白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
121:ブラッディビーナス







 犯人を罠に嵌める相談を終え、部屋に戻って来た花梨とコナン。

 ……部屋の中を見回すと、マネージャーである寺原だけがまだ戻ってきていない様子。
 スタジオに連絡を入れると言っていたが、遅れる交渉が上手くいっていないのだろうか……。

 部屋では園子がステージで歌っていた。


「おー、嬢ちゃん待ってたぜ。あれ? ジャンパーはどうしたんだ?」

「あ、シャツを洗う時に濡れちゃったので、とりあえず化粧室に置いて来ました。あとで回収に行きます」

「ははは、嬢ちゃんはおっちょこちょいなんだな」

「ははっ、そうみたいです」


 戻って来るなり、赤い顔の達也が手を挙げ歓迎してくれる。シャツをダメにしたというのに寛大な人だ。
 花梨がジャンパーを羽織っていないことに気づいて笑った。


「あー花梨! やっと戻って来た~! あなたも達也さんのヒット曲、聴きたいでしょ?」


 歌の途中ではあるが、ステージから園子が花梨を指差す。


「え? 聴きたい聴きたい!」

「だよねー! 今割り込みで入れました!」


 花梨が二度三度首を縦に振ると、ステージから園子が蘭に指を鳴らしてウインク。蘭はささっと達也の曲を割り込みで入力した。
 そして流れる、先ほど歌われることのなかった達也のヒット曲、“血まみれの女神ブラッディビーナス”……。

 イントロが流れ始めると、園子はステージから下りた。


「聴きたいってか……ははっ、素直な嬢ちゃん。悪くねえな」

「素直が一番ですよー?」

「……な、なんだよ……?」

「ふふふっ♡」


 達也は席から立ち上がり、ステージに向かおうとして、上目遣いの花梨と目が合い、眉を寄せて苦い顔……。


「フン……。驚くなよ?」

「へ?」

「いくぜ!! “血まみれの女神ブラッディビーナス”!!」


 ステージに立った達也がジャンパーを脱ぎ捨てると、蘭と園子が黄色い声を上げ熱狂する。
 達也は上半身裸で歌い出した。


「「キャー! 達也様ー!!」」

「「っ……!」」


 キィィィン……。
 蘭と園子の声に、花梨とコナンの耳がキーンと鳴り始める。二人は見つめ合って苦笑した。
 再びステージに注目し、達也の歌を聴いていたが、ある瞬間――。


「「あっ!!」」


 花梨とコナンは同じタイミングで声を上げる。


「……新ちゃん……。私、すごい。肘の意味わかったかも」

「はい、すごいすごい(新ちゃん言うなっての……)」


 熱唱する達也を見ながら花梨が小さく呟くと、コナンがジト目で見上げた。


「も~珍しくわかったんだから、もうちょっと褒めてくれてもいいんじゃない?」

「あとでな。……なあ花梨。もう目暮警部呼んでいいかもしれねー」

「え? 犯人わかったの?」

「……ああ、たぶんな」


 コナンには犯人がわかったらしい。
 ぽかんとした顔の花梨とは対照的に、コナンの表情は真剣そのもの。

 花梨は「この曲が終わったら目暮警部を呼ぶね」と告げた。


「……はあ、はあ……、へへへ……どうだった、オレの歌……」

「「とってもよかったですー!」」


 歌い終えた達也が再びジャンパーを着て席に戻って尋ねると、蘭と園子の声がハモる。「素敵でした!」と言った花梨の声は小さくて届かなかった。


「へへっ、だろ? 今度ソロで新曲を出すんだ。そっちもリリースされたら聴いてくれよな」

「「「絶対聴きますね!」」」


 ……今度は三人うまくハモった。
 女子高生三人に憧憬の目を向けられた達也は、鼻の下を人差し指で擦り嬉しそうだ。


「よぉ克己、オレにもそのオニギリ取ってくれよ」

「……」


 一曲歌い、腹が減ったらしい達也は、無言でオニギリを食べていた山田に「オレも」と催促する。
 山田は無言のまま、オニギリを一つ手にして達也に投げつけた。


「サンキュー……」


 達也がお礼を言って受け取ったオニギリに齧りつくが、山田はフイッと顔を背ける。


「ソロデビューですか……。達也さんのソロは楽しみだけど、レックスが好きだからなんだか淋しいですね……」

「まあしゃーねーよ、レックスはオレの居場所じゃなかったってーことさ」


 淋しそうに話す蘭に、達也はわずかに眉を寄せて笑った。


「新ちゃん、私そろそろ行ってくる」

「ん、アレ持ったか?」

「持ってるよ。すぐ戻って来るから、新ちゃんも準備よろしくね」

「おう」


 蘭たちが達也と話している間にコナンとコソコソ。これから犯人の炙り出しを始めるために花梨は席を立つ。


「ソロっていや、新曲の他に今、クリスマスに向けて曲を作ってんだけどさー……」


 一人離席し、目暮警部を呼ぶため扉に向かう花梨の前で、達也がクリスマスソングについて話し始めた時だった。


「た、達也……、ど、どうしたのその格好……」


 花梨が開けようとした部屋の扉が開き、寺原が戻って来る。
 達也を見た寺原は驚いた様子で目を丸くした。


「あ? 別にいーだろ」

「……」


 さっきまで機嫌のよかった態度が突如変化し、達也は寺原を睨み付ける。部屋の空気が一気に冷えていく……。
 睨まれた彼女は唇を噛み、黙り込んでしまった。


「すみません……私が手を滑らせてコーヒーを達也さんのシャツにかけちゃって……」

「そう……。困ったわね、達也が体調を崩したらどうするつもり? まだツアーは残ってるの。もし休演になったらお嬢さんは責任取れるのかしら」

「ご、ごめんなさい……」


 扉近くにいた花梨が頭を下げると、寺原が責任を追及してくる。
 大切なボーカルに風邪でもひかれたら、損害が出るから――と、鋭い瞳で詰め寄った。
 怒られた花梨は、しょぼんとただ頭を下げるのみ――。


「っ……(花梨……)」


 見ていたコナンは“おたくの大事なボーカルの命を救ったのは彼女なんですけどね!”と、言ってやりたかったが、今は言えない。
 ……花梨の側へと行き、慰めるように手を握った。


「「そんな風に言わなくても……」」

「そーだぜ、手が滑っちまっただけなんだからしょーがねーだろ。誰だって失敗はある。それにちょっと濡れたくれーで風邪なんてひくほど、オレの身体はやわじゃねーよ」


 蘭と園子が花梨を憐れみ、達也も擁護するように寺原に抗議する。


「っ……達也! そろそろ打ち上げは終わりよ。入口に車を回してくるからみんなも帰る準備をして」


 寺原は眉を顰め一瞬声を荒げ、そしてきびすを返して部屋から出て行こうとした。


「……花梨っ……姉ちゃん!」


 ……不意にコナンが花梨のスカートを引っ張った。


「へ?」

「あの人、一人で行かせちゃダメだよ!」

「……えっ? あっ、ちょ、ちょっと待ってください! 寺原さんっ!!」


 ――ちょっと新ちゃん、急に引き留めろってなにっ?


 コナンの意図はよくわからないが、引き留めろと言われればそうしましょう。花梨は寺原を追いかけた。



123/196ページ
スキ