白月の君といつまでも1

-- Spring, about 17 years old
118:レックスの打ち上げ④


「フンフーン♪ はー……楽しかった。カラオケってこんな感じなんですね~。いい経験になりました。ありがとうございます! ……って、あれ? みんなひょっとして寝てます?」


 気持ちよく歌い終えて花梨が席を見渡すと、隣で一緒に歌っていた山田を含む全員が舟を漕いでいる。

 コナンまでもがうつらうつら。
 立ったまま寝る山田が器用過ぎて、花梨は目を瞬かせた。


「山田さん、山田さん! 起きて下さい」

「……ん? あ……あれ……? もう終わったのか?」

「終わりましたよ」

「そ、そうか……」


 前後にフラフラする山田を起こし、花梨は席に戻りアイスコーヒーを一口。
 次は誰が歌うのかなと曲が流れるのを待った。


(私の歌、つまんなかったのかなあ……。みんな白けて寝たふりなんてしちゃって……せっかく新ちゃんに聴いてほしかったのに無反応だし……)


 歌い終えても拍手がなく、ちょっぴり悲しい。

 音痴だとは思っていないが、もしかしたら新一よりも音痴で、そこに触れることすらはばかられるレベルだったりしないだろうか。
 だとしたら、もう二度と歌わない方がいいかもしれない。

 ……ドラえもんの曲はちょっと自信あったのにな……なんて、ちょっと凹んだ花梨であった。


「ん……? ……ハッ!? お、おい、嬢ちゃん! あんた今何した?」


 そのうち達也が目を覚まし、花梨を驚いたような瞳で見つめる。
 何をしたと問われても、歌を歌っただけで、別に何もしていない。


「え? 歌を歌っただけですけど……」


 コナンを挟んではいるが距離を詰め、両肩に手をポンと置く達也の瞳は食い入るように花梨を見ていて――。


「……すげえ癒しの声だな嬢ちゃん。あんた歌手やってみたらどうだ? 知り合いのプロデューサー紹介するぜ?」

「あ、いえ、まったく興味ないんでいいです」

「っ、……ハハッ! あっさりしてんなあ!」


 芸能界に全く興味がない花梨は首を左右に振り振り。
 達也は即断られるとは思っていなかったようで、面食らったような顔をしたあと笑った。


「お待たせしました……」


 ふとガチャッと部屋の扉が開き、店員がやって来て皆が起き出す。
 店員の手にはトレーがあり、料理がのせられている。頼んだ料理を持って来てくれたようだ。


「ああ、待ってたぜ隅井さん! オレがマネージャーに言って、あんたの店を予約したんだぜ!」

「すまんな」


 やって来た店員に向かって達也が声をかけた。
 店員の名は【隅井豪】。このカラオケボックスの店長だという。

 ……達也と知り合いらしい。


「……ふわぁああ……、なんか疲れ吹き飛んだわ。頭超すっきり……!」

「うんー、気持ち良かった~! 花梨ちゃん、とっても素敵な歌をありがとう♡ 聴いてたら心地好くてウトウトしちゃった。ごめんね」


 達也と隅井が話していると、向かいの席で園子と蘭が腕を高く挙げ伸びをする。花梨の歌を聴いていたら眠くなったとのこと……。


「あ、ううん。そっか、それならよかった」


 ――そっか、音痴ってわけじゃなかったんだ、よかった~。


 なぜ皆がうたた寝してしまったのかはさておき、音痴ではなかったことがわかり、花梨はほっと胸を撫で下ろす。


「……、花梨……オメー……」

「ん……? ……くしゅっ」


 コナンも気がついたのか、目を擦りながら顔を上げた。
 ……汗が引いて本格的に寒くなってきた花梨から、小さくくしゃみが漏れる。


「やっぱすげーな、声……」

「声?」

「いい声してる」

「あら、褒めてくれてありがとねっ♡」


 そういえば、新一は私の声が気に入ってたんだっけ……と、花梨はにっこり笑顔を見せて目礼する。
 変声機でも真似できないと言っていたから、特殊な声なのだろうとは思うが自分ではよくわからない。


「へっ! それにしても昔のバンドのリーダーがこんなしけた店をやってるとは……悲しいねー……」

「うるせー、ガタガタぬかすと料理下げちまうぞ!」

「おいおい、それが客に対する態度かよ?」


 ……花梨とコナンの目の前では達也と隅井の話が続いていた。
 そんな折、次の曲が流れ始める。イントロを聴くに誰もが知っているであろう有名な曲――。


「あれ? これも知ってる曲……」

「確か赤鼻のトナカイ……」


 スピーカーから聞こえてきた曲に、蘭と園子が“どうしてこんな時期に……?”と反応する。
 流行りの曲を知らない花梨も、さすがに赤鼻のトナカイくらいは知っている。


「クリスマスでもないのに……」


 ……クリスマスはまだまだ先だ。
 花梨はコナンと顔を見合わせ首を傾げた。


「フッ……これもオレがリクエストした曲だ……マネージャーさん、あんたにな!!」


 ふとコナンの隣から声が聞こえ、そちらを見ると達也が、料理を並べる隅井の手伝いをする寺原を見ながらニヤついている。


「っ!?」

「中学の時までサンタを信じてたっていう、あんたにはお似合いの曲だ……そうだろ? いつも気取ってる美人マネージャーさんよ~~」

「わかったわよ……歌えばいいんでしょ?」

「フン……」


 達也の口調がなんだか煽るようで、感じが悪い。
 マネージャーである寺原は一瞬ムスッとしたようだが、怒鳴ったりすることはなく、隅井の手伝いもそこそこに、ステージに上がりマイクを手にした。


「……、じゃあな達也……」

「さいならー……」


 料理を並べ終えた隅井が何かもの言いたげに眉を下げ、部屋から出て行く。それを達也は手を振り見送った。


『♪真っ赤なお鼻の――……♪』


 寺原が歌い出し、蘭がその綺麗な歌声に「きれいな声~」と小さく手をぱちぱち。
 ……花梨とは違い、聴いていると楽しくなるいい声だ。かなり上手い。


「……達也さん……」


 歌をリクエストしたくせに、達也は歌う寺原を見ようとせず俯いている。

 照れ隠しなのか、それとも――?
 気になった花梨は腕を擦りながらじっと彼の様子を窺った。


「え……(花梨……? なんで木村達也をじっと見てんだ……?)」


 急に寺原に対しツンとした態度を取る達也が、花梨と同じく気になったのだろう。コナンもじっと達也を見ていたが、背後から花梨の視線を感じてそちらに目を転じたのだ――が。


「ん? おう、ボウズ、オメーも歌ってみるか?」

「い、いいよボクは……」

「遠慮すんなよ! 曲の入れ方教えてやっからよ!」

「う、うん……」


 コナンが花梨に声をかけるより先、達也から声がかかり、コナンは再び達也を見上げた。
 すると達也は表情を切り替え、テーブルに置かれた料理に手を伸ばす。


「嬢ちゃん、遠慮せずなんか好きなのあったら摘まみな。私服の彼女たちは食ってきたかも知らねーけど、嬢ちゃんは学校帰りだろ? そろそろ腹減る時間じゃねーの?」


 ……テーブルにある料理のうち、野菜スティックを手に取る達也。彼は花梨に食事を勧めてくる。


「あ、ありがとうございます。あっ、唐揚げ! レモンかけてもいいですか?」

「くくっ、どーぞ?」

「じゃあ遠慮なく」


 遠慮することなく両手でレモンを搾り唐揚げにかける花梨に、達也は自身の高校生の頃を思い出しているのか、「オレも高校ん時はよく腹減ってさー、バンド活動の帰りにしょっちゅう買い食いしてたぜ」なんて懐かしそうに笑った。


「わ~! 素敵な赤鼻のトナカイでした~」

「ありがとう」


 園子が歌い終えた寺原に声をかけると僅かに微笑む。
 花梨もピックが刺さった唐揚げを一口食べて、慌てて咀嚼し、綺麗な歌声に拍手を送ったが、チラッと一瞥をされただけで寺原は自席へと着いた。
 その視線が少し鋭かった気がするのは気のせいだろうか……。

 ……それから各々選曲して、歌い出す。


「花梨ちゃん、もう一曲歌わない?」

「あ、ううん、私はもういいよ。元々聴くだけにしようと思ってたから。それに私、知ってる曲って童謡くらいしかないんだ~」

「え……そ、そうなんだ」

「うん、たまたまドラえもんは知ってたけど、流行りの曲は全然知らないの。さっきみたいにしらけちゃうと思うから遠慮するね」

「あれはしらけたんじゃないよ!?」

「ふふふ、ありがとう蘭ちゃん♡」


 誰かが歌うのに対し、聴くばかりで拍手している花梨を見かねてか、蘭から尋ねられたものの、自分が歌うとまた“しん”としてしまうかもしれない。
 ドラえもんは辛うじて知っていたが、他に知っている曲は童謡と学校で習った曲だけ……。
 ここは聴くだけにしておいた方がよさそうな気がする。

 花梨はにこにこと笑い、場の空気を和ませることにした。


「えー勿体ないわね。歌なんか聴きながら憶えればいいじゃない。花梨、あなた、絶対アイドルになれるから歌いなさいよ」

「だから、アイドルになんてならないってば……」

「もう、園子! 花梨ちゃんに強要しちゃダメでしょっ」


 園子からアイドルになれとゴリ押しされても、花梨には全くその気がないわけで……。「どんな曲を歌わせようかしらね……」なんて、曲リストを見始めた園子を蘭が止めてくれた。

 そんな一幕もあり、しばらく楽しい時間が続いていたのだが、またしても達也リクエストの曲が始まり、芝崎が歌いながら涙を零し始めた。


「ねえ、なんであのねーちゃん、にーちゃんがリクエストした曲を泣きながら歌ってんの?」


 感情の昂ぶりを抑えきれない様子で歌う芝崎を、不思議に思ったコナンはサンドイッチをかじる達也に尋ねる。


「さよならするからだよ……、美江子にもこのバンドにもな……」


 花梨も気になって達也に目を向けると、あっさり教えてくれた。




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