タナトス
「お前はなんて事をしてくれたんだ!」
「……申し訳ありませんでした」
翌日、しょうは父親に呼び出された。昨日の傷が癒えないまま出社した彼に待っていたのは『酔っぱらって得意先の社長に乱暴をはたらいた』というでっち上げの事実。
「1次会の様子を見て、お前ともっと話がしたいとわざわざ部屋を取ってくださったのに、調子に乗って酒を飲み、挙句の果てに酔って社長に乱暴をはたらくなんて…1歩間違えば警察沙汰だぞ。今回はお前がまだ若いからと許してくださったが」
「……」
「黙っているという事は本当なんだな?本当にお前がそんな事をしたのか?」
『そんな事』も何もしていないし、何だったら乱暴された側だ。しかしそんな事恥ずかしくて父親に言えるはずがない。言ったとしても信じてもらえる訳がない。
「申し訳…ありませんでした」
「向こうは大口の取引先だ。今後の事もあるので、本日付けでお前は責任を取り、あの会社を辞めてもらう」
「……はい」
「また別を探すからそれまでは家で大人しくしておけ」
「……申し訳ありませんでした」
不祥事を起こしたととはいえ、息子は息子だ。ほとぼりが冷めたらまた別の関連企業へ入社させるつもりなのだろう。しかし、一度貼りついたレッテルは剝がすのに時間がかかる。
どこへ行こうとも色のついた眼で見られるのは今から嫌というほど分かった。
***
「しょう。本当なの?お父さんに聞いたけど、その……」
「迷惑かけてすみません」
「いいのよ。でもそんなあなたがそんな事…信じられないわ。何かの間違いじゃ」
「……本当にすみません」
家に帰っても自分の置かれている状態は変わらなかった。
息子の否定を求める母親と何か言いたそうな弟妹達の視線に耐えられず、食事も摂らずに早々と自室に戻った。
ベッドに横になり、自分は帰る場所を全て失ったのかもしれないと気付いた時、初めて絶望が彼を襲った。
(じゃあ、あのまま黙ってされるままになっていればよかったのか)
押さえ込まれた感覚の残る手首を包み、ぐっと歯を食いしばる。服を脱がされベルトを外され…、その先に何が待っていたかなんて世間知らずの自分でも分かる。
だからといって、自身を守るためにとった行動がまさかこんな代償を連れてくるとは思ってもみなかった。どっちに転んでも自分を待っていたのは闇だったのか。
相手先の社長に電話でいいからお詫びをしておきなさいと言われ、嫌々ながらかけたが、顔が見えないのをいいことに好き放題言われた。挙句の果てにもう一度チャンスを上げようとまで言われ、カッとなって持っていた電話を壁に投げつけた。無残に割れたディスプレイが今の自分と重なり、そのままゴミ箱に捨ててしまった。
(明日からどうしよう)
しばらく家にいろと言われたが、家にもいたくない。どこかに逃げたい。
逃げられないならもう、消えたい。
***
翌朝、いつもの時間に起き、何も考えずにいつもの服を着て鞄を持って、誰にも何も言わずに家を出た。
「行ってきます」と言わずに家を出たのは初めてだった。