白月の君といつまでも

-- Spring, about 17 years old
098:転校生がやってきた







 月曜日がやってきた。
 朝、快斗からの電話で部屋にいるようにと言われた花梨は、言われた通りに部屋で待機し、彼とともに登校する。

 今日も権堂が近くで警護中だ。
 ……権堂は目暮警部と顔見知りだったらしい。詳しいことは知らないが、警察官時代に会ったことがあるのだとか。
 昨日はスムーズに事情聴取を終えたと報告を受けた。
 花梨の事情聴取は今日の放課後に来てほしいとのことで、快斗もすでに了承済み。

 ……通い慣れた道を二人で手を繋いで歩くのは少々恥ずかしかったが、快斗が放してくれずそのまま登校した。

 教室に入り、白髪の花梨に慣れないクラスメイトたちがどよめく中、花梨と快斗は青子たちに冷やかされながら着席する。
 しばらく快斗や青子たちと雑談していると、チャイムが鳴った。

 朝のホームルームが始まろうというその時、担任の黒瀬が背後に見慣れない背の高い男子生徒を引き連れ教室に入ってきた。
 男子生徒が入室するなり、女子から「きゃ~~♡」「かっこいい~~♡」なんて黄色い声が上がる。


「っ……」

「花梨、大丈夫か?」

「ん……、ちょっとびっくりしただけ」

「そっか。大音量だったもんなっ♡」


 一斉に上がった女子たちのキンキンした声に、驚いた花梨はびくっと肩を揺らした。
 快斗はずっと花梨を見ていたようで、様子をうかがうように声をかけてくる。

 今注目すべきは自分ではないと思うのだけど……そう思っても、快斗の優先順位の一位は花梨らしい。ちらっと隣に視線を向ければ、優しい瞳で見つめられて、恥ずかしさに身体がむず痒くなる。

 じっと見てくるのはかつらを取る以前からだと青子から聞いた。多分もう矯正できないと思うのでそのままにしてある。
 「前を見ようよ、前を」と、花梨は快斗に黒板を指差し口パクした。

 ところがそれは却下らしく、快斗は片側だけ頬杖をついてまたニコニコ。愛おしそうな瞳で見つめてくる……。


「……(もう、快斗ってばずっとこっち見てる……。前向けばいいのに……)」


 ……溺愛してくる彼氏はとりあえず放っておこう。
 花梨は隣から常に刺さる熱い眼差しを受け流し、自らの視線を教卓に移した。


「はーい、静かに。みんなおはよう。今日は転校生を紹介するぞー」


 なるほど転校生か……。
 花梨が黒瀬たちに注目していると、教室を見回していた転校生と目が合った。
 目が合うなり、彼の目が大きく見開かれる。


「花梨ちゃん、転校生だって! イケメンだね」

「あの人……」


 前の席の青子が振り返って花梨に話し掛けてくる。
 花梨は転校生に見覚えがあり、目を瞬かせた。
 そんな花梨の反応に隣の快斗の眉が一瞬ぴくりと動き、教卓へと視線を移す。

 ……黒瀬が黒板に転校生の名前を刻んでゆく。

 白……、馬……。
 チョークの音がカッカッと黒板を走り、名前が書かれた。


「9時00分32.41秒にロンドンブリッジハイスクールから転校してきた……」


 転校生が自ら挨拶を始める。
 黒板に記された名前は【白馬探】……。


「こ、このフレーズは……」


 ――あいつ、まさかあん時の……?


 快斗の顔から一瞬で余裕が消えた。
 転校生は制服を着ているが、その時間に細かい物言いと、服装があのコスプレ衣裳であれば、金曜に遭ったキザで鼻持ちならない探偵と一致する。


「白馬探です!!」

「「「きゃ~~かっこいい~~♡♡」」」


 転校生改め、白馬が名乗ると、女子たちから再び歓声が上がった。


「ヨロシク……」

「「「きゃぁああああ~~っ♡ 白馬く~~んっ♡♡」」」


 白馬が声を発する度、女子たちの声が高くなる。


「……すごい熱気……」


 ……女子たちの大声量に、花梨はそっと耳を塞いでやり過ごした。


「まじ……?」

「……?」


 ふと快斗が視界に入る。
 彼が目を丸くしていることに、花梨は首を傾げた。

 どうしたんだろうと思っている間に、白馬が教壇から下りて教室を歩き出した。


「なあ、花梨あいつさ……って……」

「「「きゃぁああああっ!!」」」


 快斗の声に被せるように女子たちのどよめきが湧き上がり、花梨の頭上に影が掛かる。
 急に影に覆われた花梨は頭上を見上げた。


「……後ろの席、いいですか?」

「えっ」

「また逢えましたね、ボクの天使」


 花梨が顔を上げると白馬がうっとりした顔で見下ろしている……。
 そして、いつの間にか身を屈めて花梨の片手を握り、手の甲へと恭しく唇を落とした。


「「「ぎゃぁあああああっ!!」」」


 女子たちから今度は悲鳴が上がる……。

 ガタッ、と激しく椅子を鳴らし、快斗の身体が反射的に浮いた。
 その目は“殺気”に近い鋭さで白馬を射抜いている。


「にゃろっ、勝手に手ぇ握ってキスしてんじゃ……」

「待って、快斗」

「って、青子邪魔すんなよ!」

「いいからいいから。ここは花梨ちゃんに任せてみようよ!」


 花梨の手を握る白馬を快斗は即座止めに入ろうとしたが、それを青子が遮った。
 青子いわく、このまま花梨に任せようとのこと……。


「あの、後ろの席は……」


 ――確か……緑田ろくたくんじゃなかったかな?


 花梨は握られた手をやんわり引いて、ハンカチをスッと取り出し手の甲を拭く。
 後ろの席の緑田は今日は欠席――空席だ。


「「「ブフッ……!」」」


 花梨の態度に男子たちから噴き出す音と「葵さん♡ よくやった……!」の声。すっかり見た目が変わった花梨に男子たちはめろめろである。


「ふふ、やっぱ花梨ちゃんはブレないよね~」

「……さすが花梨、安定の塩対応……。イケメンも容赦ねーのな……」


 くすくすと笑う青子に快斗もほっと一息ついた。

 “また逢えましたね、ボクの天使”なんて言うあたり、白馬はどうせどこかで花梨に逢って親切にされた口だろう。

 花梨は人見知りも激しいが、基本的に誰にでも平等に塩対応。だが決して冷たい人間ではない。
 誰かが困っているとそっと助けてくれる優しさを持ち、見返りを求めたりせずその場から立ち去ってしまうような善人。

 ……だからこそ快斗は花梨に沼っているわけだ。
 見た目も美しいだけに、そこから深みに嵌る人間がいるのはしょうがない。
 現時点で彼女が普段から優しく接してくれるのは、彼氏である快斗、自分と青子と恵子のみ。
 その優越感に快斗の口角は勝手に上がった。


「っ……、コホンッ。そういうつれないところも素敵ですね……!」

「……、後ろの席、空いてないですよ?」


 花梨の塩対応に傷ついたのだろうか。白馬は一瞬怯んだがニコッとイケメンスマイルをお見舞いしてくる。
 だが、イケメンスマイルなど慣れっこな花梨は、ただ不思議そうに目を瞬かせただけで、淡々と後ろの席は別の人の席だと伝えた。


「へ?」

『おーい、白馬。その席は今日欠席してるだけだぞー。お前の席は一番後ろだ、後ろ!』


 教壇から黒瀬の声がして、白馬は快斗の列の最後尾だと指差しで伝える。


「……そうでしたか。ご丁寧にありがとうございます」

「いえ……私はなにも……」


 ……白馬は花梨に頭を下げ、通り過ぎていった。


「……花梨、大丈夫だったか?」

「え? うん、大丈夫だよ?」


 快斗の声とともに、プシューとひんやりした何かが花梨の手の甲に振りかけられる。
 何をかけられたのだろうと思って快斗を見ると、彼の手には携帯用の消毒液の入った容器が握られていた。

 「この野郎、花梨の肌に菌……じゃねえ、野郎のキスの痕跡なんて、分子レベルで消し去ってやる……!」という快斗の激しい念が背後から立ち昇っているようだが、花梨は気づいていない。


「へへっ♡ 消毒消毒♡」

「アルコール消毒液なんて持ってたんだ……」

「このご時世だからなー?」

「ふふっ、用意がいいんだね~。さすが快斗」

「まーな♡」


 パチンッ! と快斗が指を鳴らした瞬間、消毒液の容器が消えた。


「わっ!? 消えたっ!? え? どこに?」

「フフフ、さーどこでしょーかっ♡」

「え~、そんなのわかんないよー……」

「正解は、花梨のスカートのポケットの中!」


 快斗は花梨の制服を指差しニッと笑った。
 その様子に花梨がポケットを探る。


「えっ、ウソ! ……ホントだ……、すごい……いつの間に!?」

「へへへっ♡」


 ポケットの中から出てきた消毒液の容器に驚き、目をまん丸にして瞬きを繰り返す花梨。快斗はそれを嬉しそうに見つめながら、頭の後ろに両手を組んで笑った。


「え~? どうして~? ん? ……リップ? 快斗、これは?」


 花梨が容器を取り出すと、もう一本ポケットの中に筒状の物が入っていることに気がつき取り出す。
 薬用リップが出てきて、いつも使っているものと同じものだが、使い切ってしまっていたはずなのにこれは新品だ。
 今日帰りに買って行こうと思っていたから入れた憶えはなく……、花梨は快斗に尋ねた。


「あげる♪ ちょうど切れてるって言ってたろ? 同じやつ買っといたんだ。使ってよ」

「えぇっ、どうして? 今朝話したばっかりだよね??」


 リップが終わっちゃって……という話をしたのは、登校中の何気ない会話の中の一つで。
 なのになぜ快斗は、すでに新品を用意しているのだろう……、花梨にはさっぱりだ。


「へっへーん♪ どうしてだろうな~?」

「すっごーい……! もらってもいいの?」

「もっち♡」


 得意げに鼻の下を擦る快斗の顔はご機嫌そのもの。
 実はこれも可愛い彼女に対する餌付けの一環である。

 快斗が、花梨の化粧品の減りをこっそりチェックしているなど、本人は知らない……。
 用意周到な快斗からすれば、彼女の化粧品情報を聞き出し、予め用意するなど朝飯前。
 ついでに花梨の全私物もチェック済み。彼女の全てを把握したくて、花梨が寝ている間に部屋を物色したことは内緒だ。
 全部元の位置に戻したからバレていないだろう。


「ありがと~♡ 快斗すき~♡」

「っ! オ、オレも~♡」


 ――ああああっ!! 花梨っ、みんなの前でも言ってくれるんか~~!!
最高だぜ……!


 ふいにリップを手にし、優しく目を細めて笑顔を向けてくる花梨に、快斗の顔は真っ赤に染まった。
 こんな、教室で皆がいるというのに、はっきり言ってくれるとは……。

 ……彼女がここまではっきり言ってくれればいい牽制になる。

 クラスメイトたちも頬を赤くしているが、恐らく花梨の笑顔を見たからだろう。
 彼女の笑顔は眩く尊い。


「か、花梨ちゃん……。そんなはっきり好きって……す、すごいね……、わ、私にも言って欲しいな~……?」


 青子も見ていたのか、頬を真っ赤に染めてゴニョゴニョ言い出した。
 何言ってんだと快斗は思ったが、花梨は――。


「ん? 青子ちゃん、だーいすきっ♡」

「ン゛ン゛ッ!! はうぅ……っ!! 破壊力すごすぎ……てえてえ……♡♡」


 ……青子は心臓を撃ち抜かれてよろめき、花梨の机に突っ伏してしまう。
 またしてもクラスメイトたちがどよめき、男子だけでなく女子の一部が「てえてえ」なんて身悶えた。


「ちょっ、青子ちゃん!? 大丈夫!?」

「……オレは『すき』で、青子は『だいすき』かよ……トホホ……」


 ――青子に負けた……!


 快斗は、どこぞの妄想世界にトリップ中の青子の肩を揺する花梨を見つめる。
 せっかく牽制になると思ったのに、青子に台無しにされたような気がして、それでも彼氏は自分だし……と泣きそうになったが、鼻を啜って堪えた。


 ……そんな一連のやり取りを、白馬は後ろの席からじっと見ていた。



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