白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
110:蘭とのお喋り


「……おい、花梨。オメーここで寝るなよ、風邪引くぞー」

「ンン……むにゃむにゃ……」

「……、今のオレじゃオメーの部屋まで運んでやれねーんだよ……」


 いつの間にかソファに座ったままコナンに寄り掛かり、眠ってしまった花梨にコナンは微苦笑する。
 なんら警戒心を持たずに眠る花梨は、新一に対してなんの気もないのだろう。それが淋しい気もするが、それでいいような気もするから複雑だ。


「ったく、仕方ねえなぁ……」


 コナンは花梨の頭をソファに預けてやり、毛布を取りに花梨の部屋へと向かった。


「毛布毛布っと……。あ……」


 花梨の部屋にやって来て毛布を回収しつつ、ふとヘッドボードが目に入る。
 そこに置いてあったある物にコナンは黙り込んだ。


「……やっぱ、そうなんだな……」


 開いた紙の箱から覗くは避妊具……。
 箱には十枚入りと書いてあるが、パッと見た感じ半分しか残っていない。
 つまり花梨は彼氏の黒羽とすでにそういう仲だというわけで――。


「……あーあ! ずっと傍にいたのはオレなのになー!」


 ――ってバーロ、どの口が言ってんだっつーの……!


 やけくそ気味なコナンの声が部屋に響き、頭を掻き毟る。

 蘭といれば蘭に惹かれて、花梨といれば花梨に惹かれてどっちつかず。
 花梨は絶対自分を好きだと思っていたのに、そうではなかった。

 すでに恋人を作った花梨に横恋慕する気はない。
 ……ないが、今はまだ蘭一筋にもなれそうにない。


「っかやろ……オレは一体どうしたいんだよ……」


 花梨にはこれからも癒して欲しいし、命の危険があるなら守ってやりたい。
 蘭は傍にいて見ていたいし、なにかあればいつでも守ってやりたい。

 ……やっぱりどっちつかずだ。
 わかることは単純明快、花梨を諦めればいいってこと。

 花梨には自分以外に守ってくれる男がすでにいるのだ。
 花梨を諦めるだけで蘭にも誠実に向き合えるし、頭の痛い難事件に悩まないで済む。

 ……なのに。


「オレ……、ああ、くっそ……、嘘だろ……」


 毛布を手にリビングに戻ったコナンは、ソファに眠る花梨にそれを掛けてやろうと近づいた。
 だが、ふと花梨の少し開いた桃色の唇に惹かれてしまい、気づけば無意識で口づけていた。


「っ……、バーロ。無邪気に眠ってんじゃねーよ……」


 毛布を掛けてやると、すうすう。小さな寝息とともに、身体を守るように丸まって眠る花梨が可愛く思えてつい……。
 エレベーターでしたキスをノーカンだと言ったのは自分だが、あの出来事が忘れられず、今でもたまに夢に見る。

 花梨は可愛い妹だったというのに――。
 コナンはソファの下で顔を両手で覆い、眠る花梨の頭に自身の頭を傾け、預ける。
 ……今だけ傍にいるのを許してくれと願い、目を閉じた。









 ……次の日。
 花梨は権堂と高校へ――。


 “うん、私もだよ、怪我しないように気をつけていってきてね”


 快斗にメッセージを飛ばす。
 昨夜快斗から夜遅くにメッセージが届いていたが、寝落ちした花梨は返信できず、返事は今今。
 昨日のメッセージには……。


 “やっと解放された。花梨に会いたいけど、もう寝てるよな?”

 “おやすみ花梨、いい夢を。夢で会おうな”


 三十分以上花梨から既読がつかなかったからか、おやすみメッセージが続き、快斗がマンションに来ることはなかった。
 そして今朝――。


 “おはよう、花梨”

 “今日はオレ、学校休むな。花梨は周りに充分気をつけて学校に行って来ること! 権堂さんに側に居てもらってな”

 “帰ったら連絡するよ、今日も愛してる”


 ……既読した花梨はすぐに返信。

 快斗のメッセージが嬉しくて花梨の頬がぽっと赤くなり、自然と笑顔になっていたらしい。
 コナンから「なにが私もなんだ?」とジト目を向けられ、声に出てたことに気づいて慌てた。

 コナンは今日、花梨が学校に行っている間、一人で留守番だ。
 花梨の自室にある小説でも読んで過ごすから心配するなとのこと。
 ……コナンなら放っておいても大丈夫だろう。

 包丁と火だけは使うなと注意して、何か食べたいなら冷凍庫に炊いたお米と以前作ったカレーがあるからそれを温めて食べるか、デリバリーで。お金を置いておくから……と、言い含めれば、「オレはガキじゃねーよ!」と怒られた。

 新一だとわかっているが、コナンは可愛いからしょうがないじゃないか。

 そうして昨日と同じく何事もない一日を無事終えて、花梨は一度自宅に戻り、コナンとともに毛利探偵事務所へ――。

 移動中、留守中暇じゃなかったかとコナンに尋ねてみれば、「博士のところに行って来た」なんて言うから、そのまま帰宅すればよかったのにと伝えた。

 すると「オメー満員電車苦手だったろ」だそうだ。
 小さいのに痴漢から守ろうとしてくれていたようだが、電車内でコナンの身体はフラフラと不安定。小さい頃は頭が重いから仕方ないのだろう、脚にしがみついていて……。

 花梨は“これ、私が守ってるよね……?”と思いつつ、可愛いから放置した。そして時に二人で転びそうになるも、権堂がそれを支えてくれる。


「フフ、小さなナイト君ですね」

「そうですね」


 権堂と花梨は、足元で辺りをキョロキョロ警戒するコナンをちらりと見下ろし笑みを交わす。
 自身の頭上でそんな風に言われているなど、コナンは知らないだろう。


 ――新ちゃん、ありがとね。


 花梨が優しい瞳で見下ろしていることに気づかないコナンは――。


「……(……これ、オレが痴漢してねーか? まあ……いいか)」


 頬を赤くしながらも、滑らかな白い太腿にしっかりと抱きつき、周りを警戒しつつ、降りるまで絶対離れなかった。










「ただいまー!」

「こら~、コナン君。学校サボって~!」

「ごめんなさぁい」


 コナンが探偵事務所のドアを開くと、蘭はすでに帰宅していて、コナンに近づき頭をコンっと軽く小突く。
 ……コナンは子どもらしい甘えた声で謝罪した。


「ごめんね、蘭ちゃん。私が朝起きられなくて送ってあげられなかったの。留守番してもらって助かっちゃった♡」

「そうだったの? じゃあしょうがないか。コナン君、花梨ちゃんと長く一緒に居られてよかったね♡」

「え? あ、う、うん……」


 コナンの後ろにいた花梨がフォローを入れると、蘭に笑顔を向けられたコナンは気まずそうに微苦笑して頷く。


「花梨ちゃん、いらっしゃい♡ 今日、園子が急にキャンセルになっちゃって……私だけなんだけど、よかったかな?」

「うん、もちろん! 蘭ちゃんとゆっくりお話できるのうれしいよ♪」

「私もー♡ でね……三階に移動しようと思ってたんだけど、お父さんに留守番頼まれちゃって。ここでもいい?」

「ん、構わないよ」

「よかった♡ じゃあ今お茶淹れるね。あ、あとコナン君は、お友達が宿題プリント置いて行ったからやること!」


 そういえば小五郎は……と事務所内を見渡せば、デスクに姿が見えず留守。
 いつ依頼人が来るともわからないから、蘭が二階で留守居というわけだ。

 蘭はお茶を淹れるからと、応接テーブルに目配せをしてから給湯室へと消えた。
 ……応接テーブルにはひらがなプリントと、数字の数え方プリントが置かれている。


「「……」」


 花梨とコナンはプリントを見下ろし黙り込む。


「宿題はやらないとね」

「だりぃ……」

「だねえ……、ふぁ、ふぁいと……」


 義務教育基礎の基礎。
 コナンにとってはただの作業。つまらないだろうなと思うが、しょうがない。
 花梨は両手拳を握り、苦笑しながら励ますようにエールを送った。

 コナンが「仕方ねえやるか……」とプリントをやり始めると、蘭がお茶を持って来てくれて雑談が始まる。
 ショッピングで、園子と行った店で見つけた小物が可愛くて、今度一緒に行こう……なんて話や、主にアトラクションについてになってしまったが、花梨が快斗とトロピカルランドでデートしたという話。
 ちょうど、その日を境に新一が居なくなって、「連絡がないのよね」と蘭は頬を膨らませた。


「あの推理オタク、一体どこほっつき歩いてるんだか!」

「あはは……。きっと新ちゃん、難解な事件に首突っ込んでて、蘭ちゃんに連絡するの忘れてるんだよ。ほら、新ちゃんて、事件のことになるとこうなっちゃうとこあるじゃない?」


 プリプリしだした蘭に、花梨は事件が起きると新一の視野が狭くなるよねと両手をこめかみに添え、そのまま腕を真っ直ぐ前面に押し出す。


「そうなのよ! 新一って、事件があると私のことなんて放ったらかしなんだから!」

「そんなことはないと思うんだけど……」

「トロピカルランドだって、私はデートだと思って嬉しかったのに。新一は違ったみたい」

「そんなことは……、新ちゃんも嬉しかったと思うんだけどなあ……」


 連休前に新一に電話した時、嬉しそうに話していた事実を教えてあげれば蘭が喜んでくれるとは思うが、同時に、新一と頻繁に連絡を取り合ってたことも露呈してしまうわけで……。
 「長話をするのはたまにで、あとは定期連絡だけなんだよ」と言っても多分蘭は聞き入れてくれないだろう。

 前回、蘭の豹変振りを見た花梨に寝た子を起こす勇気はない。
 不機嫌な蘭を宥めつつ、花梨の視線は隣で宿題をするコナンに注がれた。


「……(今度電話するか……)」


 あまり上手く書いても小一っぽくないなと、ある程度文字を崩して書くのは面倒臭い。
 蘭の言葉に顔を上げたコナンは、花梨と目が合い小さく頷く。
 「電話してあげなよ」と目で訴える花梨に気づいてくれたようだ。


「ところで、花梨ちゃんの彼ってどんな人なの?」

「ん? あ、彼? ンと、彼はね~……」

「あー! ボクお腹減ったー! 蘭姉ちゃん、おやつちょーだい!」


 蘭に快斗のことを訊ねられ、花梨が照れ臭そうに答えようとすると、コナンが急に大声を上げ腹を擦る。

 昼ご飯に冷凍保存したバターチキンカレーを全て食べ尽くし、もう食べられないと言って満腹だったのでは……?

 不思議に思った花梨は眉を寄せた。
 快斗が食べたいと言っていて、その分は別にしておいたのに、それも無くなってしまっていて。

 ……お腹なんて空いていないでしょうに。


「ちょっとコナン君!? 私今、花梨ちゃんとお話してるんだけどー?」

「おやつー! 勉強したらお腹減ったー! おやつー!」

「……もう、しょうがないなあ。じゃあ持ってきてあげるから待ってて」


 出来上がった宿題プリントを見せつけ我儘を言うコナンに、蘭はため息をついておやつを取りに三階へ向かう。


「蘭ちゃんは優しいな~♡ ね、コナンくん。あんまりワガママ言って蘭ちゃん困らせちゃダメだよ?」

「バーロ、オメーのせいだろ」

「ん? なんで私のせい?」

「べっつにぃ?」

「……はあ……、意味わかんない……」


 花梨が諭すように伝えると、コナンは不機嫌にプイッと顔を背けた。
 オメーのせいだと口をへの字にするコナンに、訊ねてみても教えてくれない。

 子ども扱いしたからまた怒らせてしまったのだろうか……。
 花梨はため息をつく。
 コナン姿の新一が可愛くて、どうしてもつい優しく接してしまうのは仕方ないと思うのだが……。

 そうして蘭がおやつを持って戻り、快斗の話は流れ、またしばらく他愛のない話が続いて、そうこうしているうちに小五郎が帰って来た。



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