白月の君といつまでも

-- Autumn, about 15 years old
009:お宅訪問







「へー、割といいとこ住んでんだな」

「ねー。私も越して来てびっくりしたよ。あ、今お茶淹れるね。ソファまだ買ってないから、その辺に座ってのんびりしてて~」

「おー……」


 花梨のマンションに着き、新一は荷物を運び入れる。
 白いカウンターキッチンのワークトップに、新一が折詰の入った紙袋を置くと、花梨に寛いでいろと促された。

 花梨は折詰を冷蔵庫にしまい、小さな鍋で湯を沸かし始める。
 まだ調理器具を揃えていないらしい。
 キッチンには、幾つかの食器と、フライパン、お玉、菜箸があるだけだ。

 七階建てマンションの最上階、角部屋。
 間取りは2LDK。LDKは新一の家と比べると狭く感じるが、世間一般から見れば広い方かもしれない。
 本来ならカップルで住む物件だろう、一人で住むにはかなり広い。

 花梨の父、朔太郎が残したものだと新一は聞いているが、恐らくそれは嘘。朔太郎は引っ越してから四年後、警察を辞めて私立探偵になったと聞いている。
 私立探偵が買えるような物件にはとても見えない……。

 アイボリーカラーの壁紙に、ホワイトカラーのフローリング。
 冷蔵庫とテレビ、カーテン、キッチンカウンターテーブル用の椅子はあるが他に家具らしいものはなく、ダンボール箱が部屋の隅に四つあるだけ。

 そもそもバレバレなのだ。

 新一がキッチンに入ったとき、レンジフードの製造年を見たら今年だった。
 部屋の壁にはまったくキズがなく、リフォームした形跡もない。ベランダだってそうだ。
 床にもほとんどキズはなし。

 エントランスから、花梨の部屋に来るまでに見た、マンションの通路やエレベーターも新しかった。

 新一は、ざっと部屋を見回し、汚れのない壁紙に向かって鼻をすんすんと利かせてみると、やっぱり確信する。


「……新築なんだな。壁紙の接着剤の臭い、残ってるぞ」

「えへへ。新築なんてラッキーだよね~♪ お父さんもいいトコ買っておいたよね」


 新一の指摘に花梨は、食器棚から出したティーポットを片手に語るに落ちる。
 誘導されたことに気付いていないらしい。


「……親父さん、四年前に亡くなってるよな? ……新築?」

「……、……あっ! えへへ~。バレちゃった?」

「……えへへじゃねーよ、可愛い顔しやがって。オメー嘘が下手すぎるんだよ」


 ――可愛い顔で誤魔化そうとしたって無駄だっつーの。


 自分で言ったことの矛盾にやっと気が付いた花梨。彼女は気まずそうにゆっくり首を捻ってからハッとして破顔した。
 嘘がバレたことにやっと気が付いたという感じだろう。

 花梨に対しては妹扱いのゆえか、なぜかスラスラと思ったことが口から出る新一は、半目で口の片端だけ歪ませる。


「嘘、心苦しくって苦手なんだよね~……って、可愛い!? いま、新ちゃん私のこと可愛いって言ったの!?」

「えっ? お、おう……」


 驚きに口元に両手を添え、大きな瞳をぱちぱちと瞬かせる花梨は、思わず息を呑むほど、アイドル顔負けの可愛さだった。

 ……うろ覚えだが、父親の朔太郎は童顔のイケメンで、母親の雪音はしっとり系の美人だったと新一は記憶している。
 両親のDNAをしっかり受け継いだ美貌はこれから人目を惹くに違いない。
 髪型こそもっさりしているが、顔のパーツのバランスが良すぎる。学校でもモテるのではなかろうか。

 だから眼鏡を掛けていたのだろう。度が全く入っていなかったことは既にお見通しである。

 新一はそう予想したのだが……。


「私女の子みたいじゃ~ん!」

「ハハ……オメー、女だろーが……」

「そうだったね! 私は女ですよ」

「わーってる! なんなんだよ、このやり取り……」


 自分は女だと主張している割に花梨は、“可愛い”という言葉に弱いらしい。照れた様子で頬に両手を当てている。
 お前は女だと認めてやれば、ポンッと顔の前で両手を合わせ、嬉しそうに小さく笑うから、新一も照れ臭くなって窓の方へ視線を逸らした。

 昔から変わらない天然の仕草があざといが、女だとわかった今は、愛らしく見えて困る。


「……このマンション、私名義なの」

「え」

「色々あって……買ってもらったんだ」

「買ってもらった? ……オメー、なんか悪いことしてねえよな?」


 中学生がマンションの名義を持つ……。
 法的に問題はないが、買ってもらったとは、いったいどういうことなのだろう。
 新一はすぐに尋ねた。気になって仕方なかったのだ。


「悪いことってなに?」


 花梨の首がこてんと横に倒れる。
 新一の目には、無垢な瞳で見てくる彼女の仕草が可愛く映って仕方ない。


「っ……いや、別にしてねーならいいんだ……」


 ――援交とかパパ活とか……花梨に限ってまさかな……?


 学校に行っていないという花梨。見た目は至って真面目風ながら、裏の顔はわからない。
 誰しも表の顔と、裏の顔があるというのが人間というもの。

 善からぬことに手を染めては――と、新一は心配になってしまう。
 花梨の美貌ならパトロンがいてもなんら不思議ではない。

 だが、まだ彼女は中学生。
 未成年に貢ぐような、下劣な大人たちの餌食になってなければいいが……。


「……あ、なに? 新ちゃん、私がパパ活とかしてると思ったの? 超失礼なんですけど?」


 新一の態度に、花梨の眉根が寄り頬を膨らませる。妙な疑いを掛けられ不快のようだ。


「っ、思ってねーよ。ただ、オメーなら、その顔だけでもモテるだろうと思って……だな」


 ――なんでわかった!?


 一度は必ず疑うのは探偵を目指す者のさが
 再会して間もないのだから、花梨のことを細かく知っておきたいと思うのは、友達として当然のこと。
 尋ねたことに後悔はないため謝ることはせず、新一は見たままの彼女の印象を告げた。


「モテたことなんてな……あったか……も? いや、でもない……?」


 花梨は顎に片手拳を添え首を傾げている。
 あるようなないような……よくわからないといった顔だ。


「どっちだよ!」

「……見た目だけで寄って来る男なんて、大したことないからね。女にも言えることだけど」

「まーそうだな。見た目“だけ”じゃ駄目だな。中身も見てくれる奴じゃねーと」


 新一のツッコミに花梨の表情がふっと真顔になる。
 これまでに何かあったのだろうか。見た目どうのという話に、新一も思うところがあり頷く。

 新一自身、学校ではかなりモテるのだ。
 サッカー部というせいもあるのか、女の子からの呼び出しはこれまで何度も経験している。

 だがどの女の子も「サッカー部のエースの彼女なら自慢できる♡」とか、「イケメンの彼女になりたい」だとか。恋に恋しているようで、新一自身を見てくる子はいなかった。

 人を見る洞察力だけは鋭いから、すぐにわかってしまうのである。
 花梨もそんな男に告白されたことがあるのだろう。


 ――だから花梨はわざと野暮ったい恰好をしている……のか?


 重い前髪と眼鏡を掛けて俯いてしまえば、顔の造形が分かりづらくなる。
 優作から聞いた話の中には、男絡みで、学校の女子グループに虐めの標的にされていたとも聞いた。
 そんなことがあれば人によっては心的外傷トラウマで人の目を避けるようになることがあってもおかしくない。


「そうなんだよ! 中身も見てくれる人じゃないとね」


 花梨がうんうんと首を縦に振り、新一に目線を合わせて同意する。
 新一は、自分にだけはしっかり顔を合わせてくれる花梨にほっとした。


「……花梨、オメー彼氏いるのか?」

「今はいないよ」

「っ!? 今は……ってことは、前にいたっつーことか!?」


 何となく聞いた話題だが、花梨の答えに新一は声を荒げた。


 ――昔、花梨に彼氏がいた……?


 新一の胸は急にざわつく。

 ……こんな可愛い妹に彼氏。
 兄の知らぬ間にそんな相手がいたと思うと、ムカつくんだが――と。つい感情的になってしまった。


「あっ、ふふっ、ナイショ。でも今はいないよ」

「ふーん(彼氏いないのか……)」


 まあ、落ち着いてお茶をどうぞ、と新一は甘い香りの紅茶が入ったティーカップを渡され啜る。

 調理器具はないくせにティーカップはあるということは、紅茶が好きなのだろうか……。
 喋りながら花梨が淹れてくれたそれは、少し温くなっていた。

 普段はアイスコーヒーを飲むことが多い新一だが、甘いのもたまには飲むからこういう紅茶も悪くない。
 ハチミツのような甘い香りがするため、砂糖を入れずに飲んだら、甘くなかった。


「新ちゃんもいないよね」

「いないよね、ってなんで断定なんだよ」

「でも好きな子はいるよねー?」


 “ブフォッ!”

 花梨に図星を突かれた新一は、口に含んだ紅茶を盛大に噴き出す。


「っ、べ、べっつに!?(蘭のことか……!? なんでわかった!?)」

「ふふふっ、ドギマギする新ちゃん、かーわい~!」


 ……しばらく会ってなかったというのに、なぜ?

 新一が噴き出した紅茶の汚れを布巾で拭き拭き、にやにやと流し目を送ってくる花梨は、悪戯っ子のよう。
 それでもやっぱり彼女が可愛く見えてしまう。
 にこにこ笑顔が五歳の葵と重なって、あの時も可愛いと思っていたから尚更。

 ……とすると、男に惹かれていたということになる。それが新一的にはちょっと複雑だった。
 蘭のことが気になっているのはそう。たぶん好きなのもそうなんだろうが、花梨の笑顔を見ていると、複雑な気持ちが湧いてくるのも本当で。


「花梨! オレを揶揄って遊ぶんじゃねー!」

「揶揄ってないよ~。だって新ちゃん、昔から蘭ちゃんのことす――」

「ばっ、バーロー! ちげーし!」


 人の心を見透かしたような花梨の物言いに、新一はむきになって彼女の口元に手を伸ばした。



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