呪術短編
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今日は素晴らしい日である!なんせ、立体の推しを我が家に迎え入れることができる最高の日なのだから。評判の良いメーカーが出している超ハイクオリティのフィギュアシリーズで、私の人生で一番の推し、ファンの間でお兄ちゃんと呼ばれるキャラが発売される。それを謹んで迎え入れるために、今日は数ヶ月前から休みを申請していたし、朝からお風呂に入って身を清めて銀行から下ろしたピン札をご祝儀袋に入れて持ってきた。もう何をやっているのか自分でも分からない。でも思いつく限りの準備をして挑んだホビーショップの開店時間。出会い頭に頭をぶん殴られるみたいな事件が起きた。
(ええええーーーー!!なんで呪霊……呪霊?呪詛師?いるのぉ!?)
いろいろな玩具の発売が重なるらしい第三土曜日、開店直後のホビーショップにはそこそこ人がいる。その中に、明らかに一般人には見えない男がいた。和服のようなゆったりとした服、元気のいい短めのツインテール、それに反比例するような不健康そうな顔色。いや、見た目は別にどうだっていい。呪術師なんてやってれば変な見た目の人はいっぱい見る。目隠しした黒ずくめの大男とか。問題は、その人物が纏う呪力が明らかに一般人の量ではないし、呪霊と間違えるくらいには歪だということ。
レジに並びながら観察すると、どうやら周りの人にも見えているようだから呪霊ではないらしい。やはり呪詛師だろうか。それにしてもこんなにダダ漏れの強烈な呪力……これは、私の手には余る。びりびりと肌に感じる呪力は、強烈なプレッシャーというか緊張感になって一帯に充満している。なんとか二級でやってる程度の私なんか、もう具合が悪くなりそうだ。あ、やば、過呼吸なりそう。
「いらっしゃいませー!あ、ご予約のフィギュアですね?」
「あ、えっと、はい……お願い、します……」
予約票を店員さんに渡してお金を準備、推しの降臨を待つ。あれだ、受け取ったらそっと居なくなろう。それから本部に連絡を入れよう。私に出来るのはそれくらいだ、うん。
「お待たせしました!ありがとうございましたー」
元気な店員さんの手から、数枚の諭吉と入れ替わりで手元に来た推し。普段通りなら心が沸き立つ瞬間だろうけれど、今はそれどころじゃない。なるべく気配を消してこの店を出なければいけないという難関ミッションが残っている。困ったことに出口に向かうには例の呪詛師(仮)の傍を通らなければならなくて、過呼吸気味の呼吸はいよいよ苦しくなってきたし、緊張で自分の心拍がやけに大きく頭の中に響く。一歩、一歩と慎重に、でも気取られないように努めて自然に足を進めた。やがて、やっと呪詛師の後ろを通り抜けられると思ったその時。
「……家族みんなで遊べるもの……」
ぽつり、そんな呟きが聞こえた。思わず視線を向けてしまったその男の手元には。
「いやキックボードかーーーい!!」
「なんだ?」
しまった、思わず突っ込んでしまった。でも仕方なくない?家族みんなで遊べるものを探しているのだとしたら、キックボードなんてどうするんだ?乗る?家族みんなで??いやいやいや雑技団かよ。
うっかり反応してしまったせいで、例の男はしっかりばっちり私を認識してしまったようだ。目が合う。やる気のなさそうな顔に生気のない目。でも手にはキックボード、しかも子供用の超カラフルポップなやつ。なんだろう、ギャップというやつなのか……ちょっとだけ恐怖や緊張が緩んだ。
「え、ええとー……急にすみません。声が聞こえちゃって」
「いや……」
「それ、家族みんなでは遊べないと思いますよ……」
「そうなのか?」
ほんの少しだけ目を見開いて、それから持ったままだったキックボードに視線を落とし「弟が遊ぶかと思った」と言いつつ棚に戻した。
「え、と。弟さんが遊ぶならいいんじゃないですか?」
「家族みんなで遊ぶものを買ってこいと言われた」
「はじめてのおつかいか?」
はじめてのおつかいか?と思ったら声に出てた。やばいと思って冷や汗が出たけれど、目の前の男はこくんと頷いて「そうだな」と言う。いやマジかい。いくつだこの男。
そんな会話をしたせいか、この男の妙に素直で幼い反応がそうさせるのか。私はなんだか気が抜けてしまった。
「あのー、ファミリーゲームならボードゲームがいいんじゃないですかね」
「それはどれだ」
「このあたり、えっと、人生ゲームとかいいんじゃないですか?老若男女遊べる」
「じんせいげーむ」
マジかよ人生ゲームを知らないのか、この反応だと知らなそうだな。軽く説明をするとひとつ棚から取り、しげしげと眺めている。
「いいな。これにしよう」
「決まって良かったですね」
「買ってくる」
レジに向かう男の背中をなんとなく見送る。買ってくる、くるって事は戻ってくるのか?と思ってたら戻ってきた。
「買ってきた」
「あ、はい……そうですね」
そう言ったきり私の目の前から動かない男は、何故か私をガン見している。やめろオタクは目を合わせるのに弱いんだ。いたたまれなくなって視線を逸らしたものの、このまま立ち去るのもなんだか悪いような気がしてくる。さっきまで気づかれないように立ち去ろうとしていたくせに。悩み考えた挙句ひとつ提案をした。
「えーーーと……とりあえず店から出ましょうか……?」
私の問いかけに、男はこくんと首を縦に振る。 えっついてくる気なんだな……今更だけどなんでこんな事になってるんだろう。私がツッコミを入れたせいでしたそうでした。
ホビーショップから出ると、いつの間にかそこそこ時間が経っていたらしく、通りには人々が行き交っている。ここに着いた時は開店前だったから、人通りも少なかったのに。
さてこれからどうしよう。男の視線は相変わらず私に注がれていて、しっかりロックオンされている状態だ。流石にこの状況では本部に通報も出来ないし、なにより私自身がこの男に対する警戒を解いてしまっていた。図らずも見つめ合いながら考え込んでいると、急に至近距離から自転車のベルが聞こえた。ちりん、鳴ったとほぼ同時に私の腕にぶつかりながら何かが通り過ぎていった。
大して痛くはなかった。けれど、完全に油断していたせいでバランスを崩し、ぐらりと体が傾いた。妙にゆっくりに感じるモーションで倒れていく、その下敷きになる位置には、おニューのマイバッグに大事に入れた、買ったばかりの推しフィギュア。まずい。箱すら傷つけたくない。まずい、まずい!
「……お兄ちゃんんんん!!!!」
思わず推しに呼びかけて、マイバッグごと抱き込むように守り衝撃に備える。けれど、私を襲った衝撃は地面に倒れたものではなく。がっしりと受け止められた感触だった。
体勢を確認すると、どうやら抱き上げられている。くるり、視線を巡らせると、はじめてのおつかいで人生ゲームを買った男。どうやら倒れる前に助けてくれたらしい……お姫様抱っこで。
「うわ、うわわすみません!ありがとうございます!!」
迷惑をかけた事に謝罪と、助けてくれた事に感謝を告げて、腕を突っ張りおろして欲しい意思表示をする。が、ビクともしない。あろう事かさらにぎゅうと抱きしめてくる。公衆の面前で、なんたる羞恥プレイだ。
「あの!ありがとうございました!」
「いや、構わない。俺はお兄ちゃんだからな」
「おろして、え?……え??」
「妹を守るのは当然だ」
「は?はああああ!?」
何言ってるんだこの人は。呪力がやべぇと思ったけれど、頭がやべぇタイプの人だったのか?そんなことよりなにより、おろしてくれる気配がない。え、待って歩き始めたどこ行くの。
「え、ちょ、おろして!どこ行くんですか!?」
「帰るぞ」
「どこに!?まって!おりる、おりまぁす!!」
「お兄ちゃんの言う事を聞くんだ」
道行く人が心配そうに見ているけれど、これはあれだ。下手に騒いだらこの男は何をしでかすか分からないんじゃない?ちょっと意識から零れてたけど、この男。ヤバイ呪力の持ち主だ。もし一般人に害をなすタイプだとしたらまずい。勇敢にも声をかけてくれた通行人に「誘拐とかじゃないんで大丈夫です!!!!」とは言ったけれど、抗うすべもなく。私はそのまま、正真正銘誘拐されていったのだった。
この後、額に縫い目のある男と顔面ツギハギの男を交えて人生ゲームをする羽目になるとは、私はまだ知らない。
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