白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
127:快斗の嘘







 事件は幕を閉じ、花梨を抱えたままでカラオケ店を後にした快斗は、バイクまで戻る間に、これまでの出来事を伝える。


「――で、来てみたら警察車両に救急車だろ? 怪我人が出たって言うし、何事かと思ったぜ」

「ん……ごめん」

「軽傷だって警官たちが話してるのが聞こえたから、潜入はやめたけどさ」

「そういえばお店、封鎖されてたのに……よく入れたね?」

「“花梨の迎えです”って言ったら、通してくれた」

「そっか……迎えに来てくれて、ありがとう」

「彼氏が彼女を迎えに行くのは当然だろ?」


 快斗は、抱きかかえた花梨の額に唇をそっと押し当てた。
 花梨の頬が、ぽっと赤く染まる。

 ……花梨にそんな風に伝えた話は、実は嘘である。
 本当は――。










 時は少々遡り、花梨が事件に巻き込まれていたその頃――快斗はというと。


「や~、今日は楽しかったねー! じゃあバ快斗。また明日!」

「……」


 ゲームセンターからの帰り道。
 快斗と青子は並んで歩き、青子の家の前までやってきていた。

 しかし快斗は、さっきからずっと心ここにあらず。
 手元のスマホに視線を落とし、ひたすら何かを気にしている。


「ちょっと快斗ー? なんで帰り道ずーっとスマホばっか見てんのよ! お別れの挨拶くらいちゃんとしなさいよ!」

「……ねーんだ……」

「は? なにが?」

「……花梨から連絡が、ねーんだよ……。何かあったんじゃ……」

「それは……カラオケ楽しんでて忘れてるんじゃないの~?」


 不安そうな顔でスマホを見つめ続ける快斗に、青子は苦笑をこぼした。

 ……まったく。
 この幼なじみは、彼女ができてからというもの完全に盲目だ。

 学校でもべったり。ゲームセンターでもべったり。
 恐らく、プライベートでもベッタベタに花梨に付きまとっているのだろう。


 “花梨ちゃんだって、たまには快斗から解放されたいでしょ……”


 心の中でそうツッコミつつ、青子はちょっとため息をついた。

 快斗は、重すぎるほど一途だ。
 その愛情を花梨がどこまで受け止めきれるのか、青子はそこが心配だった。

 快斗――大切な幼なじみには幸せになってほしいし、
 花梨――大切な友達にも、やっぱり幸せでいてほしい。

 ふたりのイチャイチャを見るのは正直、気恥ずかしい。
 けれどその一方で、見ているとほんわかした気持ちにもなるのだ。


 “……このままずっと、仲良くいてくれたらいいな。”


 そんな願いから、青子は快斗に「束縛しすぎはよくないよ」とやんわりアドバイスしている。
 ……が、どうやら当の本人にはあまり伝わっていないようで、いつも軽く空回りしてしまう。


「――は、平日だから大丈夫なはず……だよな?」

「は?」


 快斗がボソボソと、スマホの画面――待ち受けに設定された花梨の写真に向かって語りかける。

 ……うわ。この人、待ち受けの彼女に話しかけてるんですけど。
 これはちょっとヤバい。

 青子の眉が自然と寄ってしまう。


「……青子。また明日な」

「ん? あ、うん。バイバイ」


 快斗は唐突に顔を上げてそう言うと、すぐさま身を転じて自宅へと入っていった。
 その表情は、何かを思い詰めているようで――、家に戻ってすぐ花梨を迎えに行きそうな勢いだ。


「……ダメだこりゃ」


 隣家へと入っていく快斗の背中を見送りながら、青子は肩をすくめ、苦笑する。

 “ほどほどにね”――そんな心のツッコミを添えて。









 制服を脱ぎ捨てると、快斗はすぐに私服へと着替えた。
 手には、花梨用のアウター。
 それを片手に玄関を飛び出し、ガレージの愛車へと跨る。


「――よし、出発!」


 バイクのエンジン音が夜の街に響いた。
 行き先は、花梨が行くと言っていた米花町のカラオケ店。

 ……嫌な予感がする――。

 こういう予感は不思議とよく当たる。
 なら、迷ってる場合じゃない。

 現地に到着すると、店の前はすでに警察車両でごった返していた。
 黄色の規制線が張られ、店舗の出入口には制服警官が立っている。


「……やっぱり、何かあったな」


 快斗がそう呟いた、その時だった。


「や~~、バイト遅れちゃったなぁ……! 店長、怒るかな……」


 呑気な声とともに、鞄からカラオケ店の吊り下げ名札を取り出し、首にかけながら、青年がトコトコとやってくる。

 どうやら遅れて出勤してきたバイト君らしい。
 ところが、目の前の騒ぎに気づくと、彼は思わず立ち止まり、しばし唖然とする。


「……って、なにこの状況!? え? 営業停止……? あっ、じゃあ今日はもう休もっ♪ ラッキー!」


 そう言い残し、あっさりと踵を返して帰っていった。


(ふっ……運がいいのはお前だけじゃないぜ)


 快斗はスッと物陰に隠れると、迷うことなく彼に変装する。
 変装はもはや日常茶飯事。バイト服とキャップ姿に切り替え、すぐに現場へと潜入した。

 一方その頃、花梨は別室で静かに休んでいた。
 応急処置を終えたあと、「しばらく安静に」とのことで――。

 そんなこととは露知らず、快斗は“新米バイト”を演じながら、スタッフ用のトレイにドリンクを並べて皆のいる部屋へ向かう。


「失礼しま~~す、ドリンクお持ちしました~!」


 そう言って部屋に入ると、中では花梨以外のメンバーたちが集まっていた。
 コナン、蘭、園子、レックスのメンバー、カラオケ店長の隅井、そして数名の刑事。


「新人君! 来たのか。今日はもう休んでいいって言ったのに」

「いや~、けど、今月ピンチなんで」

「そうか、なら働いてけ」

「あざ~す!」


 隅井に声を掛けられ一瞬驚いたが、問題ない。


(……花梨の姿がねーな。トイレかな?)


 ドリンクを各自に配りながら、耳をそばだてる快斗。
 刑事たちの会話、メンバーの反応――事件の全貌を少しずつ把握していく。


(殺人未遂……しかも花梨がいた現場で……!)


 眉間にシワを寄せながら給仕していた、そのときだった。


「そこでね、花梨が達也さんのシャツを脱がせたの!! ボタンをパパパパーって取って~~……」


 園子の甲高い声が部屋に響く。


 ……ビクッ。


「……(な、なにぃぃぃいいい!?!?!?)」


 快斗の肩が小さく跳ねた。


(は……は……!? シャツ!? 花梨が!? 誰の!? なんで!?)


 トレイの上でグラスがカタカタと揺れる。
 手が震えているのだ――明らかに、ショックのあまりに。


(……おいおいおい、オレ以外の男のシャツなんて脱がせてんじゃねえよ!? 花梨、おまっ……マジで何やってんの!?)


 給仕役を演じる顔は引きつり、笑顔がひきつった営業スマイルと化す。


「……はい、アイスコーヒーです(無心)」


 声が若干裏返ったのは、きっと誰にも気づかれていない――、はず。
 給仕する快斗をコナンが不思議そうに見ていた。

 会話を聞く限り、花梨は事件に巻き込まれ、しかも男のシャツを脱がせたらしい。
 その話題が出た瞬間、手が震え、トレイの上のアイスティーを少しこぼしたのは秘密だ。

 給仕を終えると、快斗はふらふらと部屋を出て行く。
 そんな快斗の後ろ姿を、コナンがじっと見つめた。


(なんだあの人……)


 眉をひそめながら、コナンは心の中で呟いた。









 快斗はひとまず、花梨がトイレにいるものと思い込み、女子トイレの前でじっと待った。
 ……だが、5分、10分……一向に出てくる気配がない。


「……まさか」


 女子トイレに入るのはさすがにためらわれたが、今はそんなことを言っていられない。
 こっそり中を覗いてみると、そこには誰の姿もなかった。

 慌てて店内を走り回る。

 廊下を駆け抜けながら、空き部屋を一つひとつ確認し、調理場、スタッフルームも覗いて回る。
 ……それでも、花梨の姿はどこにもない。


「どこにいるんだよ……花梨!」


 焦りと苛立ちが入り混じった声が、思わず口をついて出た。










 快斗が店内を駆け回っていたその頃――。

 花梨は、事件後の打ち上げに戻り、蘭やコナンと談笑していた。
 しばらく楽しい時間を過ごし、園子の迎えが来た頃――ロビーに移動し、蘭が席を外すと、花梨とコナンのふたりきりになった。


「ん~ん、……タクシーで帰ろうかな」

「そっか。じゃあ、タクシー呼んで――」


 その時だった。


「その必要はねーよ?」


 快斗は花梨の背後、頭上から声をかける。


「ん……? あ、快斗!」


 目が合った瞬間、花梨の顔がパッと明るくなった。
 その笑顔に、快斗の胸がズキュンと撃ち抜かれる。


(うっ、可愛いぃ……♡)


 思わずニヤけそうになったが、必死に堪えた。
 いまは怒っている……というか、怒らなきゃいけない立場だ。たぶん。

 平静を装いながら、快斗は花梨をじっと見下ろした。

 隣に座っていたコナンも顔を上げ、「っ、黒羽……オメー……」と声を漏らす。
 “いつの間に店内に入ったんだ?”と、怪訝そうに眉をひそめていた。
 ……関係者以外は立ち入り禁止のはずなのだから、当然の反応だろう。


「ちょ、怪我したのって花梨かよっ!? なんでっ!?」

「あ……これは、ちょーっとトラブルに巻き込まれただけっていうか……。見た目ほど深い傷じゃないんだっ。ちょっとアイスピックの先が掠っただけっていうか……」


 花梨の首には、血が滲んだ包帯。手首にも包帯が巻かれている。
 その姿を目にした瞬間、快斗の目が大きく見開かれ、血の気がサッと引いた。

 対照的に、“あはは……”と苦笑いする花梨の無防備な笑顔――。


「ひぃっ、アイスピックだあ……!? 米花町嫌い。今すぐ帰ろう」

「え? わっ!? ちょ、ちょっと快斗!? 蘭ちゃんにまだ挨拶してな――」


 快斗は青ざめた顔のまま、突然花梨を横抱きに抱え上げると、そのままくるりと踵を返した。
 数歩歩いて、ふいに首だけを振り返る。そして――コナンを睨みつけた。


「……おい、ボウズ。オメー、死神でも憑いてんじゃねーの!? 花梨に近づくの、やめてくんない?」

「なんだと!?」


 バチッと、火花が散るような視線の交錯。

 ――だが、その睨み合いは一瞬だった。

 快斗はすぐに視線を戻し、抱き上げたままの花梨を見つめる。
 今度は、さっきとは違う――柔らかい笑顔を見せた。


(ああ、やっと花梨が戻ってきた……。けどオレ、怒ってるんだからな。)


「……帰るぞ」


 腕の中に彼女がいることで、ようやく安堵した快斗だったが――。
 怒っている気持ちは、ちゃんと伝えておく必要がある。

 彼は睨み顔をつくり、花梨をじっと見つめた。

 ……今夜は、離してやれそうにない。
 花梨がいくら泣いて謝っても、快斗の怒りはすぐには収まりそうになかった。










 ……そんなわけで、花梨がシャツを剥いだところまでしか詳細までは聞けなかったが、それで十分だ。
 快斗は、花梨に何があったのか、ほとんど把握しているのである。

 青子には「花梨に構いすぎ」と小言を言われていることもあり、表向きには、ただ彼女を心配する“優しい彼氏”として振る舞っておかなければならない。

 だが本音は、ただ心配しているだけではない。
 快斗の中には確かに、花梨に対する強い――異常なまでの執着が根を張っていた。
 ……自分の異常な執着心など、彼女に悟られてはいけない。

 このまま、花梨が安心して、自分のもとに居続けてくれるのなら――、快斗は、嘘なんていくらでもつけるのだ。



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