白月の君といつまでも
-- Autumn, about 15 years old
009:お宅訪問
◇
「へー、割といいとこ住んでんだな」
「ねー。私も越して来てびっくりしたよ。あ、今お茶淹れるね。ソファまだ買ってないから、その辺に座ってのんびりしてて~」
「おー……」
花梨のマンションに着き、新一は荷物を運び入れる。
白いカウンターキッチンのワークトップに、新一が折詰の入った紙袋を置くと、花梨に寛いでいろと促された。
花梨は折詰を冷蔵庫にしまい、小さな鍋で湯を沸かし始める。
まだ調理器具を揃えていないらしい。
キッチンには、幾つかの食器と、フライパン、お玉、菜箸があるだけだ。
七階建てマンションの最上階、角部屋。
間取りは2LDK。LDKは新一の家と比べると狭く感じるが、世間一般から見れば広い方かもしれない。
本来ならカップルで住む物件だろう、一人で住むにはかなり広い。
花梨の父、朔太郎が残したものだと新一は聞いているが、恐らくそれは嘘。朔太郎は引っ越してから四年後、警察を辞めて私立探偵になったと聞いている。
私立探偵が買えるような物件にはとても見えない……。
アイボリーカラーの壁紙に、ホワイトカラーのフローリング。
冷蔵庫とテレビ、カーテン、キッチンカウンターテーブル用の椅子はあるが他に家具らしいものはなく、ダンボール箱が部屋の隅に四つあるだけ。
そもそもバレバレなのだ。
新一がキッチンに入ったとき、レンジフードの製造年を見たら今年だった。
部屋の壁にはまったくキズがなく、リフォームした形跡もない。ベランダだってそうだ。
床にもほとんどキズはなし。
エントランスから、花梨の部屋に来るまでに見た、マンションの通路やエレベーターも新しかった。
新一は、ざっと部屋を見回し、汚れのない壁紙に向かって鼻をすんすんと利かせてみると、やっぱり確信する。
「……新築なんだな。壁紙の接着剤の臭い、残ってるぞ」
「えへへ。新築なんてラッキーだよね~♪ お父さんもいいトコ買っておいたよね」
新一の指摘に花梨は、食器棚から出したティーポットを片手に語るに落ちる。
誘導されたことに気付いていないらしい。
「……親父さん、四年前に亡くなってるよな? ……新築?」
「……、……あっ! えへへ~。バレちゃった?」
「……えへへじゃねーよ、可愛い顔しやがって。オメー嘘が下手すぎるんだよ」
――可愛い顔で誤魔化そうとしたって無駄だっつーの。
自分で言ったことの矛盾にやっと気が付いた花梨。彼女は気まずそうにゆっくり首を捻ってからハッとして破顔した。
嘘がバレたことにやっと気が付いたという感じだろう。
花梨に対しては妹扱いのゆえか、なぜかスラスラと思ったことが口から出る新一は、半目で口の片端だけ歪ませる。
「嘘、心苦しくって苦手なんだよね~……って、可愛い!? いま、新ちゃん私のこと可愛いって言ったの!?」
「えっ? お、おう……」
驚きに口元に両手を添え、大きな瞳をぱちぱちと瞬かせる花梨は、思わず息を呑むほど、アイドル顔負けの可愛さだった。
……うろ覚えだが、父親の朔太郎は童顔のイケメンで、母親の雪音はしっとり系の美人だったと新一は記憶している。
両親のDNAをしっかり受け継いだ美貌はこれから人目を惹くに違いない。
髪型こそもっさりしているが、顔のパーツのバランスが良すぎる。学校でもモテるのではなかろうか。
だから眼鏡を掛けていたのだろう。度が全く入っていなかったことは既にお見通しである。
新一はそう予想したのだが……。
「私女の子みたいじゃ~ん!」
「ハハ……オメー、女だろーが……」
「そうだったね! 私は女ですよ」
「わーってる! なんなんだよ、このやり取り……」
自分は女だと主張している割に花梨は、“可愛い”という言葉に弱いらしい。照れた様子で頬に両手を当てている。
お前は女だと認めてやれば、ポンッと顔の前で両手を合わせ、嬉しそうに小さく笑うから、新一も照れ臭くなって窓の方へ視線を逸らした。
昔から変わらない天然の仕草があざといが、女だとわかった今は、愛らしく見えて困る。
「……このマンション、私名義なの」
「え」
「色々あって……買ってもらったんだ」
「買ってもらった? ……オメー、なんか悪いことしてねえよな?」
中学生がマンションの名義を持つ……。
法的に問題はないが、買ってもらったとは、いったいどういうことなのだろう。
新一はすぐに尋ねた。気になって仕方なかったのだ。
「悪いことってなに?」
花梨の首がこてんと横に倒れる。
新一の目には、無垢な瞳で見てくる彼女の仕草が可愛く映って仕方ない。
「っ……いや、別にしてねーならいいんだ……」
――援交とかパパ活とか……花梨に限ってまさかな……?
学校に行っていないという花梨。見た目は至って真面目風ながら、裏の顔はわからない。
誰しも表の顔と、裏の顔があるというのが人間というもの。
善からぬことに手を染めては――と、新一は心配になってしまう。
花梨の美貌ならパトロンがいてもなんら不思議ではない。
だが、まだ彼女は中学生。
未成年に貢ぐような、下劣な大人たちの餌食になってなければいいが……。
「……あ、なに? 新ちゃん、私がパパ活とかしてると思ったの? 超失礼なんですけど?」
新一の態度に、花梨の眉根が寄り頬を膨らませる。妙な疑いを掛けられ不快のようだ。
「っ、思ってねーよ。ただ、オメーなら、その顔だけでもモテるだろうと思って……だな」
――なんでわかった!?
一度は必ず疑うのは探偵を目指す者の
再会して間もないのだから、花梨のことを細かく知っておきたいと思うのは、友達として当然のこと。
尋ねたことに後悔はないため謝ることはせず、新一は見たままの彼女の印象を告げた。
「モテたことなんてな……あったか……も? いや、でもない……?」
花梨は顎に片手拳を添え首を傾げている。
あるようなないような……よくわからないといった顔だ。
「どっちだよ!」
「……見た目だけで寄って来る男なんて、大したことないからね。女にも言えることだけど」
「まーそうだな。見た目“だけ”じゃ駄目だな。中身も見てくれる奴じゃねーと」
新一のツッコミに花梨の表情がふっと真顔になる。
これまでに何かあったのだろうか。見た目どうのという話に、新一も思うところがあり頷く。
新一自身、学校ではかなりモテるのだ。
サッカー部というせいもあるのか、女の子からの呼び出しはこれまで何度も経験している。
だがどの女の子も「サッカー部のエースの彼女なら自慢できる♡」とか、「イケメンの彼女になりたい」だとか。恋に恋しているようで、新一自身を見てくる子はいなかった。
人を見る洞察力だけは鋭いから、すぐにわかってしまうのである。
花梨もそんな男に告白されたことがあるのだろう。
――だから花梨はわざと野暮ったい恰好をしている……のか?
重い前髪と眼鏡を掛けて俯いてしまえば、顔の造形が分かりづらくなる。
優作から聞いた話の中には、男絡みで、学校の女子グループに虐めの標的にされていたとも聞いた。
そんなことがあれば人によっては
「そうなんだよ! 中身も見てくれる人じゃないとね」
花梨がうんうんと首を縦に振り、新一に目線を合わせて同意する。
新一は、自分にだけはしっかり顔を合わせてくれる花梨にほっとした。
「……花梨、オメー彼氏いるのか?」
「今はいないよ」
「っ!? 今は……ってことは、前にいたっつーことか!?」
何となく聞いた話題だが、花梨の答えに新一は声を荒げた。
――昔、花梨に彼氏がいた……?
新一の胸は急にざわつく。
……こんな可愛い妹に彼氏。
兄の知らぬ間にそんな相手がいたと思うと、ムカつくんだが――と。つい感情的になってしまった。
「あっ、ふふっ、ナイショ。でも今はいないよ」
「ふーん(彼氏いないのか……)」
まあ、落ち着いてお茶をどうぞ、と新一は甘い香りの紅茶が入ったティーカップを渡され啜る。
調理器具はないくせにティーカップはあるということは、紅茶が好きなのだろうか……。
喋りながら花梨が淹れてくれたそれは、少し温くなっていた。
普段はアイスコーヒーを飲むことが多い新一だが、甘いのもたまには飲むからこういう紅茶も悪くない。
ハチミツのような甘い香りがするため、砂糖を入れずに飲んだら、甘くなかった。
「新ちゃんもいないよね」
「いないよね、ってなんで断定なんだよ」
「でも好きな子はいるよねー?」
“ブフォッ!”
花梨に図星を突かれた新一は、口に含んだ紅茶を盛大に噴き出す。
「っ、べ、べっつに!?(蘭のことか……!? なんでわかった!?)」
「ふふふっ、ドギマギする新ちゃん、かーわい~!」
……しばらく会ってなかったというのに、なぜ?
新一が噴き出した紅茶の汚れを布巾で拭き拭き、にやにやと流し目を送ってくる花梨は、悪戯っ子のよう。
それでもやっぱり彼女が可愛く見えてしまう。
にこにこ笑顔が五歳の葵と重なって、あの時も可愛いと思っていたから尚更。
……とすると、男に惹かれていたということになる。それが新一的にはちょっと複雑だった。
蘭のことが気になっているのはそう。たぶん好きなのもそうなんだろうが、花梨の笑顔を見ていると、複雑な気持ちが湧いてくるのも本当で。
「花梨! オレを揶揄って遊ぶんじゃねー!」
「揶揄ってないよ~。だって新ちゃん、昔から蘭ちゃんのことす――」
「ばっ、バーロー! ちげーし!」
人の心を見透かしたような花梨の物言いに、新一はむきになって彼女の口元に手を伸ばした。