白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
106:デコピン・コンフリクト ~怒りと笑顔の間で~
「あっ、ええと……映画観てたらボーガンの矢がビューンって飛んできてね」
「は? ボーガン? 花梨、オメー何言って……、なんで……」
「え? だから、ボーガンは私、中学の時に弓道やってたからその繋がりでしょ? それに、ゴルフボールは親戚の趣味だから……多分そうかなーって思って。推理してみたの!」
花梨は身振り手振りを加え、自身の身に起こったことを明るく説明するのだが、話を進めるうちにコナンの眉間の皺がどんどん深くなり……――。
「っ、花梨っっ!!」
ついに彼は、怒気を孕んだ大きな声で花梨の名を叫んだ。
「っ!? な、なに? 私、変なこと言ってる……? これでも苦手な推理頑張ったんだけど……」
――び、びっくりした……。
急に大きな声で怒鳴られ、花梨はビクッと身を縮める。
そんな花梨の両肩にコナンの手が添えられた。
「なん、でっ……!! 襲われたって……なんでそんな大事なこと、すぐオレに相談しねーんだよっ!?」
「え……? だって、新ちゃんは自分のことで大変でしょ? 私のことは私で対処するから大丈夫だよ~。警護してくれてる人もいるし、新ちゃんに迷惑はかけたくなくって――」
「っ……!! バッカリン!!」
“バンッ!”
花梨が話の途中ではあるが、コナンの両手が花梨の肩を強く叩く。
コナンは顔を歪ませていて、花梨に鋭い視線を送っていた。
「ぃっ! ばっかりんって……、頭痛薬かな?」
「バーロ! そりゃバファリンだろーが!」
とぼけた花梨の額にコナンのデコピンが炸裂する。
「いったっ!? ちょ、もぉ、なに? 急にデコピンとか、新ちゃんヒドイ~……そういうのDVっていうんだよぉ~……」
――また不機嫌になってるし……!
勢いよく弾かれたデコピンに、花梨は赤くなった額を両手で押さえた。あまりに痛くて涙が滲んでしまう。
高校生の新一にやられた時はここまで痛くなかったのに、小学生になったら痛いとは……。
きっと思いっきりやったに違いない。
ということは、高校生の新一は手加減してくれていた……?
「……オレはっ! こうして身体は小さくなっちまってるけど、オメーの兄貴だろーがっ! 腕力や体力は下がっちまったが、頭脳くらい役に立ってやれるっ!」
コナンは急にソファの上に立ち上がり、花梨を見下ろした。
その様子に高校生の頼もしい新一の姿が重なる。
「新ちゃん……。でも私、新ちゃんには私のことじゃなくて、自分のことに集中して欲しいっていうか……」
――新ちゃんはちっちゃくなって大変なんだし、巻き込むのはよくないもんね……!
快斗もそうだが、花梨はコナンになった新一を、自分の事情に巻き込むつもりは毛頭ない。
どうせ来月には散る命なのだから、捨て置いてくれていいのだ。
けれど、そんな花梨の気持ちとコナンの気持ちは別物で。
「オレは充分、自分のことに集中してる。小さくなっても事件を解決してるし、黒ずくめの野郎たちのことだって常に考えてる。そこに花梨の問題が入ったところで、大したことねーんだよ(オメーは家族みてーなもんなんだから、オレを巻き込めばいいんだよ……)」
ポンッとコナンの小さな手が花梨の頭にのっかった。
その手が撫でるように前後に動く。
「新ちゃん……」
「あー……けど、うん。オレも花梨の推理と一緒だ。日曜のはやっぱオメーの親戚の差し金の線が濃厚だと思う」
「ぁ、だよね……!」
「よく推理できました!」……と、ぐしゃぐしゃ頭を撫でられた花梨は髪が崩れたが、ちょっと嬉しい。
昔、小さな新一に褒められると嬉しかったことを思い出して、あの時と同じように勝手に笑顔になった。
「オメー……命狙われたくせにやけに明るいな……」
「あはは……、まあ未遂で終わったし……」
「バーロ! 死ぬとこだったんだぞ!?」
「死ななかったもん」
「バッカリン!!」
「あー頭痛い、頭痛いよぉ!?」
呆れるように話すコナンに笑顔で返せば、今度はぐりぐりと拳で上から頭を強く押さえ付けられる。
身体が小さくなっても、花梨からすればコナンは力が強い。
「……っ、っかやろ……! オレと警護の人がいなきゃオメーは今頃……」
頭にのっかっていたコナンの手が一度離れたかと思ったら、今度は両手拳が近づく。
次にくる攻撃が読めた花梨は。
「おっと……! その手にはのらないよ~!」
花梨は慌てて立ち上がり、コナンから距離を取った。
「っ……くそっ!」
「ふふっ、物理的に届かないもんね~っ!」
「……」
ソファから離れ、腰に手を当て満面の笑みを見せる花梨に、コナンは不服そうに頬を膨らませる。
悔しそうにしている顔が「可愛い」なんて言えば、きっと怒るのだろう。
……彼を
「訊きたいことってそれだけかな?」
「ん……? ……まあ。あ、いや……」
「ん?」
「……オメー、黒羽とどこまで……っ、あ、いやなんでもない」
黒羽とどこまで……。
コナンは一度口にして首を左右に振り、花梨からまた目を逸らした。
さっきからあまり目が合わないのはなぜなのだろう……、花梨は少し気になる。
「ン~? どこまでって、どういうことなのかはよくわかんないけど、そうね……」
「答えなくていい」
「……そう?」
――新ちゃん、快斗のこと聞きたかったの……?
日曜日、快斗はキッドのような動きは一切見せていなかった。普通の高校生だったと思う。
だからまさか彼の正体を……は考えにくいが、コナンにはあまり快斗に興味を持って欲しくない。
……答えなくていいと言うから、深入りはしないでおこう。
花梨は兄貴分として気になっただけかなと、ほんのりはにかんで済ませようとしたが――。
「……、……ブラ、外れてんぞ」
「え? あっ!? や、やだっ! もぅっ!! 早く言ってよ~っ」
ふいに、横目でチラッと頬を赤らめたコナンに指摘され、花梨は自身を見下ろす。
そしてブラジャーが不自然に胸の上まで上げられていることに気がついてしまった。
案の定、シャツが透けて以下略――。
――そうだった……!
そういえば快斗にブラを外されたままだった……。
“またこのパターン!”
先週、降谷たちの前で晒したというのに、今度はコナンの前。
しかもコナンには新一の時に、一度全裸を晒しているから二度目だ。
……花梨は一目散でキッチンに走り、しゃがむとブラを直した。
「……コホン。高校生なんだからもっと清い交際から、だな……」
キッチンから戻って来た花梨にコナンは赤い顔で一言物申す。
「あはは……、わかってるよ」
「わかってねーから言ってんだよ」
「……わかってるよ。新ちゃんも自分を大事にって言うんでしょ? わかってる」
「わかってるならっ! ……っ」
――簡単に抱かれてんじゃねーよ! まだ交際始めて一月も経ってねーんだろうが!!
コナンの語気が強くなる。
この前までキスもしたことなかったくせに!
人のファーストキスを奪っておいて、あっさり他の男に抱かれるとか頭が緩いにも程がある!
なんでオレは小学生の姿なんだよ……!
これじゃ花梨を止められないじゃないか!
花梨には清らかな身体のままでいて欲しかったのに……!!
……なんて、心の中に蘭と花梨を同時に住まわせる新一には、花梨の色恋をどうこう言う資格なんてなく、それ以上何も言えなかった。
「ところで新ちゃん、陣平さんと来たのね?」
「ん? あ、ああ……エントランスで声をかけられてな。オメーの知り合いだって言うから一緒に来たんだ」
「そっかぁ……、一言メッセージ送ってくれればよかったのに」
――あんな場面を見られちゃって恥ずかしいじゃない……。
せめて事前に訪問することを教えてもらえていたら。
……思い出した花梨の頬が羞恥にポッと赤く染まる。
「入れた」
「え? そうだったの?」
「そう」
「そっか~……じゃあ、私が気づかなかったのね」
「そういうことだ」
なぜ松田とコナンが一緒だったのか尋ねてみれば、エントランスで会ったらしいが二人は初対面のはず。
二人がどういう話をしたのかはわからないが、松田はあんな成りでいて小さな子に優しい。
四年前も口は悪いが優しくしてくれたな、と思い出しつつ、花梨はカウンターテーブルに置いたスマホを見る。
スマホにはコナンの言った通りメッセージが届いていた。