白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
111:ふと見えた未来に
「帰ったぞ~。おー花梨、いらっしゃい。……元気か?」
「小五郎おじさま……。はい、おかげさまで元気ですよ」
「そりゃよかった、ゆっくりしてけ」
「ありがとうございます」
日曜にあった事件のざっくりした内容を、目暮警部から聞いていたのだろう。小五郎がソファに座る花梨の頭を撫でて目を細める。
オレにも茶をくれと蘭に告げて小五郎は自身の定位置、デスク席へと着いた。
……小五郎も交え花梨たちはしばらく談笑する。
昔の話が中心で、花梨が男の子として過ごしていた頃、蘭がいかに“あおい”が好きだったかを小五郎が事細かに熱弁。
蘭の「お父さんやだ~! もう言わないでよ~!」なんて恥ずかしがる様子に、蘭ちゃんは可愛いな~と花梨はにっこり。
ところが会話を続けていくと内容が妙な方向へ……。
保育園時代、蘭が泣いた時“あおい”が貸してくれたハンカチを今でも持っているだとか、“あおい”から貰った手紙や折り紙を大切にとってあるとか、“あおい”が捨てたラムネの瓶を持って帰ってビー玉を取り出し、それも大切に保管しているとか、“あおい”が描いた落書きをこっそり持ち出しファイリングしてあるだとか、“あおい”が食べたプリンのカップやストローなんかもを持って帰って保存。“あおい”から落ちた抜け毛も持ち帰って……以下略。
なんでも“あおいボックス”なる想い出の箱があるそうで、数年後その存在をすっかり忘れてしまったが、まだ捨ててはいないとのこと……。
話が進むうちに花梨の笑いは段々と乾いたものへと変化した。
それを聞いていたコナンも口をあんぐりとさせる。
「がっはっはっ! 日曜久しぶりにその箱出してニヤニヤしててよ~」
「ちょっとお父さん! もう本当にやめてよー! ずっと忘れてたからちょっと思い出して見てただけなのに~!!」
顔を真っ赤にした蘭が突然立ち上がり、小五郎のお喋りを止めに行った。
「……おい、花梨。オメー蘭にめちゃくちゃ好かれてたんじゃねーか」
「あ、あはは……、そうみたいだね……」
小五郎の話を止めに行っている蘭の背中を何となく見ていた花梨へ、コナンがジト目を送ってくる。
そりゃ告白されましたから……とは言わないでおいた。
……そんな話をしているうちに、いつの間にか外が薄暗くなっている。
「暗くなってきたな……」
「ホントだ。楽しい時間ってあっという間に過ぎるのよねー」
余計なリークの代償で、たんこぶをこさえた小五郎が窓の外に目を向けると夕暮れ。
蘭もそちらを見やり残念そうにはにかんだ。
「だね。じゃあ、私そろそろ失礼します」
「そう? もっとゆっくりしてっても……。なんだったら泊まってってくれてもいいのよ?」
そろそろお暇しますと立ち上がる花梨の手首を、蘭が掴んで引き留める。
昔大好きだった“あおいくん”が“花梨ちゃん”となっても、やっぱり好きなのだろうか。
……まだ一緒にいたいと蘭の瞳がそう語っている気がした。
「ありがとう蘭ちゃん♡ また来るね?」
「あ……そうよね。また遊びに来てもらえばいいんだもんね! 次回はお泊りしてくれる? 女同士で話したいことがいっぱいあるの」
「……うんっ♡」
上目遣いで窺う蘭が昔の“蘭ちゃん”と重なり花梨は笑顔で応える。
……やっぱり蘭は可愛い。
もし自分が本当に男であったなら、大事にしていたんだろうなと蘭の背に腕を回しハグをした。
「っ……花梨ちゃん……♡」
「蘭ちゃん、大好きだよ~♡」
「うんっ、私も~♡」
ひしっと蘭からも抱き返され、花梨はちょっと照れてしまう。
ちらっとソファに座るコナンに目を向ければ、彼はなぜかぽっと頬を赤く染めて二人を見上げていた。
いわく、「いい……♡」のだとか。
……何がいいのやら。
「また遊びに来いよー」
「はい、お邪魔しました」
階段下まで蘭とコナンが見送ってくれるというので、小五郎に挨拶をしながら、花梨は事務所のドアを開くと一歩踏み出す。
「あ、花梨ちゃん前!」
「ん……?(前?)」
……後ろから呼び止める蘭の声が聞こえたものの、一歩遅し。
ゴンッ!!
「あいたっ!?」
「ぃっ!?」
大きな音がして、額に何かが強くぶつかった。
その衝撃に花梨の目はチカチカ、星が散った。あまりの痛みにおでこを両手で押える。向かいでも同じような声が聞こえた。
後ろで「花梨ちゃんっ!」「花梨!」と、蘭とコナンの驚く声。
……どうやら花梨は事務所に入ろうとした女性と、ちょうどタイミングよく額同士をぶつけてしまったらしい。
ぶつかった女性も同じく額を押さえ、その拍子に落とした眼鏡を拾って掛けた。
「花梨ちゃん大丈夫!?」
蘭が慌ててやって来て花梨の赤くなった額を見る。コナンは“よそ見してっから……このドジっ子め……”と半目だ。
「ぁ……」
――この人……。
花梨はといえば心ここに非ず。目の前で額を擦る眼鏡の女性をぼーっと眺める。
その女性は年齢は二十代前半だろうか、眼鏡に三つ編みのおさげ。地味なブラウスとカーディガン、ロングスカートという装い。
「す、すみません、前方不注意で……」
「……ぁ、いえ……こちらこそ見てなくて……」
女性が額を押さえながら謝罪すると、花梨も少し遅れて頭を下げた。
「……ひょっとして、ご依頼ですかな?」
「あっ、は、はい……!」
小五郎が奥からやって来て女性に声を掛ける。女性は肯定。また頭を深々と下げた。
「やだ、二人ともおでこが真っ赤! 今冷やすもの持って来ますね……! 花梨ちゃんも冷やそ!」
「え? あ、う、うん……」
蘭が花梨の手を取って、事務所へと舞い戻る。
花梨は依頼人と並んでソファに腰掛けた。
……依頼人は【広田雅美】という女性。
行方不明の父を探して欲しいという依頼で、額に蘭が持って来た冷たいタオルを当てながら詳細を話していった。
その間花梨も額に冷やしタオルを当てつつ、切実に訴えるように話し続ける隣の雅美をじっと見つめる。
「……」
――どうしよう……この人……、死……。
それは偶然なのか必然なのか――。
先ほど額がぶつかった際、花梨は視てしまった。
今、目の前で懸命に、父親の捜索を小五郎に頼む雅美の未来が視えて、花梨の眉が下がる。
……彼女の近い未来に“死”がはっきりと視えてしまったのだ。
過去はともかく、花梨は滅多に自分から誰かの未来を視ようとはしない。
こうして
死は誰にも訪れるもの。
それを赤の他人が歪めてはいけない。
死は正しい未来を迎えるための大切なプロセスであり、悲しいが必要なもの。
それが世の中の理であり、ルールである。
花梨はそれを知ってるから誰かに近い“死”が視えたところで、簡単に口には出さない。
だから未来が視えることは、意味がない能力だと思っている。
けれど視えてしまったのだ、何か自分にできることはないだろうか――。
とはいえ、人の生き死にはその人のもの。
他人である自分が介入してはいけない。
それに、未来を語ったところで、本人の意思がなければどうにもならない。
同じく未来が見える親戚はズバズバ、ズケズケ。はっきりと相手に伝えているというのに、花梨がそれを告げることは禁じられている。
……花梨はいつもそこに歯がゆさを感じていた。
「どうかお願いします! 父を捜してください……!! う、うっ……」
「……あの、雅美さん」
「……はい?」
それまで黙って雅美と小五郎のやり取りを見ていた花梨だったが、ひと段落したところで、感極まり涙を流す雅美の手首を引く。
「……(花梨……? え)」
「ちょ」
「へっ?」
なぜか眼鏡を弄ッていたコナンと、小五郎の後ろで心配そうにしている蘭、そして同じく眉を下げ、依頼人の話を聞いていた小五郎の三人が目を丸くした。
……花梨は雅美の身体を自身に近づけると、彼女の額にちゅっと、口づけをしたのだ。
「えっ……♡」
泣いていた雅美だったが、頬が一瞬でボッと赤く燃える。
美少女から突然キスを落とされ惚けてしまった。
「ぁ、幸運のおまじない、です……。あなたに良いことが起こりますように……」
「っ、あ、ありがとうございます……♡」
花梨の突飛な行動により、雅美の涙は瞬時に引っ込む。
見た目から外国人だとでも思ったのだろうか。彼女は何度も目を瞬かせながらもにっこり。
コナンたちも何が起こったのかわからない様子で、ただただ瞼をぱちぱちさせていた。
そんな一幕があり、小五郎は雅美の依頼を引き受け、彼女が「よろしくお願いします、毎日連絡を入れますから」と言い残し去ってゆく。
……外まで見送ったが、帰るまでの間、雅美の花梨を見る目は恋をしているようだった。
「……花梨ちゃんて女の子も好きなの?」
雅美を見送り、手を振る蘭がふと零す。
「……へ? あ、女の子も好きだけど、そういう好きじゃないよ? 彼氏いるし」
「そ、そうだよね! でもさっきはびっくりしちゃった!」
――だってキスよ、キス!!
花梨て大胆っ!
蘭が花梨になら私もされたい……なんて思ったことは内緒だ。
「ん、あれね、私のお婆さまから教わったおまじないなの。良い気づきを得られますようにって」
「良い気づき?」
「うん。幸運て、あとから気づいたりすることがあるから。前もって気づけたらいいねって願いを込めて額にキスするの。私はある種、幸運の引き寄せみたいなものかなーって思ってるよ」
「へえ……。じゃあすぐに雅美さんのお父さん見つかるかしら」
「……ん~、それはわからないけど……雅美さん次第かな……」
――どうか、気づきが得られますように……。
小さくなる雅美の背中に花梨はそう願った。
「……(花梨の婆さん……?)」
雅美を見送る花梨を見上げ、コナンは花梨の口から出た家族の話に首を傾げる。
……今まで、一度たりとも花梨の口から祖母の話など聞いたことがない。
なぜなら花梨の親戚の父方は疎遠。母方は花梨を疎んでいると聞いていたから。
けれど先ほど“お婆さま”と告げた花梨に嫌そうな表情は見られなかった。
祖母だけは味方でいてくれているということなのか……。
とすると、花梨のマンションは祖母からの贈り物ということか――?
話したがらないから訊かないようにしているが、いつか話してくれるといいなとコナンは思う。
「じゃあ、私も帰るね」
「え~、もう~?」
「あはは……もうって、真っ暗だよー?」
「そうだけど~」
すっかり日も暮れ花梨もそろそろ……と、帰宅の途に就く。
蘭には引き留められたが、明日は青子たちと出掛ける予定が入っているから、しっかり眠って体調を万全にしておきたかった。
「じゃあ、おじさま、蘭ちゃん、コナンくん、また……」
後ろ髪を引かれつつ、花梨は三人と別れてすぐに権堂に連絡。彼女と合流し電車に揺られて帰宅した。