借りていて、そこで一人きりで待っているらしい。
 しかも、花梨に“ひとりで来てほしい”と希望しているという。


(……なぜ?)


 不可解な点はある。
 けれど――雅美が刺客ではないことは、花梨にはわかっていた。
 彼女の“未来”を視たとき、花梨の親戚との接点はなかったからだ。

 ならば、会っても問題ないだろう。


「うん、大丈夫だよ~。何階かな?」


 イヤホンからは、すかさず『一人で行くなっつーの!』とのお叱りの声――。


 ――うん、快斗の言いたいことはわかってるよ、でもね。


 雅美が何を考えているのかはわからないが、求められれば応じたい。
 来月には自分も“虹の橋にじのはし”を渡る身なのだ。
 せめて、できるだけの善行を積んでおきたい。


「部屋まで案内するね。行こっ♪」

「あっ、蘭ちゃん!?」


 突然、蘭が花梨の手をぎゅっとつかみ、そのまま駆け出す。

 背後からはコナンの「蘭姉ちゃん!?」という驚いた声。
 イヤホン越しには、快斗の「花梨っ!」という焦った叫び。
 そして柱の影から、権堂も急いで二人の後を追いかけてきた。


「はあっ、はあっ……花梨ちゃん、今日の格好すっごく可愛い! 今度一緒にお洋服買いに行こ? お揃いコーデしたいな。二人きりでデートしよっ!」

「はあっ、はあ……えっ……で、デート?(ふたりきり?)」


 エレベーターホールに着いたところで、蘭は手を握ったまま、まっすぐ花梨を見て言った。
 その手はぎゅっ、ぎゅっと嬉しそうに力がこもっていて、まるで本当に楽しみにしているかのようで。


「うんっ♪ だって、いっつもコナンくんとか園子とかいるでしょ? だから、保育園の頃みたいに、二人きりで過ごしたくて」


(……なるほど。新ちゃんの前じゃ言いにくくて、わざわざ連れ出したのね)


 蘭は今、かつての“葵”を見ているかのような、まるで、ずっと探していた宝物をようやく見つけたような――そんな光を宿した瞳で花梨を見ていた。
 あの頃の記憶を重ねているのだろう。


「ら、蘭ちゃん……。でも私、女で……」


 ……もう、男の子のフリはできないよ?

 蘭の我儘を聞いてあげたいが、彼女よりも小さい背に、長い髪、ふくよかな胸のふくらみと、細い腰。
 あの頃のように、少年になるにはすっかり難しい身体になってしまっている。

 快斗に頼めば変装くらいはできるかもしれないけれど……と、少し考えてはみるものの、蘭は――。


「えへへ♡ ダメ?」


 照れくさそうに笑う蘭の瞳は、性別なんてどうでもいい――今の花梨とデートがしたい、そう語っていた。
 一度握ったその手を、二度と離したくないとでも言うように、強く――どこか必死に握りしめてくる。


「ううん、お誘いはうれしいよ。でも……」

「あっ、彼氏さんが怒る? 女同士だから怒らないよね?」

「へ? あ、うん……たぶん大丈夫だと思うけど……、ね?」


 花梨がぽつりと「ね?」と呟いたその直後、イヤホンからは『うーん……』と、快斗の微妙な声が返ってきた。



135/196ページ
スキ