取引
大きな仕事が片付いたので、自分へのご褒美をあげることにした。
かずに店番を任せ、商店街の路地裏にある小さなショットバーに足を向ける。
「いらっしゃいませ」
「こんばんはー」
年季の入った黒猫の看板が出ていることを確認して、ドアを開ける。小ぢんまりとした店内には緩いジャズ。ぼんやりとした照明の下に座り、とりあえずビールと呟いた。
「後、柿ピーちょうだい」
「かしこまりました」
年配のマスターが頷き、綺麗な泡を乗せたビールと乾き物の皿を運んでくる。グラスを持ち上げ口をつけると冷たい炭酸と爽やかな苦みが喉を滑り落ちていった。
(あー、さいこー)
依頼人には喜んでもらえたし、自分も楽しかったし、金はもらえるし、なんていい仕事だったんだろうとここ数日を反芻し、半分ほど飲み進める。
次は何を飲もうかなと少ないレパートリーを思い浮かべていると、店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
客の返事がないことが気になり、何とはなしに入口を見る。
入ってきたのは、スーツを少し気崩した若い男だった。街中ですれ違ったら振り返ってしまいそうな綺麗な顔立ちはしかし、恐ろしく沈んでおり、明らかに楽しい酒を飲みに来たとは思えない。
こういう店にもあまり来たことがないのか、きょろきょろと辺りを見回し、端の席に腰掛ける。スツールの似合う長い脚。照明が彼の長いまつげに大きく影を作る。
「ウィスキーください」
「…かしこまりました」
近づいてきたマスターにざっくり過ぎる注文をし、両手を顔の前で組んでため息を隠した。注文に珍しく戸惑いを見せたマスターは棚から初心者向けの度数の低いものを選び、水で割ろうかどうか迷う仕草を見せた後、結局ロックで客の前に置く。
「……」
一口飲んだ男が眉間に皺を寄せた。明らかに飲み慣れていないし、何なら酒にもさほど強くなさそうだ。
(じゃあ何でこんな所に来てそんなもん飲んでるんだろう)
頭の回転もよさそうだし、外見は言うまでもない。なのにどん底にいるような空気をまとっている。純粋に興味が湧いた。
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