白月の君といつまでも1

-- Spring, about 17 years old
116:レックスの打ち上げ②







「なんか歌うかー?」

「私、カラオケって初めてなんです」

「そうだったのか。歌いたい曲があれば入れてやるよ。あ、オレたちの曲でも……」

「実は私、レックスを知らなくて……すみません。さっき急に誘われてついて来ちゃいました……」

「ふーん。そっか、オレ達もまだまだだったってーことかあ……」


 一番乗りで個室に入った達也と花梨は、ともに二人掛けの椅子に腰を下ろす。
 達也はカラオケのリモコンを手に、花梨へ曲を入れてやろうとしてくれたようだが、花梨が知っている曲は童謡くらいしかない。
 レックスというバンドも知らないと正直に話せば、彼は少し凹んだ様子で……。


「だった……? あ、いえ。私が音楽関係にすっごく疎いだけかと。園子ちゃんと蘭ちゃんは達也さんたちに逢えるって浮かれてましたよ」

「そうか?」


 園子たちはファンだと伝えると達也が“ははっ”と愛想笑いをした。


「花梨姉ちゃん♪ ボク、ジュース飲みたいな~」


 ふとコナンが花梨の側にやって来ておねだりをしてくる。
 蘭と一緒に来るものと思っていたのにすぐ後ろにいたようで、花梨は目を瞬かせた。


「あ、コナンくんもこっちに座るの? 二人掛けだから狭いよ?」

「ボクここがいー♪」


 ここがいい……どこがいいのかと問えば、小さな尻が達也と花梨の間にねじ込まれ、コナンはテーブルの上に置かれたメニューを手にする。


「……はいはい。アイスコーヒーね」


 ――選ぶフリしちゃってさ。


 花梨は“どうせ新ちゃんはアイスコーヒーなんでしょ”と、コナンの行動にジト目を送り、スッと立ち上がった。


「……花梨姉ちゃん冷たあ~い!」

「……、達也さんは何にしますか?」


 甘えた声で唇を尖らせるコナン。やはり身体が小さくなって、精神も幼くなっているのではなかろうか……。
 少々心配だが、見た目の可愛さに騙されないぞと、甘えた声を出すコナンをそのままに、花梨は達也に注文を尋ねてみた。

 カラオケボックス初心者の花梨には、どうやって注文をしたらいいのかわからないが、ちょうど他の皆も部屋に入って来たから訊けばいい。


「オレは酒だな。おい、マネージャー! 酒だ酒!」

「はいはい、今準備中よ。あなた達も好きなものを頼んでね」


 部屋に入って来たばかりの寺原に注文を投げるが、酒はもう手配済みらしい。花梨たちは未成年のため、好きなものを頼むようにとソフトドリンクを勧められた。


「私はオレンジジュースにしようかな?」

「あ、私もー!」


 花梨と向かいの席に座った蘭と園子はオレンジジュースに決めたようだ。


「花梨ちゃんとコナン君は? 私注文するよ?」

「私とコナンくんはアイスコーヒー。ね、蘭ちゃん。私注文してみたいんだけど、どうすればいいのかよかったら教えてくれないかな?」

「ん? あ、花梨ちゃんてもしかしてカラオケボックス初めて?」

「そうなの。カラオケの機械自体は見たことあるんだけどね、こういう個室は初めてで、食べ物の注文ってどうやってやるのかなーって、やってみたくて」

「そうなんだ? うふふっ、教えてあげるね! こっち来て」


 気を利かせ、蘭が花梨とコナンの注文を取ろうとしてくれたが、花梨は自分で注文するという経験をしてみたい。
 素直にやってみたいと申し出れば、蘭は笑顔で頷いてくれる。

 蘭の誘導で、花梨は部屋のドア近くに設置されたインターホンの受話器を取った。
 プルルルル、プルルルル……、耳に受話器を当てると呼び出し音が鳴っている。


「その受話器がフロントと繋がっててね、繋がったら注文すればいいのよ」

「へえ……、やってみる。教えてくれてありがとう!」

「ふふふ♡ じゃあ私と園子のオレンジジュースもお願い」

「わかった、任せて」


 ざっと蘭から説明を受けて、花梨はちょっとばかり緊張しながらフロントに繋がるのを待つ。
 プルルルル、プルルルル……と、数回鳴ってからそれは繋がった。


『お待たせしました、フロントです』

「あ、オーダーしたいんですが、宜しいですか?」

『はい、どうぞ』

「オレンジジュースを二つと、アイスコーヒーを二つお願いします。二つとも砂糖とミルクは要らないです」

『オレンジジュースお二つと、アイスコーヒーお二つですね。すぐお持ちします』


 無事オーダーを終えて、受話器を元に戻す。
 席に戻って花梨の様子を見ていた蘭が、サムズアップと可愛い笑顔を見せてくれた。


「えへへっ、私でも注文できたよ♡ すぐ来るみたいだからちょっと待っててね」


 まるで初めてのおつかいに成功した子供のように、花梨は少し胸を張って席に戻ってきた。
 そのキラキラしたドヤ顔があまりに眩しくて、コナンは「受話器取って喋っただけだろ……」と内心でツッコミつつも、緩みそうになる頬を必死で引き締める。


「……あ、ありがとう花梨姉ちゃん……(可愛い顔しやがって……)」


 コナンの頬は赤く染まっていた。


「……嬢ちゃんはどっかのお嬢様かなんかか?」

「え?」

「いや、世間知らずっぽいからよ」

「んー……お嬢様かどうかはともかく、世間知らずなところは確かにあるかもしれません」

「ははっ、素直! 可愛いヤツ♪」

「わっ……!」


 笑顔を見せる花梨の頭を達也が乱暴に撫でる。


「ははっ、あんたみたいなのが身近にいたら、オレももう少し真っ当に生きてたかもな」


 達也は自嘲気味に笑い、どこか遠くを見るような、それでいて年下の妹を慈しむような優しい眼差しを花梨に向けた。
 普段の毒気が抜けたその表情は、ステージで見せるスターの顔ではなく、一人の青年の素顔に見えた。


「……(やろう……!)」


 コナンがジロっと達也を睨みつける中、向かいの席では――。


「やっぱ花梨、達也に気に入られてるわよね?」

「だねー、なんか妹をからかうお兄さんみたいな感じだけど……」

「ああ……言われてみれば。ね、蘭、あとでアレ訊いてみる?」

「あ、アレ? いいのかな……」


 ……蘭と園子がなにやらコソコソと、互いに口元を手で隠しながら相談し合っていた。

 それから少しして飲み物と軽いつまみが先に届けられ、それぞれに配られる。


「「「カンパーイ!」」」


 達也、芝崎、山田、寺原はビアジョッキに並々と注がれたビール。
 未成年の花梨たちはソフトドリンクで乾杯。打ち上げが始まった。


「おいしーーっ♡」

「やっぱ汗かいた後はコレに限るぜ!」

「サイコーだったね! 今日のライブ!! 客のノリもよかったし!!」

「ああ……、みんな達也のボーカルのお陰だよ!」


 芝崎と山田がビールを飲み飲み、上機嫌で今日のライブを振り返る。
 今日は平日だったが客席は満席、全員スタンディングオベーションで終わったとのこと。


「サイコーねー……」


 上機嫌な二人とは対照的に、達也はつまらなそうにジョッキを傾けた。


「飲み過ぎちゃダメよみんな! この後トーク番組の収録が控えてるんだから……」


 寺原がメンバーたちに目配せしてたしなめるが、達也は無言でビールを飲み続ける。
 そんな達也の様子に寺原は“ふう”と息を吐いた。


「あら? どーしたのあなた達……、せっかく来たんだからもっと気軽に話しかけていいのよ! ほら、あの子みたいに……ね?」


 打ち上げが始まり、蘭と園子は緊張しているらしい。
 カチコチと身体を強張らせてモジモジしていたのだが、寺原の“あの子みたいに”の言葉で、向かいの花梨に視線を移した。


「達也さん、飲み過ぎはダメですよ……!」

「っ、……なっ、なんだよ嬢ちゃん、急にお節介焼いてきやがって……!」


 ……蘭たちの向かいの席では、花梨が二杯目に手を伸ばす達也の手を両手で掴んでいる。
 掴まれた直後はほんのり頬をぽっと赤くした達也だったが、花梨の真剣な瞳に狼狽えた。


「この後トーク番組の収録があるそうじゃないですか。プロなんですから次の予定があるならお酒は控えめにしないと!」

「嬢ちゃん、それ素なのか? さっきまでとえれえちげーじゃねえか。なんか変なスイッチ入ってねえ!? ……」


 急に、なんのスイッチが入ったというのか。
 さっきまでゆったり話していた花梨の喋る速度が速い。

 ……花梨にじっと見つめられた達也は眉を寄せ、どうしていいのかわからない様子。
 やはり金色の瞳は魅力的なのだろう、花梨と目を合わせたまま最終的に黙り込んでしまった。

 そんな黙り込んだ達也に花梨は続ける。


「予定は予定通りに……。私、時間には厳しいんですよ」

「なんで?」

「私、実は門限が厳しくってですね……、守らないといつも小言を言ってくる人がいて。しかも何時間にも渡ってお説教されるんです。それはもう、耳にタコができるくらい口うるさくって。だから最近は仕方なく守ってるんですけど……って、やば――」


 実感を伴い花梨が眉を顰めて熱弁するが、話し途中ではたと気づき、恐る恐る隣をちらり。
 隣ではコナンが仄暗い笑みを浮かべ、花梨を見上げていた。

 花梨にだけ、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でコナンは呟く。


「……へえ、仕方なくねえ~……?」

「あ、っ、コホンッ。時間は守った方が、有意義な時を送れていいですよねーって話です。あまり飲むと酔ってしまって困るんじゃないでしょうか? 予定も狂っちゃうんじゃないかなって。だからマネージャーさんが仰るように、ほどほどにってことを言いたくて……ねー、コナンくーん?」


 花梨は慌てたように笑顔を作り、コナンの腕にしがみつく。


「……、うるさくて悪かったな」


 ――花梨、オメーそんなこと思ってたのかよ……オレは、オメーが心配でしょうがなくて言ってやってたっつーのに……。


 コナンからしてみれば、花梨を想っての説教である。

 親がいない花梨に、道徳を説いてやれるのは自分くらいしかいないじゃないか。
 ただ花梨が心配で仕方ないだけだ。
 お節介だということはわかっているが、大事な幼なじみを非行に走らせたくない。

 ……その一心だというのに、本人にはうざがられていたとは。
 コナンは凹んだが、腕を包む柔らかい感触に免じて許してやることにした。



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