白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
122:名探偵にしてやるよ







「寺原さんっ! 待ってください!」

「……は? 私たちスケジュールが詰まってるの。あなたのせいで替えの衣装まで準備しなきゃいけなくなったんだから、邪魔しないでちょうだい」


 速足で店の出入口に向かう寺原を呼び止めたものの、彼女は花梨に対してあまり良い印象を持っていないのだろう。冷淡で強い口調が返ってくる。


「っ、邪魔したいわけじゃないんです! でも、今は部屋から出ないで欲しいです」

「はぁ? なに言ってるの? もうスタジオに移動しないとかなり遅れてるんだけど? さっきも言ったけど、まだ未成年のあなたじゃ責任取れないでしょう!?」


 ……寺原は相当お冠らしい。花梨を責めるように指を突きつけ、早口で距離を詰めてくる。
 彼女より背の低い花梨は、少し怖いと感じた。
 けれど、ゆっくりと冷静に扉を開け、手を差し向ける。

 そして、しっかりと寺原を見上げながら告げた。


「……これから警察が来るので部屋に戻って下さい」

「警察? どういうこと?」

「……それは部屋に戻ったら説明します」

「……わけがわからないわ……」


 花梨の堂々とした態度に寺原は渋々部屋に戻りはじめた。


「私もわからないんですけどね……、誰かが達也さんを毒殺しようとしていたなんて……」

「ど、毒殺っ!? どういうこと!?」


 部屋に戻りながら、花梨がぽつりとこぼす。
 誰かが達也を殺そうとしていたなんて――思ってもみなかったのだろう、寺原は目を大きく見開いた。


「……部屋に戻ったら順を追って説明させてください」

「……」


 寺原を伴って部屋の前まで戻り、「先に入っていてください」と入室を促した花梨は、彼女が黙って部屋に入るのを見届けて、自身はそのまま廊下に残って待機する。


「……花梨くん!」


 少し経ち、受付ロビーのほうから目暮警部が数人の部下を引き連れ走ってくる。その後ろには、店長の隅井もついてきていた。

 外ではサイレンこそ鳴っていないものの、パトカーの赤色灯が点滅しており、何事かと人々が店の前に集まり始めている。

 まだ騒ぎにはしたくない――そう考えたコナンの指示で、サイレンは鳴らさずに来てもらうように頼んでおいた。
 その通りにしてくれたのは、通報時に元警察官の権堂が口添えしてくれたからだろう。
 彼女の姿は見えないが、感謝しなくてはならない。


「あ、目暮警部! どうでしたか?」

「ああ、キミの言った通り青酸カリだったよ。いったい誰が、服の袖に? 袖に触れた手で食事でもしていたら、取り返しがつかなかったな。よく気がついたね」


 ……花梨が回収した達也のジャンパーとシャツは、権堂を通じて警察に引き渡され、大急ぎで毒物検査が行われていた。
 結果は、やはり――陽性だった。


「触れた手で食事……。あっ!」


 目暮警部の言葉に、花梨が大きな声を上げた。


「ん?」

「出されたお料理、ほとんどが手掴みで食べるものばかりでした!」

「! なるほど! 犯人はそれを狙ったということか……!」


 花梨の言葉に、目暮警部が犯人の手口を理解する。

 青酸カリが付着した衣服に触れた手で、そのまま料理を素手で掴み口に運べば、体内に毒が入り、最悪の場合――窒息死する。
 花梨は、煙草を吸う達也だから、青酸カリが付いた手で煙草を吸えば……なんて思っていたが違った。
 いや、ひょっとするとそちらも狙っていたかもしれないが、今日は「禁煙する」と言ってすぐに煙草をしまってくれたから、それは成立しない。

 ……今日の料理はほとんどが手掴みのものばかり。
 達也が歌った後で料理を口にすればどうなるか――手口さえわかってしまえば、答えに辿り着くのはたやすい。

 ……そんな時。

 ピピピピピ……。

 花梨のスマホが鳴った。


「はい……あ、新ちゃん。いま目暮警部と合流して食事のことを……うん、イヤホン付けるね。髪に隠れるようにして……と」


 通話の相手は、新一――いや、今は“コナン”。
 さっき二人で相談し、花梨がコナンの“代弁者”となって犯人を炙り出すことにしたのだ。

 どこから電話しているのかと廊下を見回してみれば、花梨たちの死角になる場所で、コナンがスマホを耳に当てているのが見える。どうやら彼も、花梨が寺原を追って部屋を出たタイミングで後を追ってきたらしい。

 電話越しに「オレの言うとおりに……」という声が聞こえ、花梨はうなずく。
 片耳に、打ち合わせのときに渡されたイヤホンとマイクを装着し、スマホに接続した。

 今日は少々冴えているが、推理に関してはポンコツな花梨に、犯人の特定までは到底ムリだ。
 そういうのが得意な“探偵”――新一がいるのだから、指示を仰ぐのが一番手っ取り早い。

 これから花梨は、イヤホン越しに聞こえるコナンの指示通りに動く。


(……なんだかちょっと、捜査官みたいじゃない? ドキドキ……)


 「警部を連れて部屋に戻るんだ」という指示に、花梨は再びうなずいた。


「花梨くん?」

「目暮警部、部屋に行きましょう! 犯人、もうわかりました!」


 新一から電話が来ていることなど知らない目暮警部は、不思議そうに首をかしげる。
 だが、花梨の耳には「犯人がわかった」というコナンの自信に満ちた声が届いており、それを受けて堂々と宣言してみせた。


(今のちょっとカッコよくなかった……!?)


 花梨は内心で目を輝かせる。

 その様子を見ていたコナンは、一瞬目をぱちくりとさせた後、クスッと笑った。


 “……嬉しそうにしやがって。オメーを名探偵にしてやるよ。”




「ほ、本当かね!?」

「た、たぶん……、でいいんだよね……?」


 目暮警部が驚いて目を見開く中、花梨は小声で同意を求めるように呟く。
 ……が、コナンからは返事がない。


「たぶん?(でいいんだよね……とは?)」


 半信半疑な目暮警部の視線が、ぱちぱちと花梨の顔を見比べるように瞬く。

 その瞬間、ようやく「……ああ、あの人で間違いない」とコナンの声。
 どうやら、考え事をしていて返事が遅れたらしい。


「あ、いや、はいっ! 私に任せて下さいっ! これから犯人を炙り出しちゃいますから! これでも高校生探偵、工藤新一の弟子なんですよ!?」


 ――ちょっと新ちゃん、色々考えてるのはわかるけど、先に犯人が誰か教えといてよ~……!


 電話の向こうで「けど、あの人なんだよな……いや、でも……」と、コナンが何かブツブツと呟いているのが聞こえてくる。
 どうやら犯人の特定はできたようだが、まだ何か引っかかっているらしい。


「工藤君の、で、弟子……? そ、そうかい? じゃあ行こうか……」


 目暮警部は、いつもと違ってテンション高めな花梨に首をひねりつつも、達也たちのいる部屋へと足を向けた。

 ……今日の花梨は背後に“新一”がいるという安心感からか、ちょっぴり得意げだった。









「えっ!? どうして?」

「何かあったんですか!?」

「蘭君! それに園子君も!」


 花梨が目暮警部と部下の警官一人、そして店長の隅井を伴って部屋へ戻ってくる。
 突然の登場に、蘭と園子が驚き、思わず立ち上がった。


「あんた誰だ?」


 トレンチコートを着た男と、警察の制服を着た男――二人の突然の訪問に、達也も目を丸くして怪訝そうに尋ねる。


「あー、私は警視庁から来た目暮と言います。今回の事件の容疑者を捜しに来ました」

「事件……?」


 部屋が手狭なため、目暮警部は部下を連れてステージ側へ移動し、警察手帳を取り出して達也に提示する。
 自己紹介を受けてもなお、達也は首をかしげていた。


「木村達也さん。あなた、何者かに命を狙われています」

「え」

「……あなたのスタッフジャンパーと、脱いだシャツの袖から青酸カリが発見されました。もしそれに触れた手で食事をしていたら、今頃あなたは――命を落としていた可能性が高いです」

「そ、袖って……マジかよ……」


 ……自身の歌を思い出したのか、達也の顔から血の気が引く。
 一瞬で青ざめたあと、いまさら遅いが慌てて近くのおしぼりを手に取り、必死に手を拭いだした。


「幸いにも、彼女が異変に気づいてジャンパーもシャツも取り上げてくれたおかげで、あなたは助かったわけですが……」


 目暮警部が扉付近に立つ花梨をちらりと見て言うと、達也は驚いたように彼女へと視線を向け、笑顔を浮かべた。


「マジ!? 嬢ちゃん、すげーな。よく気づいたな。……命の恩人じゃねーか! なあマネージャー?」


 花梨の隣にいた寺原へと視線を移し、達也が笑いながら同意を求める。


「……」


 ……寺原は無言だった。


「嬢ちゃんに責任どうこう追及してる場合じゃねーっての。命の恩人だぜ? 嬢ちゃんがいなかったら、今ごろオレ、死んでたんだってよ!」


 興奮気味にそう言う達也に、寺原は少し間をおいて冷静に――しかし、どこかはにかんだような表情で応じた。


「……そうね、お礼を言わないとね……」

「嬢ちゃん、ありがとな。あんた、命の恩人だよ」

「いえいえ、達也さんが無事で、本当によかったです」


 ――本当によかった。もう、誰かの死なんて見たくないから……。


 達也から礼を言われ、花梨は柔らかく微笑みながら、首を横に振った。
 命が助かった。それだけで十分。

 ……人が死ぬのを見るのは、苦手だ。

 現場に立ち会うと、どうしても過呼吸になったり、時には気を失ったりしてしまう。
 それは――両親の死が関係しているのだろうけれど、花梨自身、そのあたりの記憶が曖昧なのだ。
 遺体を見た、という事実も、あとから人づてに聞かされて知っただけで、自分の記憶としてはほとんど残っていない。

 新一と一緒にいると、どうしても殺人事件に遭遇してしまうことがある。
 けれど、今回ばかりは――誰も死ななくて、本当によかったと思えた。


「……で、犯人は誰なんだ? 毒に気がついたんだ、犯人もわかってんだろ?」

「犯人……、……え? それホント?」


 当然のように尋ねる達也に、花梨は困ったように首をかしげる。
 毒の存在に気づいたのは新一のおかげであって、犯人が誰かなんて、花梨自身にはまだわからない。

 ……その時だった。

 イヤホン越しに、「あの人だよ」というコナンの静かな声が聞こえた。
 花梨の目がぱちくりと瞬く。


「ん?」

「……う、ん……そっか。それは裏を取ってみないとわかんないね」


 目の前で様子のおかしい花梨を見て、達也がまた首を傾ける。
 その姿は、部屋にいる他の人たち――蘭や園子、店長の隅井、警部たち――も同じだった。
 傍目には、花梨が突然ひとりでぶつぶつと独り言を呟いているようにしか見えないのだから、無理もない。


 ――ちょっと待ってて、新ちゃんが今……なんで“あの人”が犯人なのか、説明してくれてるから……。


 花梨の首がイヤホンから聞こえる声に合わせて、何度か小さく縦に振れる。
 イヤホンは髪に隠れて見えないため、他の人には何が起きているのかさっぱり分からず、室内の空気はポカンとした雰囲気に包まれる。


「花梨ちゃん……?」


 心配そうに声をかけてきた蘭に、ちょうど説明を聞き終えた花梨がはっと顔を上げた。
 そして、自身の隣に立つ“その人物”に、ゆっくりと視線を向ける。


「あっ、えっと……はい、犯人でしたよね」


 花梨の手が少し震えながらも、ゆっくりと犯人を指差す――そして、声を震わせずに言った。


「――犯人は……あなたですね」



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