白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
126:打ち上げの再開








 あれから店長の隅井の協力で、事件後のカラオケボックスは花梨たちを残し、他の客は全員退店。事実上の貸し切り状態となった。
 寺原が逮捕されたことによりトークショーは延期になってしまったが、せっかく集まったのだからと、打ち上げは部屋を移して続行することに。
 コナンと蘭、園子、そして花梨――未成年の保護者が到着するまで、皆でソフトドリンクを手に乾杯し直し、語らいの時間が始まった。


「隅井さん、嬢ちゃんたちが帰ったら、また酒でも飲もーぜ」

「そうだな。今日はもう閉店だし、付き合ってやるか。高い酒の注文、頼むぞ」

「カラオケ店に高い酒なんてあるかよっ! わっはっはっは!」

ちげぇねぇな、はっはっはっ!」


 ……会話の中心は、達也と隅井だ。

 二人のやりとりを、花梨たちは黙って聞いている。
 蘭と園子も「達也のプライベートが聞けるなんて!」とばかりに、興味津々で瞳を輝かせていた。

 話によれば達也と寺原、そして隅井は、レックスが結成される前に同じバンドを組んでいたという。
 リーダーは隅井で、達也と寺原はツインボーカルを務めていたそうだ。
 寺原の歌が上手かった理由に、知らなかった面々も納得の表情を見せる。

 その頃の寺原は、今とはまるで違う見た目だったようで――隅井が言葉を濁すと、達也が笑いながら言った。


「アイツ、オレのために整形したんだよ。……バカな奴」


 隅井が「達也、そういうこと言うなよ」とたしなめる前に、達也は続ける。


「昔のまんまの方が可愛いのによ……」

「そういうことは本人に直接言ってやれ」


 そう言って隅井が肘で突くと、達也は――。


「ばっ、んな恥ずかしいこと言えっかよっ!! ……って、なんてこと口に出しちまってんだよ、オレは!!」


 顔を真っ赤にして頭を抱え、うなだれる達也。
 まさかそれを声に出していたとは、自分でも思っていなかったらしい。


「……そっか、そういうことだったんだ……」

「ん……? 美江子、どうした?」

「ううん。なんでもない」

「そうか……」


 照れくさそうに「あー、もー、今のナシナシ!」と頭を抱える達也の前で、話を聞いていた芝崎が微笑んだ。
 その笑顔を見て、山田は不思議そうに首を傾げる。
 芝崎の笑みは、どこか少し寂しそうにも見えた。


「なあ達也、お前、今度ソロデビューするんだろ?」

「ん? ああ」

「せっかくだ。レックスに残るメンバーに、一言くらい贈ってやれよ」

「あ? “せっかく”ってなんだよ。あんなヘタクソなドラマーと、ガキっぽいギタリストに贈る言葉なんてねーよ?」

「おまえは素直じゃないからな~」

「は? ちょ、なんだよ隅井さんっ!? “素直じゃない”って何が言いたいんだよ!?」


 話題は自然と達也のソロデビューへと移っていく。
 隅井はニヤニヤと目を細めながら、横目で達也を見てほくそ笑んだ。

 達也は嫌な予感を覚えながらも、隅井の真意が読めず、眉をひそめる。


「あー……、山田さんと芝崎さん」

「「へ?」」


 不意に、隅井の身体が二人の方へと向き、穏やかな声で呼びかける。
 山田と芝崎は、突然のことに目を丸くした。


「こいつ、素直じゃねーんだよ。自分が抜けたあとも、あんたらに頑張ってほしいと思ってああ言っただけだ。発破かけたつもりなんだってさ。達也が抜けてもあんたらは大丈夫だよな?」

「「え……」」


 にこにこと笑いながら語る隅井の言葉が、本当かどうかはわからない。
 だが山田と芝崎は、ゆっくりと頷いた。


「ちょっ、隅井さんっ! オレは別にっ……っ!」

「……」


 慌てて口を挟もうとした達也だったが、ふと――。
 花梨がじっと自分を見ていることに気づき、息を呑む。


「あーもうっ!! っ……つ、つまり、そういうことだっ! 頑張れよなっ!! オレが抜けても、お前らなら大丈夫だ。自信持って、しっかりやってけよ!?」

「「達也……!」」


 やけくそ気味に怒鳴った達也の言葉に、山田と芝崎の口元がほころぶ。


(――ツンデレなんだなぁ)


 ……その場にいた誰もがそう思ったに違いない。


「……で、いいんだろ! 嬢ちゃん?」

「……うふふふ♡ 素直が一番ですよね!」

「あーくそっ、今日のオレはどうかしてるぜ……」


 花梨が嬉しそうに微笑むと、達也はまた顔を真っ赤にして、頭を抱えたのだった――。










 しばらくして、園子の迎えが先に到着し、名残惜しそうに彼女は帰宅した。
 残ったのは、花梨と蘭、そしてコナン――。

 花梨には迎えがないため、蘭とコナンを見送ったあと、タクシーを拾って一人で帰るつもりだ。
 ちょうどその頃、小五郎から蘭に連絡が入り、「そろそろかな……」というタイミングで花梨たちは達也たちと別れ、ロビーへ移動する。

 迎えが来るまでの間、ロビーの椅子に座り、蘭と話をしていたのだが――。
 どうやらドリンクを飲みすぎたらしく、蘭は席を立って化粧室へ行ってしまった。

 残されたのは花梨とコナン。
 なんとなく会話が途切れ、そのまま無言の時間が流れる。


「…………っ、そ、そろそろおっちゃんが来るみてーなんだけど、一緒に帰るか……?」


 打ち上げの再開前、花梨にはっきり拒絶されたコナン。彼の物言いはいつになく恐々こわごわだ。
 花梨が笑って誤魔化すのはよくあるが、目が笑っていない“張り付いた笑顔”で拒絶されたのは初めてで、どうしていいのかわからない様子――。

 ……詳しく訊きたい気持ちはある。だが、今さらその話題を出せる雰囲気でもない。


「ん~ん、……タクシーで帰ろうかな」

「そっか。じゃあ、タクシー呼んで――」


 今日は無理だ。訊き出せそうにない。
 コナンはそう判断し、「タクシーを……」とスマホを取り出しかけた、その時。

 二人の頭上に、ふっと影が差す。


「その必要はねーよ?」


 聞き覚えのある声が、頭上から降ってきた。


「ん……? あ、快斗!」

「っ、黒羽……オメー……」


 花梨が見上げると、そこには快斗が立っていた。
 彼の姿を認めた花梨は、嬉しそうに表情を綻ばせる。

 隣に座っていたコナンも顔を上げたが、瞬間、“いつの間に?”と怪訝そうに眉を寄せた。


「ちょ、怪我したのって花梨かよっ!? なんでっ!?」

「あ……これは、ちょーっとトラブルに巻き込まれただけっていうか……。見た目ほど深い傷じゃないんだっ。ちょっとアイスピックの先が掠っただけっていうか……」


 首に巻かれた包帯には、うっすらと血が滲んでいる。
 さらに手首にも包帯が巻かれているのを見て、快斗の目が大きく見開かれた。

 花梨は“あはは……”と苦笑するしかない。


「ひぃっ、アイスピックだあ……!? 米花町嫌い。今すぐ帰ろう」

「え? わっ!? ちょ、ちょっと快斗!? 蘭ちゃんにまだ挨拶してな――」


 快斗は青ざめた顔のまま、突然花梨を横抱きに抱え上げると、そのままくるりと踵を返した。
 数歩進んだところで、首だけを振り返り、コナンを一睨みする。


「……おい、ボウズ。オメー、死神でも憑いてんじゃねーの!? 花梨に近づくの、やめてくんない?」

「なんだと!?」


 快斗の険しい瞳がコナンを射抜く。
 コナンも負けじと鋭い目で睨み返した。

 ……その睨み合いは一瞬だけ。

 すぐに快斗は視線を戻し、腕の中の花梨へと顔を向ける。
 今度は穏やかな笑顔を見せて――。


「可及的速やかに帰宅します! 裏にバイク停めてあるんだ♪ ……帰るぞ」

「快斗……」


 笑顔だった快斗だが、最後にはムスッとした顔で花梨を睨んできた。
 そのまま彼に抱えられながら、コナンの視線を背中に感じつつ、花梨はカラオケ店を後にする。

 現場検証が続いているため、店の外にはまだ数台の警察車両が停まっていた。
 それに釣られてか、野次馬もちらほら。

 快斗が駆けつけた時には救急車もいて、「何事だ!?」と心底焦ったらしい。
 気が気じゃなく、店内に潜入して様子を見に行こうかとも思った――とのこと。

 警察官たちが話しているのをこっそり聞いたら、「怪我人は出たが軽傷」だというので、なんとか我慢して待っていたそうだ。
 「花梨の迎えです」と言ったら通してもらえたが、来てみれば――花梨が怪我をしている。

 肝が冷えたどころの騒ぎじゃなかったらしい。

 ……小学生を睨みつけてしまったことに関しては、後悔はしていないそうだ。
 コナンに対して当たりが強い気がするのは、気のせいなのだろうか……。


「……オレ、怒ってるんだからな?」

「っ、ごめんなさい。連絡しなくて……」

「許さん。バンドマンと浮気なんてしてんじゃねーよ! 花梨のこと“可愛い”って褒めてたの聞いたぞ!」

「……浮気してないよぉ~~……!」


 カラオケ店の裏手に停めてあったバイクの前で、快斗は花梨を後部座席に下ろし、ヘルメットをかぶせてくれる。
 さらに上着まで羽織らせてくれた。……用意がいいというか、抜かりがない。

 ……それにしても、快斗はどこまで知っているのだろう。
 あの口ぶりからすると、全部知っているような気がしてならない。

 “黒羽に教えたら、何て言うんだろうな?”

 コナンに言われた、そのひと言を思い出して、花梨はうっすら涙目になる。


「浮気はぜってぇ許さねーかんなっ! 帰ったらお仕置きすっから、覚えてろよっ!」

「ひーんっ……! 浮気なんてしてないってばぁっ!」

「男のシャツ剥いどいて、なに言ってやがる、バッ花梨カリンっ!」

「っ、ごめんなさぁぁああ~~い!!」


 “パンッ!”

 ヘルメットのシールドが勢いよく閉じられる音が、静かな夜に響いた。

 ……今夜の快斗は、ずっと不機嫌である。

 バイクに乗って向かった先は、花梨のマンションではなく快斗の自宅――。
 家に着いても、快斗の機嫌はまったく直らず。
 許してもらえるまで、花梨はひたすら謝り続けたのだった。



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