白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
130:幕間・囁く影と甘い痛み







 カーテンの隙間から差し込む朝日が、やわらかく花梨の頬を照らす。
 じんわりと温かい光にまぶたが刺激されて、彼女はゆっくりと目を開けた。


「ん……おはよう、快斗……」

「おはよ、花梨♡ 今日も可愛いな♡」


 目の前には、彼氏・快斗の蕩けるような笑み。
 昨晩はあんなにも不機嫌で、周囲を黙らせるほどのオーラを放っていたというのに、今はまるで別人のように機嫌がいい。


「……はあ、やっと機嫌直ったぁ……」

「へへっ、花梨が無事でよかった……!」


 花梨が安堵とともに肩の力を抜くと、快斗は彼女をぎゅっと抱きしめる。
 その温もりは心地よかったが――同時に、ズキッと、腰と股関節に鈍い痛みが走った。


(……昨日の怪我よりも、こっちのほうが痛いってどういうこと?)


 肌が直接触れ合って、快斗の体温が伝わってくることで、今の状況をはっきりと思い出した。

 ベッドの中、二人とも――素っ裸。しかも、今日は平日。
 こんなふうにまったりしている場合ではない。


「権堂さん、いなかったじゃねーかよー」


 頭の上から降ってきた快斗の声は、少しだけ棘が残っている。


「ああ、うん。警察署に行ってもらってたから……」


 花梨はそう答えながら、もぞもぞと快斗の腕の中から抜け出そうとしたが、その腕は鉄のように強く、びくともしなかった。


「彼女、花梨の警護人だろ? ちょっと隙だらけ過ぎねーか?」

「ん~……でも、昨日のは私が軽率だったからね……」


 言いながらも、花梨は小さく笑った。
 そして――。


(よし、くすぐっちゃおっ……!)


 腕から抜け出すチャンスを狙い、快斗の脇腹にこちょこちょと指を滑らせる。


「ちょっ、っ、くはっ! はあ……ホントだよ。花梨はもうちょっと自分を大事にしねーとな?」


 くすぐったさに耐えきれず、快斗の腕が緩む。
 その隙をついて、花梨はするりとベッドから抜け出そうとした――が。


「大事にしてるんだけどな~?」

「そうは見えねーんだよなあ~?」


 今度は手首を掴まれてしまい、完全には自由になれなかった。
 しかも、それは昨日痛めた左手首で。
 快斗は患部を避けて掴んでいるため、花梨も「痛い」とは言い出せずにいた。

 次の瞬間、彼はその手を自分の顔に引き寄せ――薬指の根元を、がぶり。


「ぃっ!」


 じくじくとした痛みに、思わず顔をしかめる。


「ね、快斗……そろそろ起きよ?」


 ――まだ、ちょっと不機嫌みたい……。


 薬指にはくっきりと歯形が残り、じんわりと赤く腫れていた。
 ……それだけではない。
 首筋や肩、胸元――あちこちに赤い痕が残っており、しばらく襟元の広い服は着られそうにない。


(……怒ってたのは分かるけど、ちょっと狂気じみてない?)


 少し恐れを感じながらも、花梨はぱっと笑顔を浮かべた。
 笑って誤魔化すのは、自分の得意技だ。


「んー、サボるか! さて、花梨も目を覚ましたことだし……もっかい……」

「ちょっ!? だ、ダメだよっ! 今日はお仕事じゃないんでしょ?」


 快斗が身体を反転させ、どさっと花梨の上に乗ってくる。
 花梨は思わず腕をクロスさせて、拒否のポーズを取った。


「お仕事て」

「出席日数足りなくなったら困るよ。だから学校行こ?」

「はー……花梨ってマジメちゃんだよな~。まあ、そういうとこも好きなんだけど♡」

「あ、ありがと……」

「フッ、まだ照れるか! かわいいヤツめ♡」


 からかうような口調の中にも、愛情が滲んでいる。
 快斗は目を細め、頬を赤らめる花梨の様子をじっと見つめた。
 まるで大事な宝物を眺めるように、優しい眼差しで。


「うう……面と向かってそんなこと言われたら、照れるに決まってる……」


 花梨は顔を背けて、枕に半分埋もれながら呟く。
 羞恥心からか、耳の先まで真っ赤になっていた。


「へへっ、今日も愛してるよっ♡」


 快斗は花梨の耳元に唇を近づけ、ストレートに迷いなく言葉を届ける。
 軽いノリに見えるが、その声色には本気の想いがにじんでいた。


「ンっ♡ も、もうっ!」


 顔を上げられない花梨の耳元に、チュッというリップ音が届いて、快斗の吐息が“フゥ~”っと耳をくすぐる。
 甘くくすぐられて、びくりと肩が震えた。

 ……わかりやすい反応をしてしまい、恥ずかし過ぎて顔を上げられない。
 快斗にされること何もかもに、敏感に反応してしまう自分の身体が憎い。

 これ以上顔を見られたくない。
 嬉しさと恥ずかしさが胸の奥でせめぎ合い、くすぐったい気持ちが膨らんでいく。


 ――でも、本当はとっても嬉しい。


 こんなふうにまっすぐ好きを伝えてくれる人が、隣にいるなんて――。
 そう思うだけで、心がじんわりと温かくなった。


(へへっ♡ ホント、敏感なんだから、かんわいぃ~~♡)


 ……枕に顔を伏せて照れる花梨の様子に、快斗はますます笑顔になる。

 こうして彼は、花梨の心を支配するのだ。
 甘く、時に狂気的な愛情で――。



133/196ページ
スキ