白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
099:愛妻弁当?







 キーンコーン、カーンコーン。
 四限目の終了を知らせるチャイムが鳴り、午前の授業が終わって昼休みになった。
 今日花梨は青子や恵子とは昼食を一緒にせず、快斗と摂る予定だ。


「なあ花梨。昼さ、どっか別の場所で食わねー?」

「え? どこで?」


 教科書やノートをしまい終えると、快斗に声をかけられた。


「オレ、購買でパン買ってこうかなーって思ってんだけど、花梨もどう? 奢るけど」

「あ、えっと、お弁当持ってきたよ? お茶もあるし……」


 購買に行くという快斗に、花梨は弁当と水筒を鞄から取り出す。
 ……弁当の巾着袋がずいぶんと大きい。

 快斗は“いつもよりでかくね?”と思ったが、花梨だってたくさん食べたい時もあるだろうと思い、あえて口にしないでおいた。


「あっ、そうなんか。じゃー屋上で食お? オレ、すぐパン買ってくっから」

「快斗、こっち」

「え? あっ……♡」


 花梨は席を立ち、弁当と水筒、それに快斗の手を取って教室から出る。


 一方で、休憩時間の度に花梨に話しかけようとしていた白馬だったが、毎度女子たちに囲まれ、それが叶わず……。


「あはは、そうなんですね。……葵……花梨さん……」


 昼休み時も色めき立った女子たちに囲まれた白馬は、それぞれに応対しながら、教室から慌ただしく出て行く花梨と快斗を横目で追う。
 二人の姿が見えなくなると、自身を囲む女子たちに改めて話しかけた。


「葵さんの隣の席の彼は何て仰るんですか?」

「え~? 快斗君のこと~?」

「黒羽君だよー。彼、マジックが得意なの~。もう手先が器用ですごいんだから!」


 白馬が尋ねれば、自身に群がる女子たちのうち、二人が笑顔で答えてくれる。
 朝は花梨から冷たくされたが、自身に対する女の子の反応は本来はこんな感じだ。


「そうですか、黒羽快斗……。葵さんと彼はどういったご関係で?」


 ――ふむ、彼はマジックが得意、と……。


 そういえば最近マジックが得意な人物に出くわしたなと、白馬はふと土曜に出逢った怪盗キッドを思い出した。
 あの夜、逃げ場を失った彼は換気中だった屋内スケートリンクに忍び込み、何度も転びながら逃走したと聞いている。


(……黒羽快斗。朝、葵さんの手を握った際のあの過剰なまでの反応、そして周囲に悟らせないほどの鮮やかなマジックの手際。ボクの直感が、彼をただの同級生ではないと告げている。……時計の針が動き出したようですね)


 それにしても、ずいぶん親しげだった気がするが、花梨と彼は一体どういう関係なのだろう。
 もし自分が想像する関係だとしたら、どうすればいいのだろう。
 白馬の鼓動がドクドクと緊張に逸った。


「えー、あの二人、付き合ってるよー。だから白馬君、葵が可愛いのはわかるけど、あの子はやめて私にしたら?」

「え? あ、あははは……」


 ――やはり、あの二人は恋人同士か……。


 明るく笑って自己アピールしてくる女子に白馬は微苦笑する。
 花梨との出逢いがもう少し早ければ……と、二人の関係性を知り、ずきりと胸が痛んだ。


「えー、抜け駆け、ずるい~! あたし、白馬君の彼女に立候補する~!」

「私も私も~!!」

「ハハハ、ありがとうございます。それは光栄ですね」


 他の女子たちも積極的にアピールを始めてしまい、困った。
 朝からずっと男子たちの冷たい視線を感じるが、長身で顔もよく、頭もいい。街を歩けば女性が声をかけてくる。
 とにかくモテるのだから仕方ないではないか。

 日本の女性は積極的だなと思いながら、それをうまく躱すように白馬の表情は穏やかな笑顔へと変貌。紳士的な態度を心掛け応対した。


「「「きゃぁあああああっ♡♡」」」


 ……女子たちの反応はすこぶるいい。皆、瞳にハートを宿し、うっとりしている。

 但し、花梨とその前の席の女子を除いて。
 今、教室の端で楽しそうに会話しながら食事している、焦げ茶色の髪の子とツインテールの子の二人だけは違った。


「ちょっと失礼します」


 白馬は立ち上がり、きゃあきゃあ騒ぐ女子たちに一礼してランチ中の青子たちに近づく。


「すみません、ちょっとお話伺えますか?」

「「は……?」」


 ……白馬はつい癖で手に手帳とペンを持って訊いてしまった。

 二人の名前を尋ね、花梨と仲が良さそうだと言ったら、青子と恵子が「花梨ちゃんと一番仲が良いのは私たちに違いない」と自慢げに答えてくれる。
 突っ込んで花梨の好みを訊ねると少々怪しまれたが、クラスメイトとして仲良くなりたいと伝えたら「友達としてでいいなら協力するよ」と言ってくれた。「けど快斗の奴、すっごいヤキモチ焼きだから気をつけてね!」と付け加えて。

 今週木曜の学校帰りに、皆で一緒にゲームセンターへ行く約束をしているとのことで、一緒に行くかと誘ってくれたので行くことにした。


 ――これでボクの天使との取っ掛かりができた。


 このボクが唯一、一目惚れした女性、葵花梨。
 彼女との再会はきっと運命だ……。


「花梨さん……♡」


 白馬の瞼が閉じられ、転入の挨拶時に目が合った花梨を思い出す。

 ……地上に舞い降りたばかりの真っ白な天使。
 それはもう、可憐で儚げで麗しく……なんて、そんなことを考えていると――。


「そんなことより、白馬くんも早くご飯食べた方がいいよ? お昼休み終わっちゃう」

「……え? あ、そうですね。ありがとうございました」

「いえいえ」


 青子からお昼の心配をされ、白馬は一礼して購買へと向かった。









 教室を出た花梨と快斗はといえば……。


「うぅ……っ、花梨ちゃんっ、キミって子は……!! オレ、もう死んでもいい!」

「そんな簡単に死なないで……!」

「うまい……! 玉子焼きも、この焼肉も……!」


 普段鍵が閉まっていて行くことができない屋上で、快斗は花梨の作った弁当を頬張る。

 屋上に続くドアは快斗がいれば容易く開く。
 外からしっかり施錠しておけば邪魔も入らず、安心して二人きりの時間が過ごせるのだ。

 ……つい先ほどのことだが、花梨に手を引かれ、屋上までやって来た快斗にずっしりと重い弁当巾着袋が手渡された。
 その前に花梨はその巾着袋から小さな弁当を取り出していて。


「はい、これ」

「え、まさか……」


 大きさからいって、いつもの花梨の弁当とは違うと思っていたが、まさかである。


「よかったら。いつも守ってくれてるお礼……」

「え? まじ? オレに?」

「ん」

「っ、ぃ……、やったぁああああっ!!」


 花梨が頷くと、快斗は瞳をキラキラさせて大喜びした。


「簡単なものしか入ってなくて申し訳ないんだけどね。味つけも焼き肉のタレだし?」

「いやいや、最高ですよ花梨嬢。あなたは私の予想をいつも超えてくる。ああ、あなたは私の世界。私のすべてだ……! っ、ウマーッ♡♡」


 朝は、時間がないからぱぱっとできるものしか作らない、という花梨の弁当(快斗用)は、焼肉が敷き詰められたごはんに、甘い玉子焼きとタコさんウインナー、冷凍保存のきんぴらごぼうに、申し訳程度のレタスとミニトマト。それから……。
 全体的に、男子高校生が大好きな茶色いおかず類で埋め尽くされている。

 映えよりも味と量。
 こういうのでいいんだよ。

 早速手を合わせ、快斗は焼肉と米を一口。
 美味いのは当たり前だ。

 花梨用の弁当を見ると快斗用の三分の一しかなく、“それで足りるのか?”という量しかない。同じものが入っているが、焼肉はおかずに分類され、色合いのバランスがよく盛られていた。


「っ、もぉ~、すーぐキッドさんを出すし、大袈裟~! 簡単・早い・うまいがモットーだから大したものは入れてないのに恥ずかしい……」


 万能調味料である焼肉のタレを使って作った弁当を、キッド口調で褒められてしまい、花梨の頬は赤くなる。
 すごいのは自分じゃなくて、焼肉のタレを作った会社であってね……と。


「だってよ~? まさか手作り弁当が食えるとは思わねーじゃん? つまりこれって愛妻弁当だろ?」


 ――未来の奥さんの弁当だから間違ってねーよな?


 パクパク、モグモグと弁当を頬張りながら快斗は上機嫌で首を傾げた。


「愛妻弁当って……プッ。違うよ、私、快斗の奥さんじゃないもん」


 ……花梨も手を合わせて自分の弁当を食べ始める。


「えー、いつかそうなる予定なんだけどー? あ~、肉うめー……!」


 花梨に魚を食えと言われれば食べるが、弁当の中に苦手な魚が入っていないところがポイント高い。きっと気を使ってくれたのだと思う。
 嫌いなものを入れないでいてくれるなんて、自分を想ってくれているからに違いない。

 ……それはもう、愛でしかない。

 愛しかないならもう結婚するしかない。
 十八になったらプロポーズしよ……。

 焼肉を噛みしめながら目を閉じ、快斗の脳裏には花梨のウエディングドレス姿が浮かんだ。


「えー、そんなことわかんないじゃない?」

「そうなんの! だからこれは愛妻弁当!!」

「っ、だから大袈裟だってば」


 ――愛妻弁当って……快斗……。


 どこまで本気で言っているのかはわからないが、にこにこと嬉しそうに弁当を食べる快斗に、花梨の胸中は複雑で。
 普段のお礼に何かお返しがしたくて作っただけだというのに、ここまで喜ばれるとは思わなかった。


(……いつか、なんて。私には、そんな未来は……)


 ふと、昨夜一人で考え込んでいた“終わりの予感”が胸をよぎる。
 けれど、目の前で口いっぱいに焼肉を頬張る快斗の笑顔があまりに眩しくて。

 花梨は、泣き出しそうになる心を「おいしい?」という穏やかな微笑みの下にそっと隠した。



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