呪術短編
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「ナオー今日どっかごはん食べに行かない?」
友人からのそんな誘いは日常茶飯事だ。大学生、一人暮らし、仕送りありのバイト持ち。仕送りがあるからバイトは詰め込んでないし、バイトをしているから自由になるお金がある。そうくれば友人たちとはやれ食事だやれカラオケだ、頻繁に遊びに行くのはわかりきったことだ。
そもそも大学生というのは人生のモラトリアムのようなものだと思っている。高校生ほど不自由ではなく、社会人ほど責任もない。遊びに行くのは好きだから大抵誘いには乗った。
でもそれは今までのこと。
「あーごめん。今うちにお兄ちゃん居るから帰るね」
「お兄ちゃん?きょうだい居たんだ」
「ん。まあ、ね」
「居た」というよりは「できた」というのが正しい。けれどその経緯を説明するのは難しいので黙っていた。
友人に別れを告げて、大学から徒歩圏内のアパートへと歩く。ほんの少しも歩かないうちに見えてきた人影に笑ってしまった。お兄ちゃんだ。迎えに来てくれたらしい。帰り道は向こうで、私もそっちに歩いていってるのにお兄ちゃんはずんずん近づいてくる。
「ナオ」
「お兄ちゃん。迎えに来てくれたの?」
「今日は早かったな」
「うん、遊びに行ってないからね」
言ってからはてと思う。もし遊びに行ってたら、迎えに来ているお兄ちゃんはどうするんだろう。家に居てくれと言っても大人しくしていなさそうだし、連絡手段はあった方がいいかもしれない。スマホ二台目はキツいから、キッズケータイでも契約して持っててもらおうかな。
お兄ちゃんの前で両手を広げてくるりと回る。帰るとやる儀式のようなものだ。
「どう?」
「……よし、何も憑いていないな」
「良かったー」
お兄ちゃんチェック、よし。というのも、私はどうやら変なものに取り憑かれやすい性質らしく、ちょっと出かけただけでも色々引っつけてしまうからだ。昔からそうだったし、以前住んでいた地元では近所の神社でお祓いをしてもらったりしていた。
視えるかと問われれば、「半分視える」というのが回答だ。ぶっちゃけ私に取り憑いていたやつらはほぼ視えてなかった。ごくたまーに、ハッキリ視えるやつらほどヤバいやつなんだろうなと、私の感覚が告げていた。
大学進学を機に引っ越してきたここは、変なもののレベルが違った。一歩外に出れば、田舎では居なかったようなおぞましいものが、ピントがしっかり合ったハッキリ視えるヤバいやつがそこここに居た。
本気でヤバいやつを避けるために、ここ、居るよなぁって場所を突っ切ったりするから取り憑かれるんだと思う。分かっちゃいるけどどうにもならないのだ。
神社に行ったりするのが追いつかない。遊びにも行きたい。自然と取り憑いてるものが増え、体調にも影響が出て、「あ、マジでヤバい」と思った時には駅のホームで体の自由がきかなくなっていたのだ。
私の意志とは関係なく、一歩、また一歩と線路を目指す体。四番線に列車が参ります、そんなアナウンスが、焦る頭の中で反響するように聞こえた。
そこを「何をしている」と首根っこを掴んで止めてくれたのがお兄ちゃんだった。脹相と名を名乗った彼が私に触れた後、急に体の重さや不調が消えていったのを覚えてる。
初めてあったあの時、お兄ちゃんはなんだかよくわからない格好をしていた。着物でもないけれど、袖やら裾やらがバタバタはためく不思議な服だった。今隣を歩くお兄ちゃんは、無地のカットソーにシンプルなデニムパンツという特徴のない服だ。私がし○むらで買った。さすがにトンデモ格好のお兄ちゃんに隣を歩かれるのはちょっと嫌だったからなんだけれど、着替えもなにもなく家に転がり込んできたからまあどうせ必要だった。
「家に何も無いから買い物して行きたいな」
「分かった。荷物なら持つからまとめ買いしろ」
「あはは!じゃあお米も買おっかな」
お兄ちゃんがうちに住み着いてから、実は食費が嵩んでる。まあ本人には言わないし、遊び歩かなくなった分バイト代が浮いてるから困るほどではない。でも家賃に水道光熱費込で良かったなぁとは、思う。
一人で暮らすのと二人で暮らすのは、だいぶ違う。今の部屋は一人暮らしにありがちな1Kで、二人で生活するには狭い。いずれ卒業して就職したら、お兄ちゃんともう少し大きいところに引っ越したいなぁと考えていた。
そう、家族でもない他人であるはずのお兄ちゃんを家に住まわせるくらいには、当たり前にお兄ちゃんとの生活を将来像に据えるくらいには。私はお兄ちゃんを、脹相のことを好きだ。
そもそもなんでお兄ちゃんと呼んでるのか、話せば長く、はならない。初対面で名を名乗った後に「脹相さん」「お兄ちゃんと呼んでくれ」「……お兄ちゃん?」という会話があったからだ。それだけだ。ちなみにお兄ちゃんと呼んだら物凄く嬉しそうにしていたのがはちゃめちゃに可愛かったので恋に落ちたのだから私も単純だ。
お礼をしたいと家に招けば素直についてきたし、家に入った途端にあちこち叩いたり(私には見えないなにかを)握りつぶしたりして、「お前、この部屋でよく無事だったな……」と青ざめた顔で言われたのももう懐かしい。それ以来、お兄ちゃんはそのまま私の家に住み着いている。初対面の男が一緒に住むと言い出して、私はそれを了承したのである。
「我ながらよく住ませてるよねぇ」
「何の話だ?」
「なんでもなーい!そうだ、今日お米買うし大きいオムライス作ろうよ」
「オムライスか……いいな」
前に作って出したら大層お気に召したらしいオムライス、たまにリクエストもされる。喜んでくれるのが嬉しいから私もよく作ってしまうのだけれど、毎回ちゃんと喜んで食べて、しかも褒めてくれるのだからお兄ちゃんは優しい。なにかの審査員のように十点の札を掲げたい。いっぱい掲げたい。百点満点だとしたら五万点だ。
「兄ちゃんがケチャップで犬を描いてやろう」
「えー私猫派」
「猫か……練習しておく」
「あはは!ぶっつけ本番で描いてよ」
練習って、紙に描いてみるのだろうか。オムライスに絵を描くために紙に描く、なんだかおかしい。お兄ちゃんはと言えば、猫、猫……と呟きながらキョロキョロしている。参考にするためか、猫を探しているらしい。変なところで真面目で、やっぱり可愛い。
お兄ちゃんがどういう考えで、気持ちで私と居るのかは知らない。本気で妹だと思ってる可能性もある。お兄ちゃんならありそうだ。けれど、それでも今一緒に居てくれるんだからいいかなぁなんて。友人に話したら不毛だからやめろと言われそうだけれど、私はこの可愛い他人のお兄ちゃんとの生活を、まだまだ手放せそうにない。
「……いた、猫だ、猫がいたぞナオ。ほらあそこだ」
「え、あ!ほんとだー可愛い!」
お兄ちゃんの指さした先には毛足の長い猫。めちゃくちゃ威嚇されているのは、多分お兄ちゃんだ。物凄い鋭い目付きで猫を観察している。
今晩のオムライスに、お兄ちゃんがどんな猫を描いてくれるのか。楽しみだ。