白月の君といつまでも1

-- Spring, about 17 years old
117:レックスの打ち上げ③


「あははは……」


 花梨は乾いた笑いで「新ちゃんごめんね、いつもありがたいと思ってるよ」と心の中で呟く。


「ちっ……、わーったよ。ちびちび飲みゃいいんだろ……。ったく不思議な嬢ちゃんだな……従いたくなっちまう……」


 そのうち達也から了承の声が聞こえて、酒をあおるスピードが遅くなった。


「「……花梨……」」


 物怖じせず達也に意見する花梨の様子に、園子も蘭も「花梨て大物だわ……」とぽつり。

 ……花梨は蘭や園子とは違い、レックスのファンというわけではない。
 そして同い年でなければ、男性に対してさほど苦手意識もなく、誰に対しても基本的に平等に接するのが花梨である。

 ゆえに緊張せず普段通り接しているだけなのだが、二人の目にはそう映らなかったらしい。


「フフ。あの子、達也のお気に入りみたいね。やっぱり美人が隣にいると絵になるわね……」

「えっ、寺原さんもお綺麗じゃないですかー」


 達也と親しげに話す花梨を眺めながら寺原が発言するので、蘭は首をかしげる。
 園子もその通りだと何度も首を縦に振った。


「フフ、そう? ありがと。さ、あなたたちも何か話したいことがあるんじゃない? 気軽にどうぞ?」

「じゃ……、じゃあ達也さんに一つだけ質問を……」


 寺原に促された蘭と園子は、緊張しながらも頬を赤くし、言いづらそうに話し始める。


「ん?」


 自分に話しかけられていることに気づいた達也は、二人に注目した。


「「女優の小泉裕美子と付き合ってるって噂、本当なんですかーー?」」

「へ? ハハハ……心配すんなよ、ありゃーただのデマだよ! デマ!!」

「「よかったーー!!」」


 蘭たちの質問は、達也の恋人についてらしい。

 達也が即否定したため、二人はほっとした様子で手を取り合いキャッキャとはしゃぐ。
 芸能界では大人の事情でそういったデマが多いとのこと……。

 ……花梨とコナンは“なんでそんなこと気になるんだろう……”と、二人をぼうっと見ていた。

 不意にゴトッとビアジョッキがテーブルを打つ音が聞こえ、そちらに花梨とコナンは視線を移す。
 その席には芝崎がいて、彼女は深刻な顔――。
 僅かに肩を震わせているような気がした。


「「……」」


 花梨とコナン、二人はなんとなく互いに目を向ける。
 目が合った二人はニ、三度瞬きをした後でまた芝崎に注視した。

 コナンが何を考えているかは知らないが、花梨は“エアコンがよく効いているから寒いのかな……?”とふるり。自身も肩を震わせた。
 ゲームセンターで羽目を外し過ぎて、たっぷり汗を掻いたため冷えたらしい。


「さあ、パーッと盛り上がろーぜ!!」


 芝崎の隣に座った山田が立ち上がって明るく振る舞う。
 その掛け声を皮切りに、カラオケが始まった。









「「――どんな時でも~♪」」


 蘭と園子がステージに立ち笑顔で歌い終え、ピーピーと山田が指笛を吹き、芝崎も拍手をしながら「へーうまいじゃん二人とも……」なんて感心している。
 花梨も「わ~♡ 二人とも上手~♡」と手をぱちぱち。
 楽しそうな蘭と園子に拍手を送った。

 その横で――。


「フッ……、確かにそうだ……。どっかのヘタなバンドより、よっぽどましだぜ……」


 赤い顔をした達也が煙草を手にし、オイルライターを胸ポケットから取り出すと火を点ける。
 一瞬で場の空気が変わり、山田と芝崎が達也を見て息を呑んだ――のだが、途端。


「ケホッ、ケホッ!」


 隣から発せられた煙に花梨は咳き込んでしまった。


「ん? あ、悪い、嬢ちゃん煙草は苦手か?」

「すみません……」

「ハハッ、いーよ消す消す。しゃーねー、今日は禁煙してやるよ。その代わり飲むぜー」

「えー」


 達也は点けたばかりの煙草を消し、花梨の隙を見てジョッキをあおる。


「ちょっと達也、飲み過ぎよ! 言ったでしょ? この後、トーク番組があるって……、せっかくお嬢さんが止めてくれたのに……」

「うるせえどブス! 引っ込んでろっ!!」

「っ……」


 寺原がやって来てたしなめると、達也は噛みつくように怒鳴り声を上げた。
 怒鳴られた寺原はびくりと肩を揺らす。
 達也の暴言に蘭が不思議顔で「ど、どブス……?」と首を捻った。

 ……それはそうだ、寺原は大人の魅力溢れる美女なのだから。


「……(そーとー酔ってんなこいつ……)」


 コナンは隣でグビグビと、ビールを飲み下していく達也を怪訝な眼で見つめる。


「……、素直じゃないなあ……」

「ん……?」

「ん? ふふふっ♡ 人間、素直が一番だよね~?」

「は……?」


 不意に花梨が、自身の両腕を擦りながら零すとコナンが見上げてきたが、なんのこっちゃと蘭同様に首を傾げた。
 そんな時、スピーカーから『チャララ……♪』誰もが知っているであろう、国民的アニメの主題歌。ドラえもんの曲が流れてくる。


「あ、この曲ドラえもんじゃない?」

「でも、誰がこんな曲……」


 蘭と園子がこの曲知ってる! とイントロで曲名を当てる。
 モニターを見れば、蘭の言った通りの曲名が表示されていた。


「ホラ、歌えよ克己……オレがリクエストしたオメーの曲だ……」

「「え?」」


 この曲をリクエストしたのはオレだ、そう告げたのは達也。
 花梨とコナンは、なぜ山田にこんな曲をリクエストしたのかわからず目を瞬かせた。


「前にこいつに聞いたんだけどよー……、こいつ昔はもっとヒョロくてのび太のび太ってバカにされてたんだぜ?」

「っ……」

「今だってそうさ! こいつはオレがいなきゃなんもできねーのび太くんなんだよ……」

「……」


 赤い顔の達也は、山田を鼻で嗤って挑発するような言い方をする。
 山田はその挑発に乗らずに拳を握り、怒りを堪えたが、しかめっ面までは隠せなかった。


「はー……、素直じゃない素直じゃない」

「……花梨?」


 花梨はため息混じりに小さく呟く。
 ……すぐ隣のコナンには聞こえていたようだ。


「……私も二年前までヒョロガリでしたよー」

「え?」


 急に割って入るように話し出した花梨に、コナンは面食らった。


「そりゃもう、骨と皮だけで。けど今はこの通り健康になりました。山田さんも今はすっごく背が高くって素敵ですよねー!」

「は?」

「え……」


 花梨の言葉に達也は眉を寄せ、山田は虚を突かれたようにポカンと口を開ける。


「触れられたくない昔の話を持ち出して貶すのはよくない。今が大事でしょ? それに、今こーんなに背が高いのに、達也さんがいないとなんにもできないなんて……可愛くないですか……? ギャップ萌えっていうか……」

「ちょ……花梨オメー……っ」


 ドラえもんの曲が流れている中、花梨は話すのを止めず、コナンは素で止めに入ろうとして慌てて口を噤んだ。


「達也さんは山田さんが心配でしょうがないんですよね?」

「……は?」

「だって、なんだか無理に憎まれようとしてるみたいだから……? 違いますか?」

「なっ!? ち、ちげーよ!?」


 にこにこと笑顔で話し続ける花梨に、達也は慌てふためく。


「ふふっ、達也さんがドラえもんって立ち位置なら、ちゃんと最後まで面倒見てあげなくちゃ。じゃないと、のび太くん悲しんじゃいますよ? ね? 山田さん?」

「あ、ああ……そう、だな……」


 片目をぱちんっ。花梨がウインクを送ると、山田の頬がぽっと赤くなり、ぎこちなく頷いた。


「嬢ちゃん! ちげーって言ってんだろ!?」


 ……達也は眉を寄せ花梨を睨みつけたのだが――。


「そうなんですか? あ、一番終わっちゃった。私ドラえもんの曲ならわかるのでせっかくだから続き歌いますね! 山田さんデュエットしましょー?」

「え? あ、ああ……」


 花梨は立ち上がり、山田とともにステージへ。
 山田は言われるままに花梨と歌うことになり、二人で続きを歌い出した。


 “♪~、♪~♪♪”


 ……花梨が歌い出すと、一同が耳を澄ますように目を閉じる。


「……なに? めっちゃいい声……っていうか音……? なんか初夏の草原で爽やかな風に吹かれているみたいな……」

「私、ドラえもんの曲でここまで癒されたの初めて……」


 耳から入ってくる優しい音色が身体の奥へと浸透していく感覚が心地良い。
 園子がうっとりと肩を左右に揺らし、蘭も同じ動作をした。

 その場にいた全員が花梨の歌声に酔いしれる。
 ……それはあっという間に終わってしまった。



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