呪術短編
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こんな体勢になったのはまったくの偶然で、そんな雰囲気だったわけでも狙っていたわけでもない。ついでに言えば、そんな関係でも、ない。
「うわ、す、すみませんっ!」
「だ、大丈夫……」
乙骨くんのこの反応を見る限り、彼も狙っていたわけじゃないんだろうな。大丈夫、って言ったけどなにが大丈夫なんだ私。要領を得ない返事をしてしまう位には、私も今の状況に驚いている。
背中に感じる、少し柔らかくてしっかりと支えるマットレスの感触。目の前には、天井を背景に私を見下ろす乙骨くん。両サイドには私を逃がさない檻のように逞しい腕。肘をついて体重を支えているせいで至近距離で見つめ合う。これは、しっかりばっちり、ベッドに押し倒されている。
急なことに驚いたのか、この体勢がそうさせるのか。ドキドキしてる。それはきっと乙骨くんも同じで、いつもより近い距離にある顔は赤くなってて、薄ら額に汗なんかも浮いていた。
お互いに目が逸らせなくて、見つめあっていたのは数秒だったのかもしれないしもっともっと長かったのかもしれない。吐息のかかりそうな近さで、見つめ合う。これはなんだかキスをする直前みたいだなと、どこか他人事のように呑気に思っていた。
「……乙骨、くん……?」
「あ、すみません!」
一向に避けてくれる気配がない乙骨くんにそろりと声をかけると、彼は弾かれたように起き上がり体を離した。ふ、と息を吐いてから、自分が無意識のうちに呼吸を抑えていた事に気がついた。
後ろ手で体を支えるように、ベッドから身を起こす。ぎし、とマットレスが音を立てるのが、やけに大きく聞こえた。
「びっくり、したね」
「そう、ですね」
動揺している自分を誤魔化すようにへらりと笑ったけれど、顔は見れなかったひ、すこし声が詰まってしまった。同じように短く区切りながら返事をしてくれた乙骨くんをちらりと見ると、ばっちし目が合ってまた鼓動が跳ねる。
というか乙骨くん、ガン見してない?私ガン見されてない?
「……ど、うしたの?すごい見るじゃん」
居心地が悪くて、疑問をそのままぶつける。乙骨くんは気にした様子もなく、視線は完全に私をロックオンしたまま変わらず。さっきの続きのように私も目が逸らせなくて乙骨くんと見つめ合った。
「……今の、」
ぽつり、乙骨くんの声がこぼれる。見つめ合う目がゆるりと細められて、瞳が柔らかく歪んでいる。形容するなら、うっとり、とでも言おうか。
「なんか、すごく…………良かった」
「…………は、」
良かった?何が?話の流れから私だってどういうことかわかってるはずなのに、急な展開についていけない頭が理解を拒む。心臓が馬鹿みたいに跳ね回ってる。胸を突き破って出てきそうだ。私がそんな状態なのに、乙骨くんはすっと手を伸ばして私の横につく。ぎし、さっきより柔らかく重たい音がして、マットレスが沈む。その手に体重を乗せて、乙骨くんが身を乗り出す。もちろん、私との距離が、縮まる。
「ちょ、乙骨くん?」
「ナオさん、もう一回」
「え」
「もう一回。いいですか?」
いいですか?なんて聞いてはいるが、じりじりと距離を詰めてくる乙骨くんから逃れる方法、それは再びベッドに沈むしかない。もう一回?もう一回って何を?そう思っている間に、近づく乙骨くんに身を仰け反らせていた私は、トドメに肩を押されてベッドに沈んだ。
顔の両脇に、私を縫い止めるかのように手をついて。私の腰辺りを跨ぐように両膝をついて。さっきよりもしっかり、今度は意志を持って押し倒された。
そしてそのまま、上から見下ろされ、下から見上げ。私に覆い被さる乙骨くんは何も言わず、いつも柔らかく笑ってくれる表情すらどこかに落として、でも無表情とも違う。そう、さっき思ったように、うっとりとした目で見つめてくる。正直、緊張するというかなんというか。言ってしまえば居心地が悪い。
「……あの、乙骨くん?」
沈黙に耐えきれず声をかけた。その声に反応するように、こくりと微かな音を立てて乙骨くんの喉が動く。その動きに思わず視線を奪われて、私の喉とは違う造形に魅入ってしまった。
年下の少年は、立派に男の人だった。
「……すごく、」
「え……?」
乙骨くんが、返事とはいえない声を出した。喉元に下ろしていた視線を上げてふたたび目を合わせる。視線が絡んで、ぞくりと背筋を舐め上げたのは恐怖か、期待か。食べられる、そう思ったのは普段呪霊と戦う中で培われた感覚だったのかもしれない。
けれど一瞬の後、目を逸らしたのは乙骨くんだった。
「すみません、忘れてください」
そう言って、私の上から身を起こした。ゆるりと離れる距離に、なんだか寂しいような、物足りないような気持ちになる。今何を言おうとしたの。どういうつもりで押し倒したの。私を、どう思ってるの。色々な疑問が私の中で渦巻いて、気づいたら手を伸ばしていて、離れていく乙骨くんの袖を掴んだ。引き止められて驚いたような乙骨くん。私も自分で驚いたけれど、もう聞くしかない。
「いま、なんて言おうとしたの」
あんな、熱すら感じる目で私を見ながら。あなたは何を言うつもりだったの。