白月の君といつまでも
-- Spring, about 17 years old
102:混み合う車内で
「かーりーんーー! 何で断らなかったんだよ~! この浮気もの~!」
「えぇっ? だって青子ちゃんがOKしてるのに断る理由がないよー?」
「あいつ探偵なんだぜ? オレのこと心配じゃねーのかよ……」
青子たちと別れ、教室から出た花梨と快斗は昇降口で靴を履き替え中……。
快斗から、白馬が探偵だと告げられた花梨の目が丸くなる。
「えっ!? 白馬くんて探偵なの!?」
「おぅ。土曜に言ってた探偵、あいつだよ」
「ええっ? そうだったのー? そういえば、白馬くんロンドンにいたって……あ」
ぷうっと頬を膨らませながら告げる快斗に、花梨はスケートリンクで青子が、“ロンドン帰りの名探偵”と言っていたことを思い出した。
「……あいつ、警視総監の息子なんだって」
「そう……警視総監の……。はぁ……すごい人なんだね」
「あいつの父さんがな?」
(……チッ、警視総監がなんだよ。オレの親父だって、世界最高のマジシャンなんだぞ! ……今は言えねーけどさ)
それぞれ靴の履き替えを終えて、快斗が手を差し出すと花梨がその手を取る。
「そっか。白馬くん、探偵だったんだ……。だからか……」
「ん?」
「ふふふっ。探偵って妙に細かいよね」
――新ちゃんと通じるものがあるかも……。
新一も探偵だからか、とにかく細かい。
重要なことは細かくて当たり前だが、些細なことも気にして掘り下げようとする。
……白馬も時間や情報に細かかった。
あれは恐らくだが、そういう性分。職業病と言っていいのかもしれない。
探偵はみんなそうなのかと思うと、さっき花梨は白馬を警戒してしまったが、少しだけその警戒が緩む。自然と笑みが零れた。
「あっ、笑顔なんか見せて、嫌な予感。なあ花梨、あいつに興味持たなくていーからな?」
「え?」
「おめえはオレだけ見てればいいの!」
……新一を思い出す花梨の手が、ぎゅっぎゅっと強く握られる。
頬を膨らませる快斗は今、どうやら嫉妬中らしい。
「そんなんじゃないよ? ただ、ちょっと幼なじみを思い出しただけ。彼も探偵だから、通じるものがあるなーって思って」
「あー! ますます嫌な予感!! それ思い出すのやめよ? な?」
「ふふふっ♪ は~い!」
快斗の目がちょっぴり涙目だ。
そんな快斗が可愛いと思った花梨は、応えるように笑顔で返事をした。
◇
昨日の事件が米花町で起きたため、話は米花警察署ですることになった。
学校を出た花梨と快斗は電車に乗り、米花町まで向かう。
電車内は帰宅する学生が多く、かなりの混み具合だ。
座れそうな席もないため、つり革に掴まり揺られる。
「混んでんなあ……」
「だね……」
――混雑する電車ってまだ苦手……。
以前、痴漢被害に遭ったことがある花梨にとって、混雑する車内は不安だらけだ。
特にこうして立っていると、背後が気になって仕方ない。
「花梨、こっちおいで」
「え?」
ふと扉近くに立つ快斗が呼ぶので、花梨は言われるままにそちらへ移動。扉の前に立たされた。
背中に扉があり、背後には人がいない。
前方には快斗がいて、にっこり微笑んでいる。
「こっちしばらく開かねーし、まだまだ乗ってくると思うからさー、ここに居な? 転びそうならオレに掴まってもいーし。てーか掴まってよ♡」
快斗は花梨を扉と自身の間に挟んで、扉の窓に手をついていて……。
どうやら混み合う車内で人とぶつかることのないよう、庇ってくれているらしい。
……彼の背後にたくさんの人が見える。
花梨が以前、痴漢被害に遭ったことを、快斗は知らないはずだが、これなら安心だ。
「あ……、ありがと……」
――快斗って、優しいな……。
お礼を告げると快斗の目が穏やかに細くなった。
けれど、時折彼の背に誰かの腕や鞄がぶつかるようで、そのたび、わずかに眉を顰めている。
「痛い?」と聞けば、「平気、余裕余裕♪」なんてはにかむから、申し訳なくて花梨は、学ランの胸辺りに掴まり俯いた。
快斗の懐に飛び込むような形でくっつき、筋肉質な胸に耳を当てる。
電車のガタンゴトンという騒音さえ遠のいて、快斗のドクドクと早い鼓動だけが、耳から直接脳に響いてくる。電車の走行音とは違う、生きた心臓の音。
……鼓動が早くて、ドキドキしてるのがわかる。
「花梨ちゃん……?」
「快斗、すき……」
「っ、今、電車の中だからな? そういうのは……ぃてっ」
胸元に囁くように告げると聞こえていたのか、上から快斗の声が降ってくるが、何かにぶつかったのだろう、瞬間身体が大きく揺れた。
「あっ、大丈夫?」
「平気平気、花梨こそ大丈夫だったか?」
「うん、私は平気。もっとくっついてもいい? ぎゅってしたいな~?」
――快斗は彼氏だから、甘えてもいいんだよね……?
花梨が顔を上げじっと見つめると、快斗の顔が真っ赤に染まる。
「なっ!? っ、あー……いいけど、警察署なんて行かないで、このまま帰ろっか?」
……今日の花梨はなんだか甘えん坊だ。
甘えてくる子猫が可愛くて、抱きしめたい衝動に駆られた快斗だったが、生憎今は手が塞がっていてできない。
さっさと帰って、早くいちゃついてやろうと思い、提案したのだが。
「それはだめ~」
「えー……生殺しなんだけど……。オレも花梨をぎゅーしたい」
花梨からは即却下されてしまった。
好きな女が密着してくるというのに、何もできないというのはこんなにも苦しいものなのか――。
扉に添えられた快斗の手がぶるぶると震える。
「ふふふっ♡ 快斗って、抱きつくといっつもイタズラしてくるから、ゆっくりハグできないんだもの。だから抵抗できない今がチャンスだよね♡」
「くっ……♡♡ あー、さいですか。可愛いなあもう……♡」
無邪気に微笑み、ぎゅっ、ぎゅっ、と一方的に抱きしめてくる花梨に、快斗は身動きの取れないもどかしさを誤魔化すように、せめてもと白い頭に頬を摺り寄せた。
そして、耳元へ口を近づけ、普段より少しだけ低い、熱を帯びた声で囁く。
「……ったく、好き勝手しやがって。……帰ったらたっぷり『倍返し』だかんな? 覚悟しとけよ?」
その吐息の熱さに、今度は花梨の肩がビクッと震えた。
花梨の柔らかい感触に、下半身が少々反応してしまっているのは黙っておき、快斗の口からは「2、3、5、7、11、13……」と素数を数える声が続く。
……しばらくそのままの状態で電車の走行は続いた。
「……落ち着く……。しあわせって、こういうのを言うのかも……」
「んー? なんか言った?」
「ううん、なんでもないよ?」
「そっか」
何気なく呟いた花梨の言葉は小さくて、快斗には聞こえなかったようだ。
……都会の男性は、皆優しいのだろうか。
新一と電車に乗ったときも花梨は庇ってもらったことがある。
『花梨、オレがオメーの後ろに居てやっから、安心して窓の外見てろ』
基本的に空いてる時間しか乗らないようにしている電車だが、買い出しに行ってたまたま遅くなった日、混み合う車内で新一が、今の快斗と同じように扉に手をついてくれた。
……違うのは、対面していないだけ。
窓越しに新一の顔が見えたけれど、彼は俯いていて。
あの時、痴漢に遭った時と同じ状況だったが、新一だと思うと安心できたっけ……なんて、ふと思い出す。
上京してからというもの、優しい人にたくさん出逢った。
この世は不幸ばかりではないなと、最近強くそう思う花梨だった。